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フェンスの落書き。
 ボクのウチから駅に向かう間に長い遊歩道があって、その道は線路と日立研究所の森に挟まれている。一方でガタンゴトンと電車がゆっくりと走り、一方でヒグラシがカナカナと鳴いている夕方なんかは、なかなかの風情ではある。その森と遊歩道の間は小さな穴の空いた高いフェンスが立っていて、森への勝手な浸入を阻んでいるが、そのフェンスにスプレーで落書きをする輩が、年に3~4回出没する。同一犯ではない。しかし共通しているのは、どれもグラフィティと言うには程遠い落書きとしか言い様のないレベルのものだということである。(同じスプレーでやるにしても、アメリカなんかでは驚くほど大きな"作品"もあるのだけれど)それは残しておくには実際しょうもないものなので、落書きされて1ヶ月ほど経つと、市の人達がやって来て、上からペンキを塗ったり、シンナーでこすって消したりする。

 昨日は中秋の名月で、夜は秋らしい涼しさであったが、日中は残暑の厳しさとするどい日差しがあった。その環境下で、初老の職員(ペンキ職人さんかも知れない)達が5人がかりでペンキの消去作業を行っていた。今回の落書きは結構広範囲に広がっており、彼らの年齢を考えると非常に過酷な労働であろうと思う。しかも、この作業は、どこの誰とも分からない人間が、その創作の為でなく、ただの一時のフラストレーションの発散を満足する為に行った行為を尻拭いしているだけで、無駄としか言い様がない時間とお金の使い方をしているのである。この途方も無い現実的かつ立体的な「無駄」に、ボクは頭がクラクラしてしまった。時間も無駄であるし、ペンキも無駄であるし、職員に払われる給金も無駄であるし、この暑さによるおじさん達が受ける肉体的ダメージも無駄なのである。無駄の固まりでしかないのである。なんだかボクは無力感にドンとブラックホールに突き落とされた感すらあった。

 落書きしたキミは、こういう「無駄」を創り上げた訳だ。しかし、どう考えてもキミのフラストレーションを満足させる為に払われる対価が均等とは思われないな。(大体があんな下手くそな落書きが衆目に晒されるだけでも恥ずかしいことではないかね?)それをキミは責任が取れない。自分のやった過ちをいつも社会がどうにかしてくれると思っていては大変なことになってしまう。他人に迷惑をかけることでしか、キミのフラストレーションは解消しないのか、どうか。それほどまでにこの社会から受ける抑圧というものは大きなものなのか。人間の在り方というのは、微妙で分かり難いところがある。日常起こる色々な出来事に感情の意識が立ち上がったり、無意識のフォルダーに仕舞い込まれたりする。ポジティブなものも、ネガティブなものも。それらが不可解な絡まり方でキミのフラストレーションを形成する。それは、まぁ良いけれど、落書きするならばもうちょっと練習して、作品を創り上げた方が良いでしょう。創造的であることでしか、キミのフラストレーションは、実は、解消しない。
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by dn_nd | 2011-09-13 06:43
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