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Autumn tour'14 vol.5 day off@福岡
下はまだ10代の学生から50に近いマーカス店長村上氏まで男達が、とことん音楽愛について語る黒崎での夜。お開きになったときには朝4時を回っていた。このような時間を共有することの大事さが分かってきたのは、ここ五年ほどのことである。(ボクは20代後半から40過ぎるまで、ほとんどアルコールに興味を持たなかった)自分の年齢を考えると、分かるまでいささか遅きに失したようにも思うが、このように過ごすことでよりお互いの理解が深まることは確かである。アルコールは、一方では、かなり致命的に身体へ負荷をかけてくるので、その辺のバランスを考えていなければならない、とは思うのだけれども。

一旦福岡に戻るまでに時間があったので、小倉でお寺をやっている(というか住職の)友人夫婦を尋ねる。すっかり喋り方というか、音としての言葉の響かせ方がお坊さん的な重さを聞かせるようになっていて、感心してしまった(会社の広告代理店時代の彼からは、とても想像出来なかった)。生まれた時にはこのような環境にいて、父親が住職であるということが、本人にとってどのようなものであったかつい興味本位で尋ねてみたくもなったが、話自体やその物腰から、あぁ住職というのは、もう聖俗の「聖」にいるひとであって、つまり自分と同じ「世界」の人間とは言えないのかもなと感じさせられて、あまりそうズケズケと尋ねてはいけないように感じる。ボクらは余りに信仰というものに無関心で、触れなさすぎなのだと改めて感じる。住職となった(つまり聖の人となった)彼の一日を思う。そのような人間の「祈り」無しで世界が成り立たたないのではないかとすら思う。(でもいつか色々聞いてみたいが、うむ....好奇心。)

ここ数年、音楽活動を始めて以降全然会わなかった中学生から社会人時代の友人達と20〜30年振りに会う機会が多くなった。それぞれがそれぞれの生き方をしてきて今があり、我が身も省みるとそれぞれの違いが実に興味深いものである。中学生の頃、ボクらは誰が誰とも違わない、誰が何にでもなり得た、しかし自分は不可避な流れに乗ってこのようになってしまっただけで、自身の強い願望や目標を持っていた訳ではない。それを皆がやっているのだと考えると、人生の不思議に畏敬の念を感じてしまう。更に、自分の立場が出来上がってからの知り合いではなく、社会的にもまともな(まぁ、様々ではあるけれど)な立場を持つ人々と友人的にざっくばらんに話せることが、とても嬉しいことだなと思う。なんとなく支流の多かった自分の人生の流れが一つにまとりつつあるような、そんな風に考えもする。

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by dn_nd | 2014-11-11 20:30 | Tour日記
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