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カテゴリ:Tour日記( 29 )

Autumn tour'14 vol.18 live@東京・下北沢Basement Bar & 大塚Hearts+
東京に戻って来た。

下北沢ベースメントバーはボクのホームである。それに一応東京在住者なので、東京をホームと(するしかないと)思ってもいる。友人知人も多く見に来る。なので、出来れば他の場所よりも上手くやりたい。バックのメンバーもいつものように初見であったり半年振りであったりする訳でなく、普段月に2〜3回はステージを共にする「分かった」仲間達である。演奏技術も高い。細かい指示を出さずとも「あ・うん」の呼吸でやっていけるに違いないと思っている。ここまで各地あれだけ結構スゴいライブをやってきてたのだから、当然それよりも高いものが出来ると楽観している。ドーンとただやってしまえば良いものになる筈なのだ。するとそこに大きな落とし穴が待っていて、呼吸は合わず、エネルギーを全然まとめられないままライブが終了することになる。期待も大きかっただけにこの時の落胆は、実に惨めなものである。自分がこれまでツアーで成し遂げてきたことは一体何だったのだろうか?初見であったり、もっと未熟なミュージシャン達とですら、もっと高いレベルの演奏が出来ていたのに、何故か?と自分に失望してしまった。

そのようにして失意のままベースメントバーでのライブが終わった。悔しいが、地方から戻って来て東京で調子を出せないという事態は、実は今までに何度も経験している。さて、今こそここから何かを学び取らなければならない。自分のコンディションとしてはすごく良い筈なのに、どこが悪かったのか。それは結局全体のエネルギーの調和の問題なのである。エネルギーというものは一人が高いものを持っていても、それを一緒にやるメンバー(またはお客さん)と響き合い、それぞれから上手く引き出される形にならないと巨大なものにはならないのだ。いくら個人のエネルギー値が高くとも、所詮一人の人間の持っているだけのものである。それがメンバーの人数分、更にお客さんとの呼応からエネルギーが引き出され、反応を起こし、絡まり、増幅することで最終的にはとても巨大なものになる。一人のエネルギーだけが高くとも、むしろそれがメンバーとソリが合わなくて逆効果になってしまうこともあるだろう。(もしお互いが逆の方向に引っ張り合っていたら?)エネルギーは総「和」でなく累「乗」的に重なっていく。

更に、慣れたメンバーというのは、実は扱いが難しいものである。相手のことがより分かっているだけに、付き合いの短い人間には簡単にフランクに話せることが、近いだけメンバーには話せなかったりすることもある。言わなくても分かってくれるだろうと安心・過信・期待していて、それを裏切られると他人に対する以上に憤りを覚えてしまう。地方で時たま一緒にやる人間と上手くやる方法と、レギュラーメンバーと上手くやる方法は、そのアプローチが全然違うのだと分かっていなければならない。地方各地の場合は一点攻めというか、とにかくこの夜、このステージをやってしまうのだ、自分達の全てを出し切ってしまうのだ、という割にシンプルな合意の元に全員の意思が一つにまとまりやすい。そこがまとまっていると、後はステージでより高く持って行くだけのことである。レギュラーメンバーとても意識は同じようなものではあるのだが、何度もやっているし、東京という地続きの環境の中で、次もあって、という意識はどうしても消えないので、地方であった刹那な心持ちと意識の合意が薄いのは当然のことであろう。だからこそ彼らに求めるべきものは、より高い課題と挑戦でなければならない。そこが下北沢におけるボクの采配の失敗で、地方でやっていた意識をそのまま持ち込んでしまっていたということである。レギュラーメンバーに対しては、もっと具体的に違うものを求めなければならなかった。(実は普段東京にいる時はそうしているのである。ライブの当日には、いかにメンバーにいつもと違うことをやらせるか、また全体のショウのイメージを明確にし、常に違うライブであろうとするように心掛けている。考えてみれば。)少し慢心していたのであろうと思う。反省。(しかも例によってメンバーに八つ当たりの文句を言ったりして....中々人間が大きくなれなくて恥ずかしい次第である。すんません。)

幸い、一日置いて大塚Hearts+にてのライブがブッキングされていた。一日考え抜いたボクは、通常の東京作戦の姿勢で、いつものように良いライブをやった。とても良かった。これが下北沢で出来なかったのは残念ではあるけれど、兎にも角にも学習した。そのことを有り難いと思わなければならない。人間、自分への過信と慢心には常に注意を払っていなければいかんのである。そして、何事もなければ何事も学べないものである。いやはや。

こうして、ボクの2014年秋のツアーは終了した。ツアーをすると、いつも何かを学び、成果があり、願わくば成長もある。今は充実と虚脱の両方の感情を持っているけれど、来年のアルバムリリースに向けて、様々なプロジェクトや作業が待っている。今回のリリースは、また何か違うものであるような期待がある。音源も、きっと皆のイメージしているものと違う、かも知れない。まだ書き続けていこうと思います。

今回ツアーで一緒にやってくれたメンバー達に大きな感謝を。皆がボクを成長させ、学ばせてくれた。次は3月に、きっとまた!!
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by dn_nd | 2014-11-30 11:01 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.17 live@名古屋・大須OYS
名古屋へ。
ここまで来ると、あの濃厚だった九州〜関西とは違って、何というか人間の野性臭みたいなものが薄くなってくる(ボクの主観に過ぎないのだけれども)。東京に近付いているのだなと感じる。とはいっても、名古屋は変な街に違いなく(あの変わった食べ物群よ)、自分達ですら気付いていない他とは違う価値観で生きているに違いない。日本の中で一番不可思議な街なような気がする。(きっと「名古屋学」のようなものは沢山書かれているのでしょうね)

リハーサルで若干のトラブルはあったが、ボクはもう大分学んできたので、それに集中力を妨げられるようなことはない。前にも書いたが、エネルギーを損なうのは疲れからではなくて、怒りや不安や焦りからである。どうあっても自分の目の前の手持ちのものを使って出来る限りやるしかないのである。撤退や逃亡は、絶対にしてはならない。トラブルは常に起こり得る。外国の片田舎のバーで「ウチにはこれしか機材ないけど、やってよ」とボロボロでシンバルが一枚しかないドラムキットと小さなアンプしかない床に穴の空いたステージを指差されても、グッっと言いたいことを、感情を堪えて、とにかくそれだけでやれることを考えなければならない。どうしても出来ないことは出来ないけれど、やれる可能性が少しでも残っているならば努力してやり切った方が、結果として得るものは大きい。ここ名古屋に於いては機材もちゃんと揃っているし、ドラムをやろうと張り切っている子(まっつん。ありがとよ。)もいるし、水中ブランコの二人もいる。実に充分である。ついでに、本番を見ていて面白いかもと思って、ボクが会場に戻って来た時にやっていた高校生のパンクバンド(「学校行きたくねぇ〜」「うどん、カレー、しょう油があれば生きていける〜」)の髪を洗濯糊でブーメランのように逆立てたヴォーカル・カズヤくんに途中で「高校生の不満」をHip Hopビートに乗せて歌ってもらう。何でもそこに転がっているもので使えそうなものは、使うべし。ドン・マツオの生き方である。お陰でライブはとても楽しいものとなった。(カズヤはズボンを脱がされ、ドン・マツオにベルトで鞭打ちされるというSM的寸劇を挟みつつ。ハハ。)これで、良いのだ。

さて、長い旅も終わりだ。後は東京・下北沢にて水中ブランコに花を持たせて、ボクはアルバムリリースに向けて次のステップを踏み出さなければ。考えなければならないことは沢山ある(アートワーク、ツアーの日程組み、プロモーションetc,etc......むむむ。) でも今は目の前のライブを最後まで良いもので終わらせることが出来るように頑張ろう。とりあえず無傷で帰ってきたのだから。(いや、首痛・腰痛・肩凝り・腕の無数の痣や傷・胃の不調・物忘れ諸々は、ある)
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by dn_nd | 2014-11-24 10:46 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.16 live@京都nano
京都は思い入れの強い街である。最初のソロアルバムを、ボクはここで作った。2006年の話だ。何か新しい影響を期待して、ボクの一回り下の世代(ゼロ世代と呼ばれていたか)のLimited Express(has gone)飯田くんにプロデュースを依頼して、ボクはデモになる曲を彼に送り(まだデータではなく、郵便で)、それを聴いてもらって彼にアレンジやバックバンドを用意してもらうことになった。ボクとしては彼のバンドが全てやってくれても良かったのだけれど、彼としては是非この機会に京都のインディーミュージシャンを集めて面白いことをやりたいと考えていたのだろう。結果として、沢山の良いミュージシャン達と知り合うことになり、曲毎にどうせバックが違うのだからツアーも各地違うミュージシャンを集めてライブやって、曲そのもののヴァリエーションを増殖させ続けれれば良いじゃないかと、今のソロ活動に繋がる大きなキッカケとなったように思う。あれから8年が経っても彼らとは仲良くしているし、今晩のハコのnanoの店長・土竜(モグラ)くんなんかはもはや盟友と言っても良いくらいである。

nanoというライブハウスは、その名の通りとても小さなハコである。ステージがやり易いとか音響や部屋の響きがとても良いという訳でもない。それでも若いバンドマンにnanoがすごく好かれるのはモグラくんの人柄あってのことだろう。このように店の名前が、ではなくそこの人が繋がりを作っていく。そのような関係性は長続きするのだと思う。

ソロアルバム時に始めててレコーディングのエンジニアリングをやった小泉くんがnanoの上のフロアにスタジオを作ったというので、リハ後訪問する。ボクの新作も聴いてもらってエンジニア的意見を聞いてみたり。(とてもかっこいいと褒めてもらって、嬉しい。) 彼もあれから本格的にレコーディングエンジニアをやり始めて、独立してやっている。もっと近くにいれば色々と意見交換したり一緒に実験したり出来るのだけども。コミュニケーションを介在させるクリエイティビティの向上を図るには、やはり人と人との繋がりが強くて近い地方の方が都会よりもずっと良い。(都会に於いては、孤独というプレッシャーを跳ね返すという力が発揮される、と言えないこともないけれど。)

さてライブの方は、リズムセクションの二人は二回目のテクニシャン、ギターのマモルはもう多分10回以上(もっとか)やった仲間だし、それに加えてモグラくんで、余裕のラインナップである。しかし、余裕があることが必ずしも最高になるとは限らないことは前に書いた通りで、元々上手い彼らを冷静なとこから、野蛮な原始の状態にリセットして、潜在しているエネルギーの蓋を開けなければならない。そうなってしまえば、メンバーの野蛮なエネルギーは総和でなく相乗、もしくはそれ以上のものになる。あとは音楽が我々を高いところに連れて行ってくれる。音楽とは実に原始的でシンプルなコミュニケーション手段である。素晴らしかった。みなさん、お疲れ様でした。ボクはnanoで最高でないことはやりたくなかったので、何となく責任を果たしたような気分である。ふー。作戦終了。オーヴァー。

nanoの良いところは、終演後いつまでも出演者やお客さんが居残ってダラダラと飲んでたりするとこである。そのような店は繁盛しているかどうかは分からないが、長く続くのだと思う。

何だか怒涛の3daysであった。関西はドン・マツオの全てを搾り取ってしまった。明日まで生き延びることが出来るか。みんな、また3月に。



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by dn_nd | 2014-11-22 19:09 | Tour日記

Autumn tour vol.15 live@大阪梅田ハードレイン
大阪。
結局前日も3時間しか眠れず、疲労の度合いが1メモリ上がった(下がった?)。「疲れ」というマキを沢山背負ったカチカチ山のタヌキさんのような気分で、荷物を抱えて電車移動。梅田という駅はよそ者にはかなり難解で、自分がどこにいるのかがサッパリ分からないが、あちこち歩き回っていると、通りかかりの飲食店街はすごく活気があり、お腹が減ってもいないのにイカ焼きとか買ってみたくなった(買わない)。

今日のメンバーは出演者でもある水中ブランコと大阪インディーズの重鎮、"and young....."の加納くんもギターで参加。水中ブランコとはレコーディングも経て付き合いも深くなった。(レコーディング時には1週間ほど寝食を共にした仲だ) 現在ボクと並行してアルバム発売のツアー中だが(というか、そもそも彼らとの共演が数カ所決まっていたので、ボクの方が勝手に自分のツアーを作ったのであった)、やはり演奏を重ねてきてバンドの音は太くタイトになってきている。リハーサル後に、次のアルバム作りについての提案をする。1枚目は持ち曲のすべてを使ってフレッシュで勢いのあるものが作れるが、二枚目は空のストックから始めなければならないので、よりハードルは高くなる。彼らは若いからこそ無理してでもバリバリ曲を作ったほうが良い。今出るものは今しか出ないし、誰かにお尻を叩き続けてもらわないと時間は無情に正確に勝手に進んでいくからだ。(どうも今の時代は慢性的に時間が不足しているのか、とにかく過ぎていくのが早い) アルバムを作り重ねることでバンドの真の姿が出てくるのだと思う。ツアーを経て、彼らの次の飛躍を期待したい。

ライブは疲れをものともぜす、すごく良いものとなった。(なぜかボクがドラムキットで叩き始めるところから演奏は始まった。ギターをセッティングしていた時には考えもしなかったのに、始める本の一瞬前に「あぁそうだ、ドラムから始めるのが一番だ」と思う。それがどのような演奏になるのかはまったく分かっていない。でもやり始めてしまう。それは、アルプスの頂きから急滑走し始めるスキーヤーと同じ気持ちかもしれない。スキーやったことないけれども。) ハプニングが次の展開を生み、バンドは跳躍し、潜水し、最後には昇天。ボクは最後の一滴まで絞り切られてしまった。ふー。みなさん、お疲れ様でした。

その後に引き続き水中ブランコはライブ。一度エネルギーの蓋を最大限に開いた後の演奏は、出そうとしなくても止めどなく流れ出してくる音楽に乗ってしまえば良いのだ。とても良いライブだった。疲れメーターはレッドゾーンから動かず。ふー。

さて、次はボクのホームの一つ、京都nanoである。いっちょやるか。



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by dn_nd | 2014-11-21 18:30 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.14 live@神戸マージービート
福岡から神戸へ。
九州を離れるのは寂しくもあるが、そろそろ旅も長く感じて始めてもきている。何故か3時間しか寝れず、飛行機での移動はあっという間で、なんだか脱水機にかけられたような気分での神戸入りだった。

今回もほとんど初めての顔合わせになるメンバーだったが、旧くからの知り合いのジンタくんがフェイザーを効かせたギターをガンガン弾いていて、思っていたサウンドとは違うが、これはこれでなかなか良いじゃないかと思う。(ジンタはリハ後に「キース・リチャーズを意識してフェイザーかけったスよ。」なんて言っていた。おいおいお前がキース取るのかよ。) 

ヘミングウェイを読み終わったので何かないかと本を探しに街に出る。スーパーで「ボジョレーヌーボー!!」と大きく書かれていたのであぁそうかと思い、ウイスキーを止めてワイン気分でいたら明日(11/20)からだと言われてガッカリ。でも気分を変えれず、赤ワインにすることに。よし楽屋でこっそり皆で乾杯だと思っていたら、車だから飲めないという。最近はミュージシャンとはいっても機材を運んだりしなければならないので、こういう断られ方をすることも多い。時代か。(時々は機材にこだわり過ぎなのではないかとも思うけれど。でもボクがこだわらな過ぎかもしれない。余談だが、以前楽器の専門雑誌の取材が来たときに、先に色々質問が来るのだが「どのようなギターを使っているか、その特色・理由は」「エフェクターは?」「アンプは?設定はどうしているか?」、どの質問にもボクの答えは「特に楽器にこだわりは無く、チューニングが合っていて重くなければ何でも構わない。エフェクターも特殊な歪みをしなければどれでも、アンプは会場にあるものをその会場の大きさや響き方に合わせてセッティングするから特に決まっていない。」と暖簾に腕押し的な回答しかしなかったので、取材そのものが無くなったことがあった。自分の音をどんな場合でも出す、というのは雑誌にとっては機材の話であって、ボクにとっては耳の話なのであった。かといって耳の雑誌からも取材はこないのだけれども。)

ともかくも、本番は怒涛のサイケサウンドで乗り切り(1曲目が始まる前に4弦を切ったままだったが)、多少のミスはむしろ味方につけて、面白いライブになった。みんなお疲れさま。

ジンタはズボンズの最初期からのファンで、今はBLONDnewHALFというバンドを5年以上続けてやっている。いつの間にかになかなか良いギターを弾くようになった。面白いことをやろうと思ってやり続けていれば、人間は成長するものなのだ。対バンに大学生がいて卒業するメンバーもいるからこれからバンドをどうするか分からないのだと言う。確かに音楽を止めるには典型的な節目がいくつかある。(卒業&就職、結婚、子供が出来た) それをどうしろと言ってもしょうがなく、本人が決断するしかないのだが、経験的に言うと、自分という人間を確立する為に何か一つのことをやり続けることが自らの成長を確認可能にするのは間違いない。(しかしそれが音楽である必要はない。)スウェーデンの刑事小説ヴァランダー・シリーズのなかにあったが、「自分は何者でもないという地点から、自分は何者かであるという地点まで行くのは、おそらく人間が経験する一番長い旅だ。」
結局どうあっても旅の途上であるか。



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by dn_nd | 2014-11-20 18:12 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.13 live@福岡薬院ユーテロ
福岡にて九州最終日。
前日までの疲れが出たのか、夜12時前に寝たのに起きたら午前9時だった。ボクのツアー中の睡眠はひどく少なくて、大抵は毎日4から5時間しか眠れない。時には3時間で目が覚めてしまうこともあって、そんな朝は朦朧としながら本を読んだり(今はヘミングウェイの短編集)、解けない数独をやったりしている。朝は食べない。なので9時間も寝れると気分爽快かというと案外そうでもなく、休みに慣れた会社員が更に休日を要求するように、身体はあちこちの不調を露わにする。首が腰が肩が膝が組合を組んでストを起こす。こんなんじゃやってらんないすよ社長。本日の不安要素その1である。

会場に到着してケースから取り出して初めてギターが弾けない状態にあることに気づいた。2弦を巻きつける部品が役に立たなくなってしまっている。うむ、確かにここのところ結構ハードに使ってきたものなぁ、と思うが2弦が無ければさすがのボクも演奏に支障がある(ショウの最中ならば、多分やり切ってしまうだろうが)。不安要素その2。
サウンドチェックにて。今日は初めて顔合わせするメンバーである。音を出し始めた瞬間、爆音になりすぎている。全体の音像調和に気がつかないで「自分の音」を大きく出そうとすると、こうなる。(不安要素その3) 更に、ボクの方を見ないでプレイしている。ボクは何時も書いているように、その時に現れる音楽に反応して演奏し、その中で皆の役割を与えるので、プレイヤーがこっちに注意を払っていとそれを伝えることが出来ない。(不安要素その4) まいったな、と思いながらも、メンバーに上手くそのことを伝え、理解してもらいつつプレイヤーの良い部分は残しておかなければならない。ボクという立場は、あまり注意が強過ぎるとメンバーの萎縮に繋がって、今度は相手がすべてこちらの顔を伺いながらのプレイなってしまって、それは一番困ったライブになってしまうことになる。やはりプレイヤーには音楽という大きなスペースの中で伸び伸びと自分の演奏してもらうことが一番良い。

ところが不安要素が多かったせいか(せいだ)、どこかイライラしていたボクはコードを覚えていなかったベースの子(サラサラ)をつい怒鳴ってしまった。怒る、という行為はエネルギーが強すぎるので、その使い方は特に気をつけなければならないものである、と最近は考えている(遅いのか)。なにもいつも楽しく仲良くやれと言う訳ではないけれど、その怒りの遠因が何処にあるのかによって、相手に与える影響も違ってくるように思う。今日のように不安要素をいくつか抱えていたり、睡眠不足や体調がどこか優れない状態の場合、実際の事件はトリガーに過ぎず、実はただ自分の不安感や苛立ちの感情噴出のはけ口を求めていたに過ぎない。しかし必要以上のエネルギーで怒られた人間は傷と不信感を持ってしまい、それを回復するのはなかなか大変なことなのである。自分という人間の扱いの難しさよ。サラサラ、悪かった。

と、まぁ色々あったのだが、その一つ一つを解消し(身体は動かすことで、ギターは新しいのを買って、メンバーには具体的に指示と意図を身振り付きで話し、サラサラにはドーナッツを勧めたりして)、本番は神様に託して、何があってもここで踏ん張ってやるしかないのだ、という気持ちで演奏する。良かった部分もあるし、どうも上手く乗れなかった部分もあるが、これがボクのやっていることである、結局は。みんな、どうもありがとう。こういうディープなコミュニケーションは間違いなく次に成果を結ぶことになる。またやろう。



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by dn_nd | 2014-11-20 10:52 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.12 day off@諫早
オフの日。諫早に住んでいる叔父に会いに。ちょっとお土産でもと思って見ている間に電車(ディーゼル機関車)は出てしまい、1時間ほど待つハメに。駅待ち合いベンチで寒さに耐えながら数独をやる。そして、来た電車(ディーゼル機関車)に乗ったら今度は線路近くの民家が火災になったのでこの電車(ディーゼル機関車)はここまでしか行きませんと、川棚という辺鄙な駅で降ろされる。同乗のおばさん・おじさん達は怒っている。こんな辺鄙なとこで降ろされた上に、連絡バスも無し、しかも切符返金すると言いながらもしっかり川棚までの料金は徴収するという。普段ならば断固抗議だが、ノドが荒れていて声を出すのが面倒だったので、大人しく川棚の寒い待ち合いベンチに腰かけて数独をやる。叔父が諫早から迎えに来てくれた。ロックミュージシャンの一日。数独は完了。

長崎まで帰りたかった。こんな近くまで来てるのに。

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by dn_nd | 2014-11-19 07:37 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.11 live@佐世保ダズルパズル &諫早 裸蛇(ラジャ)
佐賀での終演後 、folk enough井上くん&いつもfe周辺にいる謎の男ミッキーが、明日長崎・諫早でミッキーフェスなるイベントをやるというので、なんでおれを誘わないのだと尋くと、いやーもうドンさんだったらいつでも大歓迎ですよ何だったらオープン一番の場所を空けますから是非やってくださいよー、というので、オーケーオーケーもちろんやるよ、12時に行けば良いんだね?と安請け合いしてしまった為に、辺鄙な諫早駅に11:30に着く特急で向かったのでありました。何もやるプランは無く、井上くんとギター二本でインスピレーションの赴くままに演奏。会場はオカマのマスター(ママ?)のやるバー、だがPAの子もボクのことを分かっていて上手いことミックスしてくれるし、観客も(ほとんどバンドマン)もしっかり聴いてくれているしで、サイケブルーズな意外に面白いライブだった。最後までいたい気分でもあったけれど、今日のボクの本番は佐世保なのだと、急いで(辺鄙な)諫早駅からディーゼル機関車に乗って佐世保へ。

チョチョッとやった、とはいえ、演奏するにはそれなりに集中力を(物理的に)使うので、佐世保に着いた頃にはややボロ雑巾のようになっていたのだが、今晩の相手は佐世保のキングオブロック、ハウリングセッタである。気が抜けないなぁ、セッタも新しい編成となってすごくカッコ良くなっているしなぁ、ということで、セッタのメンバーを次々に我がグループにハンティングし、人海戦術をとることに。最終的にドラム、ベース、ジャンベにトリプルギターとマイルス・デイヴィス的なファンクバンドでやることに。主催でバックをやってくれたbento bandの曲"orange"を挟んで(爽やかな曲なんだ、これが。ボクはキース・リチャーズ的ギターをスパイス的に)、さらにアンコールでは敵の大将・伊達さんをも仲間に加え、セッタの名曲「バッハからサン・ラまで」をカオスファンクロックに演奏した。この時点でボクは無敵、というか皆仲間なので敵がいない、という状態でライブ終了。全員でゴールに倒れこむ、何かテレビで見たことある何人何脚みたいな感じでありました。ハウリングセッタ、素晴らしい。来ていたアメリカ兵達も踊りまくっていて("oh,shit!!you guys fuckin' rock, man!!")、日本の(佐世保のか)ロックの突き抜けを実感したことでしょう。おれも“ジャパンクール”に貢献したかもしれないな。はは。

打ち上げにて、ジャックダニエルズが登場して狂乱に火を注ぐハメになって、グラグラになってしまった。まだ高校生だという女の子まで来ていて、曲を作っているのだという。どんどん作りたまえ。17才には17才にしか作れない音楽がある。とにかく、常に「これはウソではないか、誰かのフンドシで相撲を取っているのではないか?」と自問自答することを止めないように、とアドヴァイスする。

ハウリングセッタの伊達さんは50も超えていて、ボクの先輩でもある。バンドに加入してくれたギターのオオツボさんも先輩で(なんとヤマウチ・テツとバンドやってたとか!)、年はちょ下のfolk enough井上くんもそうだが、地元で音楽を「ただ」やり続けている先達である。音楽が好きだとは言っても、本当に長くやり続けるのは簡単なことではない。それは、自分に対する執着である。誰もがそんなに長く自分に執着し続けることは難しい。それは孤独な戦いだからだ。それをくぐり抜け、今も戦い続けている人間がここにいる。彼らの音楽を聴いてみると良い。誰でも人間の凄みを少しは感じれるだろう。おれもがんばらなきゃな。

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by dn_nd | 2014-11-18 20:25 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.10 live@佐賀Geil
鹿児島から佐賀へ早朝からバス移動。福岡・基山のパーキングエリアで乗り換えするのだけど、高速道路の上り線から下り線へ秘密のトンネルのようなものを通って移動しなければならない。抜けて坂を登ったところにバス停留所があって、そこは高速道路脇に打ち捨てられたような場所である。荷物を背負って一人そこにいる時、旅の寂寥感を感じる。しかし自由でもある。

猛烈な寝不足なままリハーサル。メンバーは何度かやった仲間達なので、今のボクが志向している(させられている)ヴァイブレーションを共有してもらうだけで良い。とはいえそれは言葉だけで伝えられるものではないので、結局目一杯身体を使って(つまりリハーサルを本番のライブのように演奏することで)伝えることになる。ある意味では毎日2ショウやるようなものであるが、少しの油断も手抜きも命取りになる。疲れてくるとこの集中が弱くなるかというと、必ずしもそうではない。気分の乗りが確信を持っている場合には、疲れたからは一種の瞑想フィールドに導きやすい状態にあると言える。集中が弱まるのはむしろ、不安感や焦り、怒り、諦めなどを(気分の乗りが)持っている時である。それらネガティブな種は小さくともいずれ発芽してしまうので、優れた農夫のように見つけては排除しという作業を怠らないようにしなければならない。

本番は(良くあることだが)メンバーに伝えてあった1曲目と違う曲でスタートし、ドラマーの暴走と共に「どうせもう目茶苦茶なんだから、徹底的にやってしまえ」とかなりワイルドなショウとなった。ボクもズボンズ以来久しぶりに大暴れした気分である。珍しくMo' Funkyをやらずに終了。みなさんお疲れ様でした。

彼らほとんどが大学生で、学校に通っている限り一種の「守られ」の状態にあるが、いずれそこから出ていかねばならない。そうなった時に音楽をやめてしまうという人間も沢山いる。しかし一度本気でやり始めたものをやめることは難しいことであろう。音楽を作り演奏するという行為ほどエモーショナルな自己表現は少ない。そこに一度首を突っ込んでしまうと、開放された自分を初めて感じることになる。それは大きな喜びであるがために、若者達は悩む。しかしいずれ自分自身で行く道を見つける。または、流れに身を任せていくウチに自然と自分の道が出来ている場合もある。思うに、良い人間であり続けようとすれば良いのではないかと思う。

folk enoughのライブが素晴らしく、彼らのやってきたことを考える。ただ好きだからやり続けてきたのだと彼らは言う。その結果の好サンプルの一つであろう。ボクは彼らのファンである。

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by dn_nd | 2014-11-17 10:49 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.9 live@鹿児島SRホール
地方に来て良いなと思うのは、東京みたいな都会に比べてミュージシャンの縦の繋がりが強くあるように感じることだ。意識していようがいまいが、地元という大きな基盤を自身の中に確保出来ることでよりリラックスした人間関係を築いていけるのだろう。都会は刺激も多く、トンガっているものを求める。そこでは避け難く競争が生じてしまうが、それを真に受け続けていると、どうしても疲弊してしまう。かと言って、そこから遠ざかると、どこかニヒリズムを帯びてしまい「おれはおれ、あんたはあんた」という孤立したものになってしまう。音楽をやり続けれる理由はそれぞれだとは思うけれど、長くやるにはそこに先人がいてくれるととても楽だろうと思う。そのような繋がりを直接持てることは、若い世代にとって、小さくない励ましになるのではないか。

昨晩一緒だったのはボクらと水中ブランコ、そして高校生からなるオリジナルバンドであった。ボクのバックは(主に)水中の先輩達がやり、水中は20代(ギリギリ)のバンド、そして17、8の高校生。このような繋がりが自然な雰囲気の中で出来ていることが、良きミュージシャンを生み出す土壌となるだろうし、なにより続けることへの不安や恐怖が軽減されるに違いない。とても良いことだ。

さて、その指針となるべきおっさん達のライブだが、演奏中のベースアンプのトラブルで後半多少ガタガタしてしまった。作戦は切り抜けたものの、鬼軍曹は傷を負ってしまったとでも言おうか。ライブ演奏に於いてトラブルは付き物なので、出来るだけ仲良くやるのが最良の切り抜け方である。しかしそう出来るようになるには、やはり相当な鍛錬が必要なのだ、軍曹よ。ともかく、ライブいうのは文字通り「生きている」ものなのだから、時に手に負えない時もあるもんだ。とりあえず、おれ達は勝負を最後まで投げなかった、これを良しとしよう。次の作戦では、もっと上手くやるのだ。試練無しに、人間の成長は無い。オーヴァー。

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by dn_nd | 2014-11-15 23:50 | Tour日記
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