ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
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カテゴリ:music( 3 )

DirtyなPresent。
  ズボンズの新しい作品が完成した。前回のリリース"On The Jungle"から二年半は経っていると思うが、ボク個人としてはその間にソロアルバムを二枚作っているので、何かを作り続けているという感覚が途絶えることはなかったけれど、いざ着手してみるとやはり「ズボンズ」としての新しい曲を仕上げるというのは、いささかハードルが高かった。ひとまず完成したことを喜びたい。

  何でも自分の思うがままに好きにやって構わないソロと、やり続けているバンドとしての作品はかなり違う。まず自らに課す「基準」を超えることが出来るのかという問題がある。長年(20年以上だ)積み重ねてきた上に、これまでのものと違う新しいサウンドなり視点なり方向性を持ち込めるのかどうか(期待されていない期待を、自分で作っているのです)、そしてルーツである偉大なアーティスト達に対して胸を張っていられる音楽なのかどうか(ルーツを維持しつつ新しいものに挑戦していくことがボクのミュージシャンとしての意義であるから)。更に、大きな声で言いたくは無いのだが、やはり年齢を重ねたことから来る集中力の低下や一種の退廃のようなものが、ある。人は経験を積めば積むほど若い頃のように無邪気に突っ走ったり、色々なことに素直に感動出来なくなってしまう。大人は汚い、ということでもなく、ただ色々な経験をして以前より多くの視点を持ってしまっているからだ。しかし瞬発力を失くしてしまった今は、自らの中に蓄積されたものから文字通り「滲み出て来る」ものをひたすら待つしかない(しかしこれがまた、自分の中に芳醇なアイデアが無い、という事実を自覚させられて失望するだけだったりするのです)。更に更に、すでにズボンズは10枚以上の作品をリリースしていて、それらの中には「まぁまぁ」「結構いい」から「とてもいい」まで沢山のストックがあるので、それらを再生産することなく新しいものを作るぞというモチベーションがそれほど高く保てない、とか。あとは個人的に人生というものを考えると、こんなことをいつまでやってても.........などなどキリがない。いや参るな。

  しかし、それら悪条件を乗り越えて敢えて新作に着手するのは、挑戦をしたいが為である。努力をしなければならない状況に追い込むことによって、怠惰になっている自分を稼働させ続け、まだ何かしら新しいものを産み出すことが出来るのだと実感していたいのである。作り続けることが自分にとって最も必要なことでもあり、その行為自体が人生の責任を果たす唯一のことだと信じているからなのである(無根拠に、人類の役に立つことをやっているのだ、とも考えている)。そこには「嫌ならやる気が出てくるまでやらないでおけばいいじゃないか」という選択肢は最初から存在しないことにしている。また、ただひたすら自分のペースでやればいい、という意見も不可。今は力づくででも、無理矢理ででも自分から絞り、悪あがきしてジタバタすることによってでしか何かは作り出せないのだ。しかし、書くのは易し、実行は難しでありますな。

  ともあれ、完成した。いやはや実にツアー開始の二週間前である。ここまで書いて、どれだけ大したものが出来上がったのかは、自分ではよく分からない。5トラックの内、"Dirty Friends"は最初はゲーテの"ファウスト”からモチーフを頂いたのだが、昨今の政府や人々の不穏なムーブメントの影響下にあるようだ。"Ducking"は不可思議なインストゥルメンタル。Beatlesの"Flying"みたいなものか。瞑想的な曲である。"Present"は、春のカナダツアー中のレコーディングした詞曲共にマッタの作品。夢の光景を歌っている世界が、マッタそのものである。実はこれが再起動ズボンズ最初のレコーディング作品となった(ツアー中にカナダで録音)。残る2トラックはライブ4曲を編集したもの。聴くと、我ながらすんごいライブバンドですな、ズボンズは。

  ということで、ズボンズ2015年、滑り込むように足跡を残すことが出来ました。何しろ御託もブレもやたらと多い男ドン・マツオをリーダーにしていてバンドも大変であろう。年々ややこしい人間になっていってることを自覚はしているのですがね。それら全てを注ぎ込んだズボンズの新作。更にブッカビリー復帰後、初の作品でもある。皆さんの楽しみに一助出来れば幸いであります。それでは、ツアーで会いましょう。







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by dn_nd | 2015-11-17 18:26 | music

致命傷を負った生き物、その回復。
今回のツアーフライヤー用のエッセイ原文です。

’13年ムーストップの脱退は、バンドにとって致命的な損失だった。ムー不在のポッカリと空いた巨大な穴によって、ズボンズという生き物は動くことが出来なくなってしまった。その穴を治癒する事は勿論、怖くて覗き込むことすら出来なかったボクは、バンドの活動を諦めようと決心した。もう20年もやってきたのだし、これで十分じゃないか、年を重ねてこれから先良くなる保証も無いのだし、と心を欺くことでバランスを取るしか出来なかったのである。

  しかし心の奥深くでは、ズボンズこそが自分のやるべき活動で、それを通してで無ければ今後「何か」を成し遂げることは出来ないのは分かってもいたのである。だから、どうにかして息を吹き返してやろうと、ソロ活動を通して数多くのミュージシャンと交わり、色々な再生の試みと仮想シュミレーションをやり続けていたのだ。"あいつ"を回復させることは出来るのか、その先まで行くことが出来るのか、ボクにとってそれは本当に切実な希望だったのだが、簡単に叶う事では無いように思っていた。

  昨年の春、ボブ・ディランが東京にやってきた。公演初日、たまたま手に入れたチケットを持って、マッタと入場の列に並んでいると、ヤァヤァと男が声をかけてくる。振り返ると、驚いたことに15年間音信不通だったブッカビリーである。BBはバンドのオリジナルメンバーで、初期の数々の代表曲をゼロから共に作ってきた人間である。その頃のボクらはひどく若く、お互いの存在に我慢出来なくなる程やり合い、結果彼はバンドを離れることになった。(どちらかと言うと伏せておきたい青く苦い思い出である)だからその時ボクが何気なく冗談で「またバンドに戻って来るかい?」と尋ねたのも社交辞令以上の考えはなかったし、当然、彼も本気だと受け取らずただ笑うばかりであった。OK、まぁ今度時間のあるときに飲みにでも行こうよ。云々。しかし、バンドを巡る運命は不思議である。2015年、ブッカビリーはバンドのドラムの椅子に戻り、結果深い穴と傷を埋め、ズボンズを回復させることになった。いやはや、ボクにはとても信じられない事だ。(きっとムーストップも)

  更に予測不能なことに、若き女性ベースプレイヤー(ズボンズに別の女性メンバーがもう一人?しかもムーの後釜に?)マッチが加わり、春には2週間のカナダツアーを良い形で成功させることが出来た。ここに来て、ボクはようやくズボンズが完全に息を吹き返したことを理解した。良かった。とても嬉しい。神様どうもありがとう。ならば、我々の不在期間に一目盛りだけ下がっていた世界の"ロック指数"を元に修復しなければ。そして出来得るならば、これから更にもう二目盛りくらい上げようではないか。その為に、ズボンズはあるのだろう。isn't it?

  どうか祝福して欲しい。

ドン・マツオ













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by dn_nd | 2015-06-21 00:26 | music

エンジニアのクリエイティブ。
 エンジニア三木くんと吉祥寺にて打ち合わせ。ズボンズ新作のmixの仮の段階のものを渡してもらう。そうして、以下がそれを聴いたボクからの返事。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これら今回のミックスの欠点は、
「それが全体として"音楽的"に聴こえるか」
ということより、
「すべての音がハッキリ明瞭に聴こえるか」
というポイントを優先してやってしまっているところだろうな。
結果、すべての楽器は明瞭に聴こえるかもしれないが、意思のない音楽になってしまう。
いいかい?例えば、ビートルズの音楽には、完全に埋もれてしまっているパーツもあるけれど、それは排除されることもなく、ひっそりと存在し続けている訳だ。それはただの「音の残響の一部」とか「下敷き」とか誰にも注目されない小さなカーペットみたいなものになってしまうのだけれど、実は曲を滋養豊かにしてくれている。(そうして、運が良ければ、熱心なリスナーに見つけてもらえることになる。30年後に。ハハハ。)

分かるかね?優先順位を間違ってはいけない。

どのような音楽が「今」出来つつあるか、その音楽がしっかりとした存在と質量を持つにはどのような処置が、配置が、必要なのかを、ミックスすることによって「創り出さ」なければならない。そのミックス自体が、一つの自分の理想の音楽でなければならない。エンジニアは、そうあるべきだ。
そこまで出来るだろうか?

いや、やるんだよ。

という今回の評価でした。辛口御免。
明日は11時頃来てくだされ。
オレはこれから作業の続きやるよー。

DON
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 エルヴィスの遥か昔からラジオミックスというのは存在していて、それは家庭の再生装置ではなく当時のAMラジオのスピーカーで鳴ったときにどう効果的に聴こえるか意識したものだ。(ラジオからバンバンとヒットが出てた時代の話である)今やそれはiTunesやらPCやら携帯やら、ということになるだろう。そういうものがあってもボクは別に構わないけれど、自分で曲を作って、演奏して、制作までしているものを、それが一番の理想に近いもの、もしくは「あるべき」姿を与えないで商売になるからという理由でベースを削ったりは出来ないもんだ。「これが、これこそが、こういうものが本当にかっこいい音楽というものなのですよ!!」とビックリマークをくっつけてリスナーに紹介出来るものを創っているのである。本心からリスナーのことを第一に考えているのだ、と考えてもいる。「リスナーの耳のレベル」やら「普段聴く環境を考えて」と唱っていると、いかにもリスナーフレンドリーのような風に見えるが、そういうものはその先にくる経済性(つまり売れる・売れない)のことにプライオリティーをおいているのではないかと、ボクは思う。もう今はエルヴィスの時代ではない。2012年になって、誰もが真剣に自分そのものの在り方を問われ続けている。だからボクもちょっとの妥協も譲歩も出来ないものであるよ。ビートルズは、最高だなと思うな。
(途中からは、三木くんと打ち合わせ中にした話でした。)
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by dn_nd | 2012-03-10 19:21 | music
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