ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
☆最新の記事☆
DirtyなPresent。
at 2015-11-17 18:26
致命傷を負った生き物、その回復。
at 2015-06-21 00:26
それは未来の話である。Zoo..
at 2015-05-08 08:18
これまでは楽な方向に傾いてい..
at 2015-05-06 19:06
もっとチャレンジが必要となっ..
at 2015-05-05 08:54
☆以前の記事☆
2015年 11月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 02月
more...
☆その他のジャンル☆
☆検索☆
☆ファン☆
☆記事ランキング☆
☆ブログジャンル☆
☆画像一覧☆
Top

カテゴリ:Tour日記( 29 )

それは未来の話である。Zoobomb Re-Boot Canada Tour#10(最終日)
トロント二日目にして、ツアーの最終日。

大抵ツアー中は、移動し、演奏して、寝てまた移動というスケジュールが組まれているので、なかなか街を見たり、買い物したりすることもないのだけれど、こうして同じ街に二日もいる場合には時間もあるので、皆んなで街に出かけることに。
ボクとマッタちゃんは公園にてお昼を食べつつ、今回のツアーが上手くいってまたズボンズが新しいステップを踏み出せる事を喜んだ。ブッカビリーが戻ってきてくれて良かったこと、マッチが思っていたよりもバンドに馴染んでいけそうだということ、何よりボクにしてみればマッタちゃんがずっと一緒にやって来てくれたからこそのズボンズであると思っている。始めた頃にはとてもこんなに長くやるとは思いもしなかったし、今も尚チャレンジする動機を与えてくれる音楽であることを、感謝しなければならないだろう。何と言っても、この活動全体が人生をとても意義深いものにしているのは確かである。まぁ、これからも紆余曲折はあるでしょうけども、ね。

サウンドチェックにて新しい曲を試す。帰国したらすぐに音源制作に着手したいと考えている。今のところは、ボク自身にもっとインスピレーションが必要なようだ。ともあれ、今晩がツアーの最終日であり、ここはズボンズに対する期待も一番大きな場所でもある。それに応え、更に上回る演奏を残していく必要がある。セットのテーマも前日とは違うコンセプトで、尚且つストーリーが前日からの流れを汲んで完結するように........などとブツブツ考えているうちに車の道を間違えてしまった。今晩もアルコールは抜き。

マッチにベースを部屋まで持って帰るように指示しておく。彼女はもっともっと練習が必要である。ズボンズの場合は曲を演奏する上で決まったことをやるのではなく、常に新たな挑戦が求められる。まだまだ気を抜いてはいかんよ、ルーキー。

会場に戻ったところで、着替えを忘れてきたことに気づいた。カメラマン・タカと二人で部屋に一旦戻る途中でEl'Mocambo clubの前を通ったので、せっかくだからそこで写真を撮ってもらうことにする。1998年ズボンズ最初の北米ツアーの中で、もっとも思い出深い会場だった。ここでDan Burkeとも出会い、今のズボンズのカナダでのポジションが時間をかけて作られて来た。残念ながら昨年クラブは経営者が売却を決め、今では窓に板が打ち付けられ、ネオンサインも消えてしまっているが、形はそのままだ。何故かブッカビリーが通りかかったので、一緒に撮影する。彼もその時に共にいたのだ。

ライブはすごく良いものだった。終演後、とても多くの人がボクと話したがって来たのだけど、全部振り絞った後ではなかなか英語の呂律も回らなくて訳が分からなかったのではないか。ここトロントでもお客さんの層が新しくなって来ている。(どうもボクらは固定ファンと共に年を重ねていくという形には収まらないらしい。これが良いことなのか、商売的に良くないことなのかは分からない) 出来ればまた帰って来れたら良いが、それは未来の話である。God only knows。

部屋に戻り荷物をパッキングして2時間寝た後に飛行場へ向かう。(なんと帰国したその日にブッカビリーの別バンド・Dachamboのレコ発ライブがあるので、彼は成田に着いたその足で会場まで行き、リハ無しでライブをやらなければならないのであった。無理なスケジュールをお願いして、すまん!) ボクも帰りの13時間のフライトの間、ほとんど寝ないで映画を4本も観た(James Brownの伝記映画を観て、自分のアクションの原点がそこにあるのを思い出した)。帰ってから考えたい事が沢山ある。このツアーですっかり自分自身を取り戻せたのは、一番の収穫である。(アルコールも控えて) もう若くもないし、何もかも出来るとは思わない。とは言え、何かを切り捨てるでなく、全てを包括した上で「諦め」の無い理想の未来へと邁進することが目標である。今はまだスタートを切ったばかりで具体的なヴィジョンは見えていないけれど、それがあることは確かだ。理想、これこそが失ってはならないものである。目を背けてはいけない。

ボクには、理想がある。
[PR]
by dn_nd | 2015-05-08 08:18 | Tour日記

これまでは楽な方向に傾いていた。Zoobombs Re-Boot Canada Tour#9
Canadian Music Week、トロントでの初日。

とても豪華とは言えないホテルのベッドに入ったのは午前5時頃だったか。数時間後には目が覚めて、皆で揃ってCanadian Music Week(CMW)の受付へとシェラトン・ホテルへ向かう(こちらはとても豪華なホテル)。ツアーをやっていたので考えもしていなかったのだが、CMWは3週間に渡る大きなイヴェントで、The Jesus and Mary Chain(Psychochandy liveをやるとか)やNoel Gallagerなんかがやったりするそうだ。ズボンズは懐かしのEl'Mocambo clubからほど近いSilver Dollarにて二日間のヘッドライナーショウである。シェラトンにて我々のボス、Dan Burkeと待ち合わせる。彼は3年前に来た時にはまだ紙ポスターを街に貼りまくったりしてプロモーションしていたが、今ではスマートフォンまで持っていて(当たり前だが、彼にとっては当たり前ではない。そういう人なのである)
、SNSを使ってプロモーションするのだと噴水の前でピンボケの写真を撮ったりしていた。OK、DON次はサウンドチェックの時にまた写真撮ろう。我々はチャイナタウンへ昼食に。

Silver Dollarはすっかり馴染みのハコである。サウンドマンのVladもセキュリティーのスタッフも顔馴染みで「やぁやぁズボンズ、よく帰ってきたな」という調子で嬉しいものだけれど、一方では前よりも良くなっていることを示し「やはりズボンズは凄いな」という印象を残したいという点で、ハードルは高い。そんなこちらの気合いが強すぎて(というかボクだけか)、アンプの場所決めに時間を食ってしまった。ひとまず退散。

「あの伝説の(Legendary)Zoobombsとやれて、とてもエキサイトしている」などと前のバンドがMCで言っていたので、「伝説のバンドにお帰り」とブッカビリーに声をかける。マッチは23歳にて伝説入りか。うむ。
実はこれまでずっとアルコールが入った状態でライブをやっていたのだが、今晩から止めることにした。無い方が良い気がしたからである。久しぶりに(おそらく3~4年振りか)に素面でステージに上がるので、若干ナーヴァスになってしたのだが、このツアーを経て理解したことは、「ズボンズ」という乗り物をしっかりとハンドリングするには、とことん音楽に入り込む一方で、冷静で正確な判断が必要なのだということである。そのためには、身体を良い状態に保っていなければならず、アルコールはその弊害になっていて、一時的な緊張の緩和を求めるか、長い目で見た身体の調子の保持を取るかというところで、これまでは楽な方向に傾いていたことは否めない(人は、弱い)。しかしもう終わりである。「ズボンズ」が俄然調子を取り戻して来た今、どちらを選択するかというのは選択ですらない、実際は。ボクに必要なのはアルコールを入れて楽しい気分になることではなくストレッチである。エイッ、エイッ。

トロント初日はアヴェレージといったところか。満員の会場は大いに盛り上がっていたし、多くの人が「今回のラインアップが今までで一番良い」とか言ってくれていたが、今のところは「全て出しました」という程度のレベルである。本当に良い時には全て出した上で。「更に奥の引き出し」に隠れているものまで表に引っぱり出すことになる。OK、今晩はこれで良し。明日はもう一レベル上を目指そう。ということで就寝は午前3時半。寝る前もアルコール抜き。
[PR]
by dn_nd | 2015-05-06 19:06 | Tour日記

もっとチャレンジが必要となってきている。Zoobombs Re-Boot Canada Tour#8
London,ONからHmailtonへ。

今週に入ってからは天気も良く、ここまで来たのだからということで、ナイアガラの滝へ。シンプルに壮大で素晴らしい。やはりこういうものは写真や映像を幾ら見ても分からないものなので、見ておかなければ。そして、Daily Queenのソフトクリームカップのピーナッツバターかけ。これも食べなければその凄さは分からないので、食べておきました。

HamiltonではMacMaster Universityのカレッジラジオステーションに出演。DJのJamieがズボンズファンなので、この近辺で我々は結構人気である。(アルバムがカレッジチャートの#1になることも) 自分で考えていたよりもバンドは上手くいっていて、これからの可能性に期待出来そうだというような事を話す。また、こちらでも昔からのズボンズのファンはブッカビリーの復活を大いに楽しみにしているようである。そして新ズボンズ・隠し球のマッチは海外でラジオデビューとなりました。

とは言え、ライブでは思ったように事が運ばず、少しばかり集中を欠いた演奏になってしまった。これはボクの責任である。バンドとしても演奏が出来上がってきつつあったので、もっとチャレンジが必要になってきているのだ。安定の上にドッカと座っていると、本物のエネルギーが発揮されないものである。いつでも緊急事態!というのがズボンズなのですね。いやはや。もっと自分に鞭を入れなければ。

ライブ終了後にその足でトロントに移動。就寝は午前5時。ツアーも残すところトロント2daysだけになってしまった。このやり残し感を持ったまま帰る訳には、いかんぞ。
[PR]
by dn_nd | 2015-05-05 08:54 | Tour日記

おれ達はここから始めなきゃならない。Zoobombs Re-Boot Canada Tour#7
OttawaからLondon, ONへ。

ブッカビリーの誕生日は、1日の3分の1(8時間)を車中で過ごし、その後ズボンズにとって(ブッカにとって)1998年に初めてカナダでライブをやった思い出深いヴェニュー、Call The Officeを再訪&ライブという1日となった。まったく人生はどんな仕掛けが用意されているか分からないものである。(しかも考えてみればちょうど15年前、トロント伝説のEl'Mocambo clubでのライブレコーディングを含めたツアーでもブッカの誕生日をニューヨークでお祝いしたのであった。(そしてそのツアーから15年間ボクらの別々の道を歩むことになる。)
お誕生日、おめでとう!

Call The Officeでのズボンズのフロントを努めてくれたHerat Attack Kidsは地元2ピースのバンドで、その肉食白人的なガタイの良さのものを言わせた力づくなロックがとてもカッコ良かった。このようなアクトを観ていると、さておれ達はここから始めなきゃならないんだよな、といつも思う。ロックに魅せられるのはそれが明らかなパワーを持っているからである。それを自分も持ちたいし、そう感じて貰いたいと考えている。しかしその肉体性は一目瞭然で、我々はどれほど身体を鍛えマッチョになったとしても、そもそも持っている基本的な肉体自体があのようになることはない。それを分かった上で彼らとは違う形での「圧倒的さ」を見出していかなければならないのだと思う。神様は我々に有利さではなく課題を与えたのだと考えよう。そして、勿論、課題をクリアしていくことで「自分自身」が理想に近づいて行くことになる。

ライブは、とても良かった。ズボンズとして再起動して7回のライブを経て、以前必要であったがソロ活動中にボヤけ始めていた鋭さや集中力が蘇って来ている。実は身体はそれにまだ付いてきていなくて、(書きたくはないが)とても疲れる。それでも、やはり「これ」を求めて生きているのだ。頑張ろう。
[PR]
by dn_nd | 2015-05-02 10:08 | Tour日記

タフになってもらわなければならない。Zoobombs Re-Boot Canada Tour#6
嫌な夢、とはこうである。
どこか(おそらく日本の)カフェにてブッカビリーと対面している。日は陰っており、調度はすべて古い濃茶色で、どことなく重たい雰囲気を醸し出している。ブッカビリーはごく薄いブルーのレンズの眼鏡をかけていて、窓の方を見てタバコを吸っているが、不思議と匂いはない。彼は冷たい目をしてこう言う。「だってあれは飲み屋でノリで言い出した話だったし、急遽アメリカツアーが終わるまでどうしてもドラムやって欲しいという事だったじゃない?俺だって他のバンドもあるし、実際マッツー(ボクのことである)とやるのは疲れるんだよね、要求が多いから。」ボクは、愕然としながらも、黙って堪えている。もう怒りだしたりは、しない(彼の言うことももっともでもあるのだし)。身体のどこかが段々と冷たくなっていく。また例の大きな喪失感を味わうことになるだろう.......。というところで目が覚めた。うーむ、まったく、嫌な夢だったな。こういう具合に人はそれぞれが罪をどこかに感じながら生きているのでしょうね。ハハ。

本日はカナダの首都であるOttawaでのショウ。ここでツアーは折り返しポイント。今回はベースのマッチに加えてタカ・ヒグチという若いカメラマンも同行しており、海外ツアーの経験がない若者二人にどのような変化があるのかも、興味を持つところであった。自分の活動的に、若いミュージシャンとの付き合いは多い。しかしその多くは好奇心の幅がそれほど広くなく、どちらかと言えば失敗するくらいならば手を出さないというスタンスを選択しているように思える。さて、内向き志向がデフォルトである日本人が、こちらの同世代人との交流を通して何を思うのだろうか。ボクは敢えて最初から二人に突き放した態度を取ることにしていた。まずは被保護体質を改善して、タフになってもらわなければならない。無理矢理話せない英語での交渉をやらせ、メンバーのいない地元バンドの家に一人で泊まるように命じてみたり、気が利かないところはこちらでフォローせず、意地悪婆さんのように逐一注意したり。(まぁ、こうやられてズボンズを離れていくのかもしれないですね。)そしてここにきて、若者二人は成長著しかったと言っていいだろうと思う。その具体的な内的変化は分からないけれど、何かを支持する前から自主的に行動する傾向が付いてきたし、少しづつ自分の意見を発するようになり、その結果ステージでも良いプレイをするようになってきている。このまま二人共が伸びて行けば良いと思う。これからの世界は、いずれにせよ彼らが担う事になるのだし。

Ottawaでのライブは、前日よりもずっと良くなった。ハコのマネージャーも「今度は来年夏のブルース・フェスに、ぜひ推薦したい」などと言っていた(半分聞いておこう)。毎晩々々ステージで大声で叫びながらstop&goをせわしなく繰り返しているボクはヘトヘトに疲れてきている。いやはや、「君は生き延びることができるか?」であります。明日は7時間のロングドライブ。
もう寝ましょう。
[PR]
by dn_nd | 2015-05-01 08:10 | Tour日記

このリズムセクションが一番良かった(とのこと)。 Zoobombs Re-Boot Canada Tour#5
ライブでなくともパーティーで盛り上がりのズボンズ、ケベック州での日程を終えてオンタリオ州へと戻る。(フランス語から英語へと) ここからツアーは後半部へ入ることになる。

さすがフランス語圏!という美味しいクロワッサンを購入して出発。Samからヨーロッパツアーの提案があって、それは実現するよう考えなければと思う。さらばSam、今度また日本にもいらっしゃい。

移動は6時間。本日の会場、KingstonのThe Mansionはもう馴染みの場所で、ここではTerry Youngという若者がすべてオーガナイズしてくれている。テリーは信じられないくらいのズボンズ・フリークで、今回のツアーに当たっても自分の持っていないズボンズコレクションのこれとこれとこれを持って来てくれないだろうか?との事前リクエストメールがあったほどである(例えば初期二枚のアルバムのRicetoneレーベル盤、Mo'FunkyとBomb The Bombのシングル、Dirty Bombのプロモーションカセットetc,etc......実に細かい)。いつも通りThe Mansionにて美味しい地ビールと食事をいただく。シンプルな(ハンバーガーやピザやフライドポテト)食事である。しかしいつもいつも書くことだが、このようなものを食べていると、どうも我々日本人の食べ物はほとんど調味料で出来ているのではないかと思わされるほど、その食材の美味しさがあって、とても良い。(しかしそれが後の反省を招くことになるのだが.......)

月曜の夜であったが、さすがテリーのプロモーションが功を奏したのか、大勢のお客さんが集まってくれてライブは大いに盛り上がった。しかし自己採点は辛く、50点くらいかと思う。いくつかの失敗点(出番前に1弦が切れていたのに張り替えなかった/ 3弦のペグを失くす(後にマッタちゃんが発見)/ クロワッサン2個は食べ過ぎ→加えてピザ&ビールで満腹→満腹は集中力を50%減らす.....)。ツアーが1日空いただけでこれでは、リーダーとして失格である。失敗を栄養として、更に頑張らなければと思う。むむ。(良かった点: テリーが言うところでは、自分はもう何度もズボンズを観ているが、このリズムセクションが今迄で一番良いとのこと。ふむふむ。確かに、バンドは思っていたよりもずっと「普段の」感じになっている。もっと演奏を続けることで更に新しいイニシャルが加わってくるだろう。)

終演後はテリーの家にて謎のアフターパーティー。(何故かダウンタウンのコントのヴィデオを見始めていた) ボクは早々に就寝。(そして、嫌な夢をみることになる)

[PR]
by dn_nd | 2015-04-29 15:28 | Tour日記

独立心旺盛な子供達。Zoobombs Re-Boot Tour#4
Samの本拠地であるケベック・シティでのショウの日。

前日ベッドに入ったのは午前3時半だったのに、朝はキッチリと7時半に目が覚めてしまった。例によっての睡眠不足である。前日のモントリオールでのライブが激しかったせいか、言いたくないが、とても疲れている。(どうしてこんなに疲れるのかは、この後のサウンドチェック時に判明することになるのだが)

ケベック・シティまではわずか2時間半のドライブなので、先にSamのウチに寄ることにする。彼はP572というレーベルを主催していて、彼のアパートメントは丸ごと仲間が寄り集まって住み、創り、している。1階はSamともう一人の主催者ベンジャミン(子持ち×2)の居住区と事務所+工房(ここでポスターがプリントされ、バッジを作り、CDの箱詰めから配送まで。つまりファクトリーである)が、それぞれの部屋に割り当てられ、地下には倉庫に簡単なリハーサルスタジオがある。レーベルにはミュージシャンやデザイナーは勿論、カメラマン、編集、マネージメントという全て自分達の仲間だけで賄っていて、聞いてみると仲間は100人くらいになるんじゃなかなと言っていた。全てDIYでやるというのは、最近では日本でも若い子らには広がっている傾向だとは思うが、欧米のインディーミュージシャンとの大きな違いがあり、それは世界を相手にしているかどうかであろう。自分達が自分達の好きなように自分達のやり方を支持してくれる人達に向かってやりたいというのは共通だが、それが国内に留まらず、スペインでもイタリアでもチリでもニュージーランドでも、というのがP572のモットーである。その意味では、我々日本人はまだまだ本当の意味でインターネットを使いこなせていないのではないか。(ネットショッピングだけじゃなかろう) Samやその仲間たちと話していると、いやはや、自分の遅れを実感してしまう。世界にはまだまだ楽しめる余地が、たっぷり残されている。
(その日はたまたまSamのお父さんが遊びに来ていた。温和で楽しいおじいさんだった。どのようにして彼のような独立心旺盛な子供を育てたのか?と聞くと、母親じゃないかなとのこと。しきりに、あの母親はインテリジェント、インテリジェントと言っていた。Samは16歳の時にケベック・シティからアラスカまでのヒッチハイク旅行に飛び出し、それから学校には行ってないそう。でも3年かけて各地を転々としながらフリースクールに通ったから学校で学ぶことは何も無いとのことである。システムの中で「あるべき」と考えられているものとは違う生き方がある。Samと会うと、どうも自分は随分と時間を無駄にしてきたようだなと感じてしまう。まだまだこれから、なのかな。)

さて、本日の会場は、また別の大きなアパートメントで(というかビル)、いわゆる「営業」をしているわけではないのだが、自分達でサウンドシステムや照明、大量のビールとワインと食料を持ち込み、その辺のクラブと同様のスペースを作り上げている。本日は、さすがの本拠地とあってショウはソールドアウト。昨日のモントリオールに輪をかけたような騒ぎにて、終了。もう一滴も搾り取れないくらいにヘトヘトであった。(Samパパも大喜びしていた)やぁ明日は休みだなぁと思いきや、友人がレコーディングスタジオをやっているから、ちょっとそこで録音してみない?なんて言われてしまった。どこまでもやらせる男、Samよ。ボクはシャワーを浴びて、ベッドに倒れこんだのであった。
[PR]
by dn_nd | 2015-04-27 23:36 | Tour日記

一小隊に与えられたオペレーション。 Zoobombs Re-Boot Tour#3
ケベック州モントリオールにてショウの日。

海外ツアーも三日目になると、身体も心もすっかりモードが「それ」になっていることに気付く。プロビー(見習い)のマッチに言った大事なアドヴァイスは、しっかり身体を使って演奏しろということ。その他にも沢山の厳しい助言をするのだが、その度に止めていった若いメンバー達の顔を思い出す。もっと優しく接するべきだし、そうするつもりでもあったのだが、出来ない。我ながら、いきなりとことん厳しいことを言っている。しかし、ツアーは始まっていて、音楽は猶予を与えてくれないのである。23歳の小さな彼女だが、どうにかこれを越えていって欲しいものだと思う。得るものは、とても大きいものであるのは間違いない。

まるでツアーとは、一小隊に与えられたオペレーションのようなものである(もちろん、軍隊ほどキツくも大変でもないのだけれども)。食べれる時に必要なだけを食べ、休める時に休み、現場やラジオから聴こえてくる音楽や現地の人々の雰囲気を感じ、耳を澄ます。そこに何か演奏のヒントとなるものがないかと集中している。最終的には演奏するそのステージで最大限のエネルギーが放射されるように、1日の行動の全てを管理しなければならない。ミッション完了。オーヴァー。

モントリオールの会場L'ESCOは今回初となるヴェニューで、以前日本でも一緒にやったケベック・シティのOromocto Diamondのアルバムリリースを兼ねたショウであった。彼ら二人は相変わらずで、何を言っているのかは分からないが(フランス語なので)客を煽り、乗せ、大いに歓声を浴びていた。DJは60年代R&Bやガレージロックを流し雰囲気も良い。
ズボンズのライブは、前日よりも更に良いものになってきた。演奏はより肉体性を持ち、突発的に発生するフリーゾーンに入り込んでも対応し、より高い所へと音楽を導いていく。会場のは小さくもあったが大勢のお客さんでクレイジーな状態になっていた。(宙を舞っている人間もいれば、ステージに倒れ込んでくる人もいる) こうでなければ。

可愛い子には旅をさせよの格言に従って、マッチはOromokuto DiamondのSamの車に乗せて一足先にQuebec Cityに移動してもらうことにした。英語もほとんど喋れない彼女だが、コミュニケーションを学ぶことが必要である。頑張れ。残りの一行はモーテルへ。到着は午前3時、就寝は4時。本日の作戦は成功。
[PR]
by dn_nd | 2015-04-26 23:01 | Tour日記

随分助かっている。ZOOBOMBS RE-BOOT CANADA TOUR#2
翌朝、外は雪が舞っていた。出発の頃、東京は暖かだったので寒さに油断していた。(しかし考えてみれば、トロントは帯広なんかと同じ緯度なのだった)いやはや、これからもっと北の方に行くのにな。
Re-Bootツアーの二日目はBowmanvilleという今まで行ったことのない街で、小さい街であるPeterboroughの人達に「あんな小さい街でやるの?」と言われた程である。果たしてそこは何もない街だったが、なんとやる場所はブリュワリー、つまりクラフトビールの工場兼パブなのであった。そこにて大歓迎されて(なにしろ日本のホップを使って作ったというオリジナルのズボンズビールが瓶詰めされて用意されていたほど)、軽くビールの制作工程見学の後に、まぁ、早々と乾杯である。未だ時差ぼけの残る身体にアルコールは効きすぎるのだけれど、なにしろすぐ後ろで作っているものだから、次から次へと(こちらがストップをかけない限り)わんこ蕎麦みたいにビールはやってくる。しかも、フレッシュで、とても美味しい。ここは天国なのか地獄なのか?いやはや。小さい街だからこそ心尽しの素晴らしい歓待を受けることは良くあることでは、ある。こちらとしてはもちろん、それに応えるべく最大の努力を払わなければ。しかし、酔うな。
ライブは前日よりはずっと良かった。ブッカビリーの反応の良さは、さすがに以前に密な時間を送ってきただけはある。何しろHIGHWAY A GO GOもSOUTH CENTRAL ROCKも、MO'FUNKYも共に作ってきたのだ。彼こそがムーストップのいない穴を埋めてくれている。このように多くの言葉を交わすことなくお互いの意志を分かり合える人間が、一生のうちにどれだけ作れるのだろうか?

考えてみれば不思議なことだ。ブッカビリーは散々痛い目にあった挙句バンドを離れることになり、かれこれ15年間も一緒にやってなかったのに、まるでずっと一緒にやってきたかのようにツアーをこなしている。ブッカのお陰で新入りベースプレイヤーのマッチも随分助かっているようだ。年を重ねるというのは、人間を熟成させ、より調和のとれたものにするのかも知れない。とは言え、誰でも、どんな組み合わせでも良いと言う訳ではなくて、熟成することで深みを増し、美味しくなるワインもあれば、酸っぱくなるものもある。新しいズボンズはどうなっていけるのか。願わくば、最上のヴィンテージワインになるますように!

こう書くのは若干の心の痛みを伴うのだけれど、海外でやっている時がより剥き出しの自分/ズボンズであると思う。こちらでは、剥き出せば剥き出すほど大きな反応が返ってくる。それがバンドに自信を持たせ、より良い音楽を作り出すモチベーションを産み出させる。ボクらは、このメンバーで新しい物を作り出さなければならない。そろそろエンジンが暖まってきているようですよ!
[PR]
by dn_nd | 2015-04-25 12:15 | Tour日記

それについて出来ることは。Zoobombs Re-Boot Canada Tour#1
ソロツアーが終了して、それについて書くことも沢山あるのだけれど、続くズボンズのカナダツアーの準備であれよあれよと時間が経ってしまい、程なく出発する日となってしまった。もう何度も経験していることなのだから、海外ツアーでは何事も起こり得るし、起こった時に対応するしかないと分かってはいて、結局出てしまえばどうにかなっていくのだが、それまでは沢山の気掛かりが頭の中で膨らんでしまう。なかなか成長しないものだ。
果たして、最初のトラブルは空港に到着した時に起こる。予約していた便がキャンセルになったという。その代替の便は本日午前1時半発(というか翌日ではないか)の羽田空港からの便で(なんと!成田まで重い荷物をフウフウ言いながら持って来たのに!)、しかもまずL.A.まで飛んで乗り換え、次にシンシナティまで飛んで更に乗り換え、目的地のトロント到着は現地午前8時である、と5千円分の食事券を渡されて左様ならである。ふう。ということで、予約していたトロント空港近くのホテルはキャンセルして、まぁこれもタフに生きる為の訓練だということにして(もっと大変なことは、いくらでもある)、10時間近くを空港で過ごすことになった。
その後、ただ乗り換えをする為に寄ったL.A.の入管で尋問のために長く止められたりはしたものの、16時間(プラス空港での10時間)のフライトの後にトロントに到着した。(映画二本とドキュメンタリー3本、ビール2缶、トニックウォーター1缶)飛行機内で3時間程眠った。まるで「疲労」というヌルヌルした泥みたいなものを全身に厚く塗ったくられたような気分である。
この後、レンタカーを借り、物販用のTシャツをピックアップして、ズボンズのカナダでの活動のボスであるMr. Dan Burkeと打ち合わせに行く。会うのは4年振りになるDanはとても健康そうで、本人の言うところによるとアルコールもドラッグも一切止めたそうである。現在57歳だが、今とても調子良いぜ、なんて言っていた。ドン、お前ちょっと老けたんじゃないか?
今より10年前、彼がちょうど今のボクと同じ年だった頃、Danはしきりに「俺は疲れた。ロックンロールな生活をするには年を取り過ぎてしまった」とぼやいていたのを思い出す。今のボクはそのような状態なのだろうか。

年を取るということは、意識するようになるとそれが「全くの生まれて初めての経験」であることを知る。人間は誕生してからずっと成長を続けるが、それは無条件で与えられたことなので疑問を持つことを知らない。当たり前にずっと上に昇って行くものだと思っている。しかし、当然、人は年を取り衰えていくことになる。その時に自分が下降するプロセスにいることを初めはなかなか受け入れることが出来ない。それが「初めての経験」だからだ。ボクもその時期なのだと自覚している。また、だからこそそれに相応しい事件も起こって行く。ズボンズの解散もその一つであったろう。若々しくエネルギーを放射する季節は終わったのだ。(若しくは終わったのだと自分に言い聞かせなければならなかったか)では何故またズボンズを再起動したのか?おそらくそれにもまた相応の理由が発見されるのだと考えている。その渦中である「今」という時間の中では分からないことだ。その渦の中で巻き込まれないようにするので精一杯だからだ。渦中にいる時に出来ることは、ともかく出来るだけ物事を「良き」方向に進める努力をするしかない。どうにか、納得出来る答を見つけよう。ソロツアーをやっている頃から考え続けていることだけれど、年を重ねることでより身につけていけることは何だろうか、ということであろう。年を取ることのほとんどが下降線に向かうことではあるかも知れないけれども、全てではない筈だ。それは決して見た目の若さなどではない。より人間としての深みを持つことであろうと思う。しかしそれは決してただ今迄と同じ様に生きていくだけでは身に付いていくものではなく、むしろ若い頃よりもより勉強しなければならないし、より努力もしなければならない。うむ、get Mo' Funky、か。

という状態でのツアー初日、The Spill@Peterboroughでのライブは、地元のPunk kid達に交じってワイワイと楽しくやり過ごすことが出来た。しかしバンドはまだ「初日」を出してはいない。もちろん、まだまだこれからである。12日間、11ライブという間に実際に再「起動」出来るのか?Let's see what's happen........
[PR]
by dn_nd | 2015-04-24 04:20 | Tour日記
hidden hit counter