ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
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カテゴリ:Tour日記( 29 )

Autumn tour'14 vol.8 live@熊本ナヴァロ
「おれの曲を演奏しないでくれ。今ステージ上で起こっている音楽に反応して、それが一番良い状態になるように持って行こう。おれ達は音楽に物凄く沢山のものを貰ってきてて、それがあるから今の自分がここまで成長してきた。そのことを音楽に感謝を込めて、きちんと返そう。おれの音楽やるのではなく、音楽が求める音楽をやろう。さぁ、行くぜ。」
というのがステージに立つ前にメンバーに出した指示である。皆んなはその通りに演奏をした。最高のライブとなった。

音楽は、人間一人々々よりもずっと大きい。人間個人の頭の中のものでコントロール出来るものではないと思っている。これを演奏することを通しておれ達は成長する。他の何をやってもここまで実感することは出来ない。おれ達は音楽の子供なのだと思う。これを忘れてはならない。

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by dn_nd | 2014-11-14 22:53 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.7 day off@熊本
福岡より熊本へ移動。大学時代の友人宅に遊びに行く(どうも毎日あそんでばかりいるようである)。アイコーくんというのがその友人であるが、良く考えてみるとボクが生まれて初めてのバンドは、彼と組んだ「快楽の奴隷」というストーンズの曲から頂いたふざけた名前のビートルズのカヴァーバンドであった。ビートルズカヴァーとは言っても、アレンジはストーンズ風。ほとんど全然ギターも弾けないくせに、 ボクの役割はキース・リチャーズという、今考えると妙なバンドだった。(ジョンとかポールは不在だった) アイコーくんとはかれこれ30年近い付き合いになる。しかも二人とも学生マインドのままなので、行くと昔のように物が散らかっていて、適当にツマミ的に食事を出して飲むことになる。気楽なように見えるが、そこはやはり年を重ねたおっさんたちなので若干のブルース(本物の)を醸し出していたりもする。しかしアイコーといると分からないのだが、世間一般はこのような年の取り方はせず、結構まともな大人になってしまっていて、我々はポカーンという感じである。どこでどう道が変わってしまったのか、サッパリ分からない。不思議だ。
ということで、ストーンズのライブやジョージ・ハリスンのドキュメント映画観たりして、または人間の内面について、はたまた戦争や犯罪を犯す心理について、死について語ることになる。実にリアルなことのように思えるが、学生のままだと言われると確かにその通りである。いや、仲間がいて良かった。自分の周りを見ても人間の多様性を実感出来るのは素晴らしいですね。はは。
アイコーくんのお母さんが送ってくれていたポテトサラダも豚汁もイノシシの味噌漬け(!)もとても美味しかった。さあ今日もライブがんばろう。
(しかし、ちなみにアイコーくんはちゃんと働いている社会人である。社会人だけど、アーティスト寄り、つまり社会化してないだけなのだ。stay fool, stay cool、なのである。)

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by dn_nd | 2014-11-13 21:03 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.6 day off @ 福岡
福岡でのday offが続くので、珍しく遠出して太宰府へ。以前からストーンズつながりで仲良くさせてもらっている、元レコード・コレクターズ誌編集長・寺田さんが2年ほど前から実家のお店を継いでいるというので訪問する。(お店は太宰府名物・梅ケ枝餅の寺田屋というかなり立派なお店で驚き。http://www.umegaemochi.co.jp/ )

太宰府行きの電車内でいきなり寺さんと一緒になり、挨拶もそこそこにいきなりストーンズの話に突入である。
かなり(ストーンズ的な)専門用語飛び交う楽しいひと時だった。ある意味で、ボクも寺さんも元来のストーンズ・ファン的な意味合いではアウトサイダーなのだが、二人の共通部分はストーンズをあくまで音楽的なものとして捉えよう、考えようとしている姿勢が共通していると言える。寺さんには寺さんの音楽ライター/評論家としての見方があり、ボクにはボクのミュージシャンとしての切り口で見るという違いはあり、それをそれぞれの視点から論じあうのは新たな発見にもつながり、得難いコネクションだなとかんじ。なにしろボク(ら)はどのような職についていようと(ミュージシャンであれ、和菓子屋であれ、株のトレーダーであれ)、とことん音楽を愛する人間達という部分で同類なのである、結局。次来る時にはもっと深くと約束して別れる。ご馳走になった寺田屋の梅ケ枝餅は、とても美味しかったですよ。

音楽であれ他のアートであれ、創造するという行為は0を1にするということである。色々なことをクリエイティブといい風潮もあるが(例えば宣伝とか営業とか)、ボクはそう考えない。それは、1から2または3とか100とかにする行為かもしれないが、0/1のラインはそのようなことと全然違う力である。それこそが世界を翌日するものだと信じている。聖職者は世界に祈りを捧げ、クリエイターは、創造する。そのようなもののない世界はどのような味がするというのか。
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by dn_nd | 2014-11-12 21:54 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.5 day off@福岡
下はまだ10代の学生から50に近いマーカス店長村上氏まで男達が、とことん音楽愛について語る黒崎での夜。お開きになったときには朝4時を回っていた。このような時間を共有することの大事さが分かってきたのは、ここ五年ほどのことである。(ボクは20代後半から40過ぎるまで、ほとんどアルコールに興味を持たなかった)自分の年齢を考えると、分かるまでいささか遅きに失したようにも思うが、このように過ごすことでよりお互いの理解が深まることは確かである。アルコールは、一方では、かなり致命的に身体へ負荷をかけてくるので、その辺のバランスを考えていなければならない、とは思うのだけれども。

一旦福岡に戻るまでに時間があったので、小倉でお寺をやっている(というか住職の)友人夫婦を尋ねる。すっかり喋り方というか、音としての言葉の響かせ方がお坊さん的な重さを聞かせるようになっていて、感心してしまった(会社の広告代理店時代の彼からは、とても想像出来なかった)。生まれた時にはこのような環境にいて、父親が住職であるということが、本人にとってどのようなものであったかつい興味本位で尋ねてみたくもなったが、話自体やその物腰から、あぁ住職というのは、もう聖俗の「聖」にいるひとであって、つまり自分と同じ「世界」の人間とは言えないのかもなと感じさせられて、あまりそうズケズケと尋ねてはいけないように感じる。ボクらは余りに信仰というものに無関心で、触れなさすぎなのだと改めて感じる。住職となった(つまり聖の人となった)彼の一日を思う。そのような人間の「祈り」無しで世界が成り立たたないのではないかとすら思う。(でもいつか色々聞いてみたいが、うむ....好奇心。)

ここ数年、音楽活動を始めて以降全然会わなかった中学生から社会人時代の友人達と20〜30年振りに会う機会が多くなった。それぞれがそれぞれの生き方をしてきて今があり、我が身も省みるとそれぞれの違いが実に興味深いものである。中学生の頃、ボクらは誰が誰とも違わない、誰が何にでもなり得た、しかし自分は不可避な流れに乗ってこのようになってしまっただけで、自身の強い願望や目標を持っていた訳ではない。それを皆がやっているのだと考えると、人生の不思議に畏敬の念を感じてしまう。更に、自分の立場が出来上がってからの知り合いではなく、社会的にもまともな(まぁ、様々ではあるけれど)な立場を持つ人々と友人的にざっくばらんに話せることが、とても嬉しいことだなと思う。なんとなく支流の多かった自分の人生の流れが一つにまとりつつあるような、そんな風に考えもする。

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by dn_nd | 2014-11-11 20:30 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.4 @黒崎マーカス
問題はiPhoneを使うようになって、とんとパソコンを使う必要がなくなり、文章を書いたりしなくなってしまったことである。それは、どことなく自分の知力の低下を誘導するような感じが嫌なので、やはりブログくらいは書こうと思い立ったのだけれど、今度はパソコンを持ち歩くのが重くて嫌で、こうしてiPhoneを横にしてキーボードを打つように書いているのである。しかしこのヴァーチャルなキーボードは、目は疲れるし小さいしタッチは無いしで、とことんインスピレーションに欠ける。指先に何の反応もないことが、これほど文章をドライブさせない原因になるのかと、逆説的に人間の感覚能力に驚かされるほどだ。この平坦な画面を押してみても、リズムが作り出せないのか。同じ誕生日なので少しばかりシンパシーを感じていたが、結局スティーブ・ジョブスが本当に必要なものを作り残したのか、かなり懐疑的である。まぁ、便利ではあるけれど、それだけに。

ともあれ、昨晩の黒崎マーカスでのライブ。メンバーは前回と同様ギター・ショッケ、ベース・山根くん&ドラム・マーカス室くんと前回と同じ(うちヤマネ&室はかれこれ5年近く)なので、ボクのやり方を心得ていてきっと「どうせ音源と同じように演奏しないから練習しても無駄無駄」なんて考えているに違いなく(確かにそうだが)、その緊張感の欠如がライブをすごく高いとこに持っていかせない原因になるので、印度洋の時みたいに初顔合わせだから起こる奇跡のような瞬間を作り出す為にやり方を考えなければならない。それは、プレイヤー達に軽く強く揺さぶりをかけることである。安全地帯からまた戦場へと戻って来てもらわなければ。具体的に難しいことをやらせようとするのではなく、ただ予測可能と思っている状態から不測の事態へ放り込み、そこでプレイを無理矢理ひきだして次の流れへのステップにしていくことである。

さすがにスキルの高いミュージシャン達なので、不測の事態を切り抜け、またしても素晴らしいライブとなったと思う。何度やってもロック的に、つまり破綻あり、ハミ出しがあり、ワイルドで最後には感動が待っているライブをやれるといのも、ここマーカスならではという感じだ。皆さんどうもありがとう。

黒崎という街は、かなり加速して廃れていっていると感じるのだが(ミスドすらなくなってしまった!)、不思議とマーカスでやる時には地元の大学生が主体となった新しいバンドが途切れることはない(まぁ、残るかどうかはさておき)。室くんとも話していたのだが、もう黒崎が起死回生するにはバンドマン&ガールをどんどん引き寄せて音楽都市にするしかないのではないか。市長に提言してみてはどうだろか。うん。

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by dn_nd | 2014-11-10 19:02 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.3 @山口・防府bar印度洋
まず最初に書きたいのは、黒崎駅前のミスドがなくなってしまってショックだということ。唯一の憩いスポットだったのだがなぁ。これからマーカス来た時にどう時間を潰すか、何事も予想がつかないものです。

まぁ、それはさておき昨晩の防府・印度洋でのライブ。ソロとして行ったのは初めてで、どのようなメンバーが集まるのか、実はちょっと気が抜けてて確認していなかったのだけど、なんといつもバーカウンターにいるマスターの伊藤ヘビ氏(aka印度さん)がやるという。しかも、あと少ししたら50になるのだという。更には、音源を聴いたのは水曜日つまり三日前で練習もしていないのだと。まいったな、と思ったがとにかく手持ちのもので作戦を遂行するしかないのである。と、心の中で腕まくりしてリハーサル。ギター・マナブもベース・ヨーヘイも(もちろん)初顔合わせで、彼らも優しそうな若いミュージシャンである。その上、佐世保から来ていた新体制ハウリング・セッタが暴力的に良くなっていて(リーダー伊達さんは「ドン・マツオ潰し編成」と高らかに宣言するものだから、ますます追い込まれてしまった。うーむ。

さて、蓋を開けてみてどうだったか。
やはり音楽というのはどんなエネルギーを運んでくれるのか分からないものである。伊藤ヘビ氏のサイケ演歌ソロ演奏後のハウリング・セッタは、リハ時の数倍のパワーで演奏をしてお客さんをノリに乗せて、あぁやばいやばいと思わせていたのだが、どこをどう間違った(?)か、奇跡的にすべてのカードが表になるかのように良い演奏になっていったのであった。年を取った軍曹と救護兵と通信兵とで小一個隊以上の活躍をして作戦を成功させたのだという感じか。おれ達は生き延びたが周りは散々な戦場跡になっていて、どのようにしてこれを無事にくぐり抜けることが出来たのかは分からないという呆然とした気分でライブは終わった。無傷という訳でなく、軍曹はMo' Funkyで力尽きてしまい、ハウリング・セッタに助っ人を求め、敵に塩を送られる形で作戦終了。ボクの戦況日誌にはおおき花丸がつけられた。オーヴァー。

音楽の力とは、曲だけの力ではない。ミュージシャンの演奏力だけではない。メンバーとの関係性でもあり、お客さんでもあり、誰もが自分がそれに寄与しているとは感じないけども巻き込まれていてエネルギーを出し合い融合反応を起こして、更に大きな磁場になった時にその本質を現す。昨晩ボクらはそれを見た。あれが、それなのである。どうもありがとう。

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by dn_nd | 2014-11-09 18:59 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.2 @福岡cafe gigi
昨晩のライブは、波乱含みではあったが、最終的には良いところに着地出来た。まぁ、ロックのライブというのはこのようなものである。

ここ(gigi)でここまでロックな演奏は初めてだ、と言われる。決して音が大きかったわけでもなく、派手な演出も何もない、プレイヤー同士のぶつかり合いと「何事かやってやろう」という心意気があるだけである。ストーリーを追いながら同時に作っているのである。ボクが認識しているロックというものは、そもそもそのようなものだ。ステージ上で大きな開放を体現するということ。そこには予定外のことがあり、気分のままにギターソロは引き伸ばされ、アドリブで対応したことへアドリブでの応答があり、その反応の重なりが曲のポテンシャルを引き出す。(えー、時々ミスもする。いや頻繁に。) 以前楽屋にて、曲間MCの練習をしているバンドがいるのを見て(「なんとかなんとかと、ここまで言ったらスティックでカウント入れて」とか)そんなとこまで決めてしまっていたらのびのびと演奏出来ないし、何か面白いことが起こりそうになってもそれに対応していけないのではないかと思うのだが、そのようなワイルドネスよりも正確さが求められているのかも知れない(時間にせよ、アレンジメントにせよ)。ボクはまだまだステージ上で夢を見ていたいけれども。

昨晩のライブの面白かったのは、中盤ボクに注意され過ぎて腹を立てたFolk Enough井上くんとどう上手くやっていくか、というとこだったに違いない。彼は福岡ではとても愛されている人間なので、ボクのバンドでのその破綻をベースのジュンジくんやドラムのトミちゃんが上手く(しかしさり気なく)カバーしてくるのも良かったし、ある瞬間に演奏がバッチリロックになった時に井上くんが喜びと共に帰ってきたのが良かった。もちろん、彼はステージから去っていた訳ではない。ただ最初の和気あいあいとした流れの外に漕ぎ出していただけなのである。しかし最終的にキャプテン井上は帰還し、ドン・マツオ混成部隊は無事作戦を終えることが出来た。まるで無傷でとは言えない。それは諍いがあれば、それぞれの胸の内に小さな痛みを残すのだろうが、いずれ愛の力によってそれは回復するのである。傷を負う、そのことから学ぶことはとても多いし、それは常に実戦で役に立つスキルへと繋がっていくものである。オーヴァー。

出来ればまたgigiにてやれたら嬉しい。何しろここは福岡オルタナティブシーンの中心で基地であるし、日本の中でここまでしっかりした仲間関係を創り上げている例をボクは他に知らない(佐世保のHowling Setta周辺もそうか)。ボク自身がそのような仲間作りをやって来れなかったのもあって、とても羨ましく思うのである。出来ればドン・マツオもその末席に、とは思っているのだが。

さて今晩は山口・防府のbar印度洋。ここもまた日本のオルタナティブを語るのに外せない場所である。行って初めてマスターの印度さんがドンバンドのドラムをやるのを知って、しかも全然練習してなかったという状況を、さてボクはどう乗り切るのでしょう。はは。
「キミは生き延びる事が出来るか?」というもんでしょうか。
むー、がんばろう。


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by dn_nd | 2014-11-08 19:17 | Tour日記

Autumn tour'14 #1福岡
7:30pmの飛行機で福岡に到着。地下鉄にて薬院のcafe gigiへ。

当てずっぽうで天神で降りてしまって、かなり歩くことになってしまった(荷物がスゲエ重いのだが)。待ち受けていた店長ジュンジくん、Folk Enough井上くんとアイリッシュウィスキーにて乾杯。ライブをどうやるかという話をしようと思っていたのだけれど、まぁ結局明日考えようということで、ジョニーウォーカーで二度目の乾杯。最近、以前より女性に興味が持てなくなってしまって、と不安がる井上くんの話を聞き流しつつお店を後にして、Facesの73年のライブを聴きながらいつもお世話になるショウジくん宅へ(余談だが、ここでもまたバスを乗り間違えて20分以上歩くことに。とほほ)。またもスコッチウイスキーを飲みながら、最近はチョイ悪オヤジやら、なんとかと呼ばれる若そうな(しかしそれなりに)年のいった女性が増えたという話に。確かにここまで高齢化社会になってしまうと、40といってもまだまだ途上(若いと言われることすらある)という感じで老けこむ訳にもいかないものである。しかし、その「若くあり方」もどこかマニュアル的で、若者のように見た目同じような小綺麗な中年男女が溢れることになるのかもしれない、ゆくゆく。見た目ビューティフルなのは結構なことだが、やはり中身がちゃんと詰まっていないと「本当の良さ・美しさ」には近づけないのではないか、老いも若きも。(マリアンヌ・フェイスフルと某80年代アイドル/女優とは、とても違う)

とりとめのない話をしていたらいつの間にか朝4時になってしまっていた(まずい!)。そそくさと寝たのだけれど、例によって朝8時には目を覚ましてしまったのでした。
さて今晩のライブ、がんばろう。

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by dn_nd | 2014-11-07 17:14 | Tour日記

Autumn solo tour'14 vol.0「前書き」
明日からまたツアーが始まる。

いささかルーティン的な活動ではあるのだけれど、ミュージシャンのフィジカルな部分はツアーをやらないと証明も補填も出来ないものである。人の前に立ち演奏するということだけでなく、常に旅の途上に・真空の中にいて、自分の存在感が希薄になった状態にあるところが、何かを呼び込むことになる。日本語で書くと「霊」とかそのようなものになってしまうが、ボクはもっと何か大きなエネルギーやスピリチュアルな総合体とか根源とか、そのようなものだと認識している。ツアーの間はなるべく目を完全に覚まさないようにして、「そちらの世界」に足の片一方を突っ込んでおくくらいでなければいけない。考えてみると、そのような活動はいわゆるポップミュージック業界で言われるところの派手で楽しいロックツアーであるより、もっと「行」とかそのようなものに近いようにも思う。そしてそこに何か達成や成長があるのかと言うと、もう若くもないのでどうとも分からない。ある点からある点へと移動するのであるが、むしろ移動・通過していくのは自分自身ではなく例の「大きなもの」の方で、自分としてはストローとか竹輪とかみたいなものである。その「通過」の過程で発見やら再生があるのは確かではあるし、長い目で見ればこの経験が自分の精神に影響を与えて次のステップへと向かわせるのだろう。

ともかく、始まっていない時に何を思っても無駄である(むしろ不安になってしまう)。半目でぼんやりとしつつ、今日の演奏をとにかく良いものにするのだ、ということにのみ集中しよう。いつものことだ。そしてロックのライブであるように、派手で楽しいものにするのだ。(ストーンズの75年のライブのように!)

ちょっと実験的にまたツアー中毎日書いてみようかと思う。
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by dn_nd | 2014-11-06 12:24 | Tour日記
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