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がんばれ大学生。
 ツアー三日目、佐賀でのライブが終了。終演後に移動して福岡のマイク&ショウジ宅にいます。

 佐賀は、周知のように僻地で取り残されてしまったかのように見えるところだが、こと音楽的状況に関していえば、それこそガラパゴス化したかのような特異な変化を見せている。バンドでもソロでも行く毎に、地元バンドの質が良くなってきているし、お客も解放的なノリを見せるようなっている。その本人達が考えている「格好よさ」というものは、都会の洗練とは違うものなのかもしれないが、そんなものは関係ない、オレ達は自分のカッコいいと思う音楽をとことんやるのだ、という姿勢こそが大事なのである。「洗練」とは、ある意味平均化することでもあるのだから。

 今佐賀で一緒にやるほとんどのバンドマン/ガール達は大学生である。今の大学生というものは、自由であると同時に不安も大きく抱えていることであろう。多くはその本来の目的であるはずの「学問を習得する」ために大学に進学したのではなく、親や周囲がそれを望み、本人としても他に選択を持たなかったせいで大学生になっているのである。しかし今は昔と違って、少々良い大学にいったところで就職も難しくなっているし、一番の問題は、大学にいったところで結局自分のやりたいことが何なのか見つけられないということになるだろう。

 それに関しては(20ほど前にはなるけれど)ボクも同じようなものだった。ボクの頃はまだ仕事の選択が出来たので、選べる中ではまだやる気が持てるかなぁという程度でデザイン系の仕事に就いたが、音楽をやることだけはやめる気はさらさらなく、仕事をやりながらやりくりしていって、最終的にはそれが仕事になってしまった。周囲では、ほとんどの人間が音楽を当然のようにやめて行き、当然のようにどこにでもいる仕事の出来る普通の人達になってしまった。それが駄目だという訳ではないが、これからの若者がそうなっていく必要はないように思う。自分のクリエイティブを発揮する場所を持ち続けることによって、他のどんな場面においても独創的な行動ができるだろうし、そういう人材こそがむしろ働く場にとっても必要なのじゃなかろうか。

 時代として、今はまだ過渡期である。親の世代のほとんど(これが現在の経済的・イデオロギー的社会の中枢である)は、未だに20世紀型の「大人になりかた」を信じているし、それを強要するかもしれない。しかし彼らもどこかそれを信じ切ることも出来なくなってきているので、色々なところでバグが出始め、世代の変化と共に、社会も徐々に変わってきているように感じる。考えてみれば21世紀も始まって10年ちょっとしか経っていないのである。これから長い時間をかけて時代を作っていくことになると思うが、それがどのようなものになるか、もちろん誰も予想し得ない。(ロシア革命を起こした青年が、今のロシアを予想し得なかったのと同じように)しかしそれでも、創造力を持った人間は、それを発揮することで時代に対応していけるのではないかという希望がある。それは詰まるところ、「どんな状況であったとしても、オレは自分が喜びを見出せる生き方を、やるのだ」という意志である。「どんあ状況でも」というのは、革命であれ貧困であれ就職難であれ何であれ、ということだ。

 「では、クリエイティブであることをやめないということで、どんな得があるのか?」という問いがあったとしたら(ありそうだ)、「そこに自分の喜びを持つことが出来るのだ」と答えるしかないであろう。そしてそれを何十年も続けるということが、自分の人生に何をもたらすかは、やってみないことには分からない。でもきっとグリコのおまけのように(例えが古いか)、「何か良いもの」をもたらしてくれるであろう。それだって何もないよりは、ずっと良いじゃないですか。
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by dn_nd | 2012-07-16 08:44
<< 実に面白い経験。 ツアーは二日目を終えました。 >>
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