ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
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黒くて濃いスープ。
 すごく美味しいコーヒーは、まるで黒くて濃いスープを味わっているような気分になる。コーヒーとチョコレートが最高の相互補助カップルなのは間違いないけれど、最高を求めるあまり、本当に美味しいコーヒーに高級なチョコレートを持ってきてはいけない。同様に、本当に美味しいコーヒーとケーキというのも余計である。美味しいコーヒーは、コーヒーそれ自体で味が完結しているので、ソフトクリームのコーン程度の添え物以外は必要ない。コーヒーだけをカップ1杯楽しみたい。(チョコレートならば、少しのガーナチョコくらいで充分。もちろん、粗悪な準チョコレートとかそういう類のものは駄目ですよ)また、美味しいチョコレートを食べるならば、相応の美味しいコーヒーが必要だけれど、口をきれいにするくらいの量だけあれば良いのである。一方、ドーナッツを食べるのであれば、コーヒーは必要以上に美味しくあってはいけないとすら思う。(少なくとも黒くて濃いスープでなくとも良い)すっきりしたコーヒーをガブガブ飲みながらドーナッツは食べたい。スターバックスなんかいると、隣の女の子が(場合によってはそれ以上の年配の人が)生クリームのたっぷりのっかった飲み物に甘そうなケーキを食べていたりする。これなどは、もう見ているだけで胃がもたれてきてしまう。(一体どれだけのカロリーか。)また、ミスタードーナッツで山盛りのドーナッツと水という人もいる。これなんかは「行くとこまで行っちゃいます!」みたいな引き返せないポイントに来てしまってるようで、どうしてもテルマとルイーズの映画を思い出してしまう。
 何事もそれにふさわしい組み合わせがある。どれを中心に楽しみたいか、何が主役なのか、とそういうことです。もちろん、主役あればそれを支える脇も必要で、その組み合わせの妙が世界を豊かにするのは言うまでもない。(ソロ、という場合もあるだろう。)エンジニア三木くんに頂いた美味しいコーヒーを飲みながら、そんなことを考えていたのです。これは本当に美味しい「黒くて濃いスープ」なのだ。
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by dn_nd | 2010-10-30 16:35

ベースの時代がやってきた。ブン!ブン!ブン!
 ここのところまたRolling Stonesのブームが来ている。とは言っても、地味なベースプレーヤー、ビル・ワイマンである。そのとらえどころのないプレイとルックスから、いなくても良いとまで言われるビルだが(実際現在は脱退している)、前々からボクはビルのプレイは明らかにストーンズの音楽をドライヴさせる重要な要素だと確信している。以前にも書いたキースの「ロックはあってもロールはない。」という発言の骨子は、キース本人のギタープレイよりも、ビルのベースに負うところが間違いなく大きい。

 これは1972年の"Happy"だが、特にヘッドフォンでベースの流れに集中して聴いていただきたい。バンド全体の勢いとスピード感は若さからくるものかもしれないが、聴いていて自然と身体がのってくるバウンシーな感覚と、前へ前へと曲を進行させていくリズムの言わば「3次元」に相当する部分は、明らかにベースの功績である。かっこいいベースラインを弾いている訳ではない。むしろ、一聴しただけでは何を弾いているか良く分からない筈である。(そこがとりとめがないと言われるところだが。)ビルのプレイを聴いていると、そこには決まったベースラインというのは存在しないかのようだ。しかし彼は曲の「鳴らされるべき」リズムを掴み、音符としてのラインを弾くというよりも、音楽を立体的にシェイクさせる=3次元化させるのを自らの役割としているに違いない。それはただ聴いているだけで、頭ではなく身体に作用している。残念ながら、かっこいいベースラインのように目に見えるようなものではない為に、そこに気付く人は少ないが、(ほとんどの人は)注意深く聴かなくとも、その音楽に身体を揺らされている時、それこそがビルの仕事の結果である。曲に生命の躍動を与えていると言っても良い。

 Hip Hop以降、誰もがリズムの役割はドラムにありと見なすようになり、ベースはただの「低音の出る楽器」というものの枠を出ないものになってしまっている。どんなベースプレイヤーも曲に生命を吹き込むという全体的なプレイというよりも、考えたラインで、目に見える部分でだけ演奏しているかのようだ。だから「ベースなんていらないんじゃないの?」という人が増えてもおかしくない。(ベースレスのバンドなんてまったく普通のことになってしまった。)しかし、本来ベースはリズムを自由にすることが出来る楽器だとボクは捉えている。ベースプレイヤーの匙加減ひとつで、その曲の「現状」をどのようなリズムとして聴衆に伝えるか、という発動権を握っていると言っても良い。その辺りをもうちょっと追求してみよう、というところでズボンズは次のタームに入っていったかのようです。ムーストップくんの今後に期待したい。

 (おまけ:またもStones、72年の"All Down The Line"である。ここでのビルに持っていかれてしまう。うーむ、ベースの力はすごいですね。)

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by dn_nd | 2010-10-30 07:12

色眼鏡を鼻にのせて。
 海外ツアーに出る前はいつも気合を入れて、「どうやって向こうの国の人たちに自分達(日本人)のロックを聴かせるか、見せ付けるか」等と考えたりするのだが、こちらの覚悟とは裏腹に向こうの人々は圧倒されるというよりも、あくまで正しく"一つの”ロックンロールを楽しんでいるという感じである。つまり、向こうの人々の方が受け入れる間口が広く、ボクら側がひとりで勝手に決死の覚悟になっているだけで、結局「良いものは良い。悪いものは悪い。」という原理的な判断をなされているだけだ。とてもフェアである。日本人という色眼鏡を通して世界を見ているのは自分達だけなのだ。

 この劣等感と優越感の入り混じった「色眼鏡」は常に鼻の上にのっかっていて、実は色々と不都合で、実にボクらの生き方を複雑でやりづらいものにしている。「自分は日本人だ。」という全体の一部として物を考えるという癖はなかなか抜けないものである。「自分は人間だ。」という考えであれば、相手のことも「あなたも人間だ。」で済むのだけれど、自分自身をカテゴライズしている我々は、相手をも本質でなくカテゴリーで捉えることになる。この「色眼鏡」は度がきつすぎて、本質を見せ難くしているようである。

 「メガネは顔の一部です~」ではないが、常に鼻の上にある「色眼鏡」は、かけている本人にとってはすでに存在感をなくしてしまっているが、あるとき鏡に写った自分の姿を見て「なんだこりゃ」と気付く。同じ「色眼鏡」であっても、せめて鏡を見ることが出来たならば、その姿を修正する事が出来る。メガネそのものを変えることも考えられるし、場合によってはそれを捨て去る事すら選択出来る。問題は鏡である。我々は知的客観性を持った鏡をヴァーチャルに自ら作り出し、それを携行してなければならない。出来れば全身が写るような大きさも欲しい。それはamazon.comでは売っていないものだ。(IKEAにも、もちろん。)せいぜい身だしなみを整えて毎日を過ごさなければ。ボクらはクールで知的で清潔で、しかし変な色眼鏡をかけた日本人なのである。(もしかしたらそのメガネは「鼻つき」かもしれないね。)
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by dn_nd | 2010-10-29 06:46

痩せの悩み。
 寒さに弱いのである。なにしろ抱えている脂肪分が少ない為に、すぐに冷えが身体中に回ってしまう。ここのところの急な冷え込みは、ちょっと参るけれど、これから行くところはこんなもんじゃないので、ますます参ったなぁ。ダイエットで痩せようとか体脂肪率を落とそう、という本は沢山あるが、太ろう!という本は一つもない。「脂肪をつけてこの冬を乗り切ろう!」なんて、とても女性誌の特集になりそうにないですね。

 ユニクロのヒートッテクがいいというので見に行ってみた。ボクは基本的にユニクロのファンではない(むしろ不支持だった)が、確かに安価ではある。ザッと眺めてみると、なるべくタイトで薄着でありつつも暖かく出来るものを提供しようとしているように見えた。なんとなく服というよりも、科学技術の進歩みたいなものを見せられたような感じだ。たくさんの人がユニクロを支持するのがよく分かった。ボクも選択の一つに加えようと思う。しかし、みんながユニクロになってしまうのも、なんだかなぁ、ですよね。

 さらに今度はサイズの問題が出てくる。一般的な男性サイズというのは、元よりボクは選択権を持たない。どんなsサイズや、場合によってはxsサイズであっても、自分の体型に合ったためしはない。なので、最初から女性物を探すことになるのだけど、ユニクロさんの女性サイズは一般的な日本人女性サイズを念頭に作られているため(当たり前だ)、ある部分はタイトすぎ、ある部分はふっくらとしすぎていて、どうもボクの形ではない。実に服選びは難しいものである。

 贅沢な悩みですよと人は言うけれど、痩せている人間にも相応の悩みがつきまとう。「太りたい。」などと言っても、誰も本気でとらえてもくれない。甘いものを沢山食べても、体調は崩れても、なかなか理想的に「太る」のは難しいのである。まぁ、もちろん人生の目標にしなければならないほどの問題ではないですけど。
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by dn_nd | 2010-10-28 06:48

ローンの支払い。
 自分という人間がどのようなものであるか、という「個」の追求・確立・自覚に、膨大な時間を費やしてきた。自分という個性が「あらゆる人間はそれぞれが生まれたときから違うものである。」というのはまったく自明のことではあるが、それを当たり前のことと肯定できるように、この国では育たない為に自明のことを自覚する為に膨大な労力とエネルギーを費やさなければならなかったのである。ところが、アメリカやヨーロッパの圏内に行くと、人々はそんな自明のことで悩んだりしてないことに気付かされる。それは当たり前として、ではどのように自分は生きようかという、その先の命題に取り組んでいるかのようだ。なので向こうにいる時は、なんと自分は損をしているのかと感じるが、染み付いてしまったメンタリティはちょっとやそっとの事では剥がれたりしないので、この状態のまま行くしかないのである。

 しかし考えてみると、ただ損をしているというにはあたらないかもしれない。どのようなことであれ一つのことを「考え抜く」行為を通して我々は多くの事を発見する。自分の理想に近づくには時間がかかるかもしれないが、そこまで辿り着くことが出来れば、より強固な確信となるに違いない。要は目標を見失ったり、放棄しないようにすることだ。

 自分の「個」を維持するには、ボクらは常に努力を払い続けなければならない。まるで延々と支払いの続くローンのように。少しでも気を抜いてしまうと、たちまち顔のない"one of them"になってしまう。実は日本に於いてはその方が楽なのだが、それで良しと納得出来るものでもないだろうし、やはりボクはこの国もいい加減変わった方が良いんじゃないかと思う。だが、変化はあくまで自発的なものである必要がある。トップダウンの命令で変化できるものではない。

 これはメッセージである。誰かがこれを受け取って、「そうか。」と始めるかもしれない。ボクの近辺にも変化が芽生えつつある人間がいる。それがどのような実を結ぶのか期待している。まだまだボクらは成長過程にある子供みたいなものである。ふむ。
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by dn_nd | 2010-10-27 06:52

週1ライブ。
 さて、今日はライブで、2年近く週1回やってきたライブの最終日である。(またやり始めるかもしれないが、それはさておき。)毎週やるとなるといつも沢山の人が見に来るという訳いはいかなくなるが、この夏から始めたTwitter後は、競演してくれるバンドの人々や、思わずズボンズに関することをtweetした人々を含めて、静かだが大きなネットワークが出来つつあるように思える。これが世界中に広がることを期待するが、なにぶん言語の壁は厚く、日本/英語は別のものにならざるを得ないのが現状だ。それでも、Twitterがコミュニケーションのツールとしてパワフルなのはハッキリしているし、これを只の宣伝ツールにおとしめてはならない。もっと多くの人とコミュニケートしたいと思う。

 ところで、毎週ライブをやるというのは、バンドにとっては破格の良い機会だった。実にありがたいと思っている。バンドは「のべ」の合同演奏時間だけ成長する。スタジオでのリハーサルではなく、それが真剣勝負にならざるを得ないステージの上での時間が積み重ねとなると、その効果は桁違いに大きかった。ボクらは毎週のどのライブにも変化を求め続け、変化が自分達を別のステージへと進めてくれた。意識的にも無意識にも、頭と身体が常にアイドリングした状態で日常を過ごすことになるので、沢山のインプットを求め、アウトプットしていった。この2年の間に起こった変化は、振り返ってみると実に膨大なものだったなぁ、というのが率直な感想である。それは「週1のライブ」という機会抜きでは起こり得なかった。

 それが、今日終わるという事で、一度まっさらの状態に戻るのだという気持ちである。すべてのことは必然的なタイミングでやってくる。今後どのような違うアクションをやるのか、ボクにはまだ分からない。(それがボクを不安におとしいれている。実に。)来るアメリカツアーで何かきっかけを掴むのであろうと思うが、すでに同じレールの上にはない。トンネルである。暗闇の先は見えていない。それでも、ボクらはそこへ入っていかなければならない。選択の余地はないのだ。暗闇はボクらを不安にさせる。自分の感覚を研ぎ澄まし、見えない所から情報を掴み、進んでいかなければならない。トンネルを抜けるとそこは雪国かもしれないし、おおかみ王ロボのいる渓谷かもしれない。いずれにしても、前進あるのみである。最小限のバックパックを持って、仲間達と一緒に。OK、レッツ・ビギン!

 (追伸)そうは言っても、この後はあと2回も下北沢でライブやるのです。金曜日とアメリカ出発の前日11/01に。ちょっと過酷なブッキングだと、ボクも反省しております・・・・。見に来て下さい!
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by dn_nd | 2010-10-26 06:44

音楽は澄んだ池。
 「今の音楽はRockはあってもRollしてない。」というのはStonesのキース・リチャーズの名言である。これを引用して、色々な人が発言するけれど、そもそも何を持って"Rock'n' Roll"とするかはすごく個人的な感覚になるとボクは思っている。(まぁ、Rollしなきゃならないという約束がある訳でもないのだし。)しかし、Stonesをこよなく愛するボクにとって、これは金言である。Stonesを個人的なRockの基準値に持つ自分が、何故これは好きでこれは好きになれないのか、を説明する糸口になる。「Rollしてないからサ。」などと端折っては言わないけれど。

 ロックンロールの躍動感が好きである。ボクにとってそれは生命の輝きそのものである。ロックという音楽は様々なイデオロギーをダイレクトに乗せることができるヴィーグルなので、それぞれの人がそれぞれのロック観を持っていることだろう。ある人にとってそれは反抗の音楽であり、ある人にとっては破壊の音楽でもある。社会に物言う手段にもなり得る。しかしボクにとっては、何といってもかっこよく、意識を開放し、生命の躍動を感じさせてくれる音楽だと捉えている。それは自分の生を肯定するものである。またそれは自分という個を徹底的に探るモティべーションでもある。ロックを聴き、創作し、演奏し、思索することで、どんなに自分が前に進むことが出来ただろうか。どれだけのことを自己発見してきたか。自分の能力を開発して来れたか。

 音楽に向かっているときに、ボクらは魂を裸にして鏡に向かっている。その自分が音楽に何を求めているか、その求めている「部分」を聴き取ろうとする。良い音楽は澄んだ池である。そこにはあらゆる要素が見出せる。何が聴きたいのか、それが自分の現状であろう。望めば女神が金の斧を持って現れてくれる。池の底には、まだまだ沢山の様々な物が潜んでいるに違いない。それをボクは取り出して眺め、検証しているのだ。まだまだ先の長い話である。
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by dn_nd | 2010-10-25 06:46

旅の心構え。
 音楽を演奏する度にボクは旅に出ている。その旅は漠然とした目標は持っているものの、はっきりとした地図はない。「向こう側」へ、決められた時間の中で最も遠くまで行くよう努力する。「向こう側」へと通じる扉を見つけるのは、場合によっては用意であるし、困難で最後まで見つけられなくて、結局あたふたと扉を一生懸命探している自分をステージ上で晒すだけに終わってしまうこともある。経験的に、「こういう風に効率的に、楽しませるようなショウにしよう。」などと自意識を強く持つよりも、日常的にどこか夢を見ている状態で、尚且つその日のスパイスになるような決心・発見を持っている時、無意識の大きな海をうろうろとしている状態の方が、簡単に「旅」へと出れるようである。

 そして、ステージを終え、結局は自分の元いた場所へと戻ってくる訳だが、それは同じ自分ではない。また、違う「元いた場所」になっている筈である。何かお土産を持って帰るでもなく、言葉に出来るようなものではないが、確実に自分は解体・再構成されて、違う自分へと変容しているのである。それをいつもいつも自覚していると、毎日の生活に支障が出るので、無意識のBOXの中に放り投げて顧みない。しかしそれは保存されていて、自分という人間の意識の形成に滲み出る影響を与えている。

 来るアメリカツアーのような日程を、毎日変容する自分を自覚してやり通してみたらどうなるのだろう。(幸い毎日の生活に関しては考える必要がないのだし。)演奏と体験の積み重ねがどのように自分の視野を変えていくのか。それは楽しみであるのと同時に、大きな不安もある。いずれにしても旅には出なければならない。それをどう自分に意味付け出来るか、それを試すのである。
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by dn_nd | 2010-10-24 07:07

風邪くんよ。
 どうもまた風邪らしい。ボクは実際に何年もの間、年に1回ほど熱で寝込むことはあっても、風邪はひかなかったのだ。しかしどうもこの秋はいけない。もしかしたら身体を過信してただけかもしれないのだけれど、風邪をひいてこれほど弱るのに、ちょっとショックを受けてしまう。風邪をひいて、何が悪くなる訳ではない。生活に支障はでないし、ひどい後遺症が残るものでもない。何が問題かというと、弱気成分が身体を覆ってしまう事である。弱気成分が気持ちを小さく小さく縮めて、未来の何もかもをネガティブな色合いに見せてしまうのである。実に憎き奴だ。

 だがね、風邪くんよ。ボクはそんなに暇ではないのだよ。朝起きてから寝るまでの間にやることがギッシリ詰まっているんだ。いくらキミが鼻水をたらさせようと、咳をさせようと、寒気を感じさせようとね、そんなものの為に大事な一日を無駄にする訳にはいかないね。そもそもキミとは何十年にも渡って付き合いがあるんだ。いつまでもやられるがままになっていると思っているのかね。鼻水なんか勝手に流れておれば良い。ボクはいつも通りやることをやるからね。残念だけど、無視させてもらうよ。じゃ、レッツ・ビギン!
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by dn_nd | 2010-10-23 08:15

今朝も腕組みして。
 11月3日からスタートするU.S. Tour、あまりに凄くて、さすがに緊張する毎日である。
ZOOBOMBS TOUR U.S.A. 2010
 Twitterにも書いたが、毎朝起きた時に腕組みしているのに気付く。力んでしまっているのである。(変な夢も毎日のように見る。今日は、ブラックモンブランというアイスを買おうとしたらレジで「610円です。」と言われ、そんな高い訳ないだろうと、クレームつけて、また大きな製氷室(!)に戻って別のブラックモンブラン・イエロー(なんだそれは?)に変えようとしたら、製氷室内に寝袋を持ち込んで寝泊りしている女の子(知り合いらしい)から「今日3時からだから」と言われ、そういえば夕暮れまでに何か表彰される会に出なきゃならないんだったと思い出し、いいやもうここで食べちゃえとブラックモンブランを食べて、車に戻る。9人を乗せた車は走り出すが、そこは何故か夕暮れのシカゴの街である。渋滞しているが、授賞式に間に合わない程ではない。赤い「生きた」ゲイラカイトがプテラノドンのように飛んでいる。しかも!角を曲がると、そこは出雲大社のような立派な神社なのだ・・・・!!)なんだか寝起きの良くないここのとこなのです。

 しかし、このような機会は2度と来ないかもしれない。アメリカを自分達だけで1周し、毎晩演奏する。体力的にも精神的にもギリギリになるのは間違いない。それをただのいつものツアーのように通過させていくことも出来る。しかし、心構え次第では、どれだけでも自分の「経験値」を上げる旅に出来るだろう。日程と環境を考えると、1ヶ月の間に、まるで違う人間になってしまえるであろう。これがどれほどの機会と考えると、やはり、心して取り組まなければ、と武者震いしてしまうのである。何事もそうだ、と言われてしまえばそうなのかもしれないが、ボクにとってアメリカというのは、まるで違う存在である。目を皿のようにして、心をフルオープンにして、愚者のように、この経験を自分の栄養に出来ますように、と切に願う。

 うーん、しかし緊張するもんだ。がんばるぞう。
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by dn_nd | 2010-10-22 06:45
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