ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
☆最新の記事☆
DirtyなPresent。
at 2015-11-17 18:26
致命傷を負った生き物、その回復。
at 2015-06-21 00:26
それは未来の話である。Zoo..
at 2015-05-08 08:18
これまでは楽な方向に傾いてい..
at 2015-05-06 19:06
もっとチャレンジが必要となっ..
at 2015-05-05 08:54
☆以前の記事☆
2015年 11月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 02月
more...
☆その他のジャンル☆
☆検索☆
☆ファン☆
☆記事ランキング☆
☆ブログジャンル☆
☆画像一覧☆
Top

部活で学んだことは。
 中学校の頃バレーボール部に、というツイートをして思い出したのだけど、ボクは基礎練習というのが嫌いで、出来れば試合以外はやりたくなくて、ほとんど部活に出ないという札付きの(この言い方が合っているか分からないが)幽霊部員であった。なるべく目立たないように帰ろうとしているところを、女子部員に見つかってからかわれたり、先輩に見つかってもっとひどい目に合わされたりしたものである。

 中学生くらいの年では、先輩といってもまだまだ子供なので、ボクに基礎練習の大事さを教えてくれるというよりは、脅したりど突いたりすることで、一層行きたくない気持ちにさせてくれた。結局、女子部員に愛想良く返事したり、脅しをノラリクラリとかわし、軽い(時としてはけっこう重い)暴力行為からは逃げる術を学び、最上級生の3年生になった。部活に打ち込んでも、ボクのように別方面に長けるようになっても、等しく時間は過ぎる。スポーツ根性については身に着かなかったが、別の処方術のようなものを学んだようにも思う。

 その3年間の有終の美を飾る県大会が夏休み前にあるのだけど、ボクはその大会の選手に選ばれなかった。実際ボクは、自分で言うのも何だけれど、割りに器用なので練習しなくてもバレーボールは部内でも上手な方だったのだが、クラスメイトでもある部長は、3年間一生懸命部活に出席したという理由で、ボクよりもずっと出来の悪い他の部員をレギュラーに抜擢した。頭に来たボクは試合にも行かず、そのままなし崩し的にバレー部もやめてしまった。(後々顧問の先生に、ものすごく怒られることになる。)

 こうして書くと、今となってはどちらが間違っているとは一概には言えないように感じる。皆と一緒に努力するという意味では、ボクのやり方は全然褒められるものではないが、一方では生徒それぞれの個性を見抜いてそれを伸ばす気持ちが、指導側にあればボクも進んで練習に出たかも知れない。(断言は出来ないけれど)よくよく考えてみれば、ボクの部活への投げやりな行為も、自分が認められないとか、見られていないという根本の不満から出ているようにも思う。それが最終的な「実力はどうあれ、皆と一生懸命苦労した人間の方を評価する」という結果は、学校や日本社会に対する嫌悪感や不合理性への反抗心となり、ボクをロックに走らせた一要因になったとも言えよう。人生も色々なものが積み重なっていくと、変な方向に進むものである。またそれを長く続けていると、あらゆる失敗やつまづきが自分の変化や成長の元となり、きっかけになっているのを発見するので、やはり若い頃には色々なところにドカドカとぶつかるが良いのであろう。

 なんとなく人生というものは、自分という生き物が、どう育って来て、これからどうなるのかの観察記録のように思う。興味深い。
[PR]
by dn_nd | 2012-08-09 10:48
<< ボクらの選択。 1990年。 >>
hidden hit counter