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サンクス・トラブル・デイ。(ZOOBOMBS American Tour2010 #28)
 北米ではよくある話だと知ってはいた。しかし自分達の身に起こるとは、ちょっとも思っていなかったらしい。しかし起こって欲しくないことは、大抵間違いなく起こる。車に戻ってみると、後部座席の窓ガラスが粉々に砕け散っており(ボクの座る席だ)、ボクのリュックが外に投げ出され、中に置いてあったスーツケースやダッシュボードは隈なく探られていた。あの冷静なムー氏が若干青ざめた顔をして、「車中荒らしされている。」と言った時も、ボクは何のことやら事実を受け入れていなかったが、パーキングへ出向いてみると、見事にやられていて、かえって現実感がないような気がした。結論としては、どうしてか盗まれたものは何もなく、ガラスが割られていた以外には何の損傷もなかったので、ちょっとの間この寒空の下、オープンカー気分で走らなければならないことを除けば、まだラッキーだったと言えるだろう。車中には楽器も貴重品も残してなかったし(さすがにボクらもそこまで無用心ではない)、スーツケースの中にも大量のボクの顔が印刷されたTシャツしかなかったので、コソ泥氏もあきれて何も持っていかなかったのだろう、きっと。

 レンタカー会社に持っていくと、即座に別の同じ車に変えてくれたので、サウス・ダコダのフリーウェイの途中でのパンクよりは大変ではなかったし、ボクら自身もメンタル的に車のトラブルには耐性がついてきているのでパニックに陥ることもなく平然と「まぁしょうがないね。」ということで、いつも通り走ることにする。最初、警察に届けようとしていたのだが、現場にいた現地の人が口を揃えて「そんなこと止めとけよ。警察なんかまったく役に立たないぜ。4時間あれこれ尋問されたり調書をとられたりして、結局何も戻ってきたためしがないよ。無駄ムダ。」と言うので、そんなものかなと思い、警察には届けなかった(いずれにしても何も盗まれてはいない)。ボクらに時間を無駄にするオプションはない。(考えてみれば、東京でちょっとした事故にあったときも警察は何の役にも立たなかった。このツアーでも不快にさせられる時こそあれ、彼らが「役に立つ」なんてことがあったためしがない。)

 そして、この車でなんと3代目なのである。最初の車はサウス・ダコダでパンクした後、L.A.でエンジンオイルトラブルがあり交代。2代目は同じ車のヴァージョンアップしたものでDVDがついていたり、シートヒーターがあったり良かったのだが(ラジオの音は今ひとつだったけれど)、テキサスでタイヤの空気が抜ける症状が出てタイヤ交換を余儀なくされ、窓ガラスを割られてしまい退場、3代目"サンクスギビングデー号"の登場となる。レンタカー会社が貸すのは基本的に整備された新しい車なので、エンジンなどの機関のトラブルはないだろうと思っていたが、この30日未満に起こったトラブルの数々は、ほとんどフルコースのようなものである。日本にいるとき、ホリデー号は5年の間にトラブルは5回ほどしかなかったと思う。これだけ頻繁にトラブルのはアメリカでは当たり前のことなのか、それともボクらが不運なだけなのか分からないが、いずれにしてもトラブル慣れし、色々と自分達で対処できるようになったのは貴重な財産となるだろう。(これらは今後もアメリカで活動するならば間違いなく起こるであろう。ふぅ。)ありがとう、トラブルよ。それでもあまりに短期間に起こりすぎなんだけどな。

 昨晩の熱狂のトロントのあとほとんど睡眠がとれず、トラブルもありフラフラになってクリーブランドに辿り着いた。ステージではとにかくやるだけである。ズボンズの演奏はますます混沌さを増し、より質量を持った生き物になりつつある。ホテルに着いたのは午前3時近く。ムー氏は眠すぎて外人のような顔になってしまった(?)。あと6回。やってしまおうぜ。
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by dn_nd | 2010-11-30 09:25

あの橋の向こうへ。(ZOOBOMBS American Tour2010 #27)
 Rochesterを出て、国境の町Buffaloへ。5年前、アメリカからカナダへの入国を許可されず(当時のドジなマネージャーがvisaの申請をしてなかったのだ!)、一週間近くの再交渉と放浪の後にようやくvisaを再発行され、入国したのがこの町からであった。その件は未だにカナダに入国する際への足枷となっており、イミグレーションではいつもすんなりと通してもらえない。その後はもちろんいつもvisaをとっているので問題はないが、事件のせいでどこの国に入るときも緊張してしまう癖がついてしまった。あの入国できなかった時に味わされた犯罪者にでもなったような気分は、あまり心楽しいものではない。しかしイミグレーション担当者の判を押したような冷酷さよ。イミグレ局自体がステンレスで統一された「殺風景」をデザインしたようなつくりになっていて、空気もイスは冷たく、局員はわざわざこちらを不愉快にするための特別な訓練をしてきた人のように見える。質問を受けたり、コンピューター処理を待っている間に「一体この人はどんな実生活を送っているのだろうか?趣味は何か?恋人はいるのか?ニッコリ笑うことはあるのだろうか?」などと100くらいの疑問を持ってしまう。(もちろん中にはFunkyな局員もいて、ライブ見に来てよといったら本当に来た人もいた。ものすごい例外だと思うが。)今回もボクらは割合すんなりとスルーして、カナダへと入国した。国境のブリッジを越えている時、何か一巡りしたような感慨があった。

 Torontoに戻ってきた、と思えるほどにボクらはこの街に馴染みがある。いつも滞在するエリアは決まっているのだが、まるで田舎に帰ってきたような気分である。アメリカでの20日以上に及ぶ緊張状態から解放されて、こころのどこかが緩んでいくのが分かる。伝説のEl MoCamboのブッキングマネジャーで、今やズボンズ北米活動の親分とも言えるDan Burkeと再会し、あのスラングや4文字禁句を連発するヤクザな声を聞けて嬉しい。もはや親父のいないボクにとって彼は同様の存在で、Danはボクを「オレの息子」という。彼は本当に凄腕のブッカーで、実際今晩のショウもBuffaloでのミスブッキングをカヴァーするためにボクがDanに相談したのである。それもわずか2週間前に、サンクスギビングの最終日の日曜日に。ところが彼はThe HorseshoeというTorontoでも有名なハコを即座に押さえてくれ、visaを取る手配をし、お客だって入れてしまうのである。こんなこと世界中でDan以外に出来る人間はいない。

 ここのところのライブが一体何だったのかというほどの熱狂的盛り上がりでTorontoのショウをやりきった。次は3月に戻ってくることが決まっていて、更に大きなことが起こりそうな気配もある。ボクらは流れがうまくいくのを待っている。バンドはいつでも、もう何年も、OKである。
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by dn_nd | 2010-11-29 08:47

こんなつらさは屁でもない。(ZOOBOMBS American Tour2010 #26)
 どうもサンクス・ギビングに呪われているようである。木曜日からこっち、お客の入りがサッパリなのだ。昨晩のRochesterにおいては、前のバンドの時は沢山いた人達がズボンズがセットチェンジしている間にすっかりいなくなってしまっていて、残った10人程度が乗って見ているという状況で、さすがのボクの意気消沈して最後にやろうと思っていたDolfをやらずしてステージを終わらせてしまったくらいだ。(Rochesterは学生街で、どうも地元の学生バンドが友達をたくさん呼んで、自分達が演奏したあとサッサと引き上げてしまったらしい。まったく!ズボンズを見ないで帰るなんて!!思い起こしてみれば、確かにネクタイをしていたりフォーマルな格好をした人間が多いなと思っていたのだ。音楽ファンではないのかもしれない。)終演後、興奮したお客に「お前ら本当にすげぇよ!絶対また帰ってきてくれよな!」と言われたが、ボクはすげなく「No。」と返してしまった。まぁでも考えてみればこの街が悪いという訳ではなく、完全なミスタイミングでのブッキングだったのだけれど。(正月の3が日にやっているようなものだ。)しかしこういう状況が続くと、ツアー全体が意気消沈し始めるんだよなぁ。

 とは言え、長いツアーになってくると、こういう状況はままあるものだ。人によっては中だるみというかもしれない。集客が悪い日が続くこともあれば、メンバー間の意思疎通が上手くいかない日が続く時もある。もしかするとそれは、体力の消耗が現実を引き起こす現象のかもしれない。いずれにしても結果としてステージでの演奏が不完全燃焼になり、ネガティブな連鎖を引き起こしてしまうのだ。それでも大抵の場合はどこかの時点でバンド「開眼」する日が来て、バンドはステップアップし、ツアーは元の軌道へと戻っていく。ネガティブ連鎖の途中でツアーを終えなければの話だが。いやいや、ボクはどこかできっちりと落とし前をつけるつもりでいる。もちろん。

 体力的に、精神的にきつい時、ボクは前線に送られた兵士を思う。文字通り手足が凍るシベリアで、またはフィリピンの湿地で毎晩蚊や南京虫に悩まされながら、「明日は死ぬかもしれない」という極度の緊張状態を何ヶ月も続けなければならなかった人達。そこを生き延びなければならない状況に比べると、今なんて屁でもなんでもないんだ、と思う。たかがロックバンドをやっているだけの男が大袈裟なと思うかもしれないが、何故かボクは子供の頃からそう考えることでつらい状況を乗り越えようとする癖がある。ボクの仲良かった祖父は実際前線から帰ってきた人間で、直接話を聞いた訳ではないが(おじいちゃんはボクが4つの誕生日に亡くなった)、戦争を乗り越えてきた人を身近に感じることで、自分にも同じDNAがあり、きっと同じ状況を乗り越える強さを自分も持っているのだ、と心のどこかで信じたいのだろう。こんなのはまだまだ足元にも及ばないつらさなんだ。

 ともあれ、ツアーも残すところ8日間。これから愛するTorontoへと向かう。サンクス・ギビングの最終日である。へこむかなぁ、どうかなぁ。むむむ。レッツ・ビギン!!
 
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by dn_nd | 2010-11-28 07:51

NYCでは考えることはあまりない。(ZOOBOMBS American Tour2010 #25)
 N.Y.C.はアメリカの他のどの都市とも違う。すべてがハイスピードで、派手にバリバリと進んでいるエンターテインメントだ。そこにはこれまで見てきた土着のアメリカの姿はあまり見えないように思える。誰もが「NYCにいるアメリカ人」として何かを装い、いくらか無理をしているようにも見える。(少なくともMemphisとはかなり違う。)東京も日本においては同じような位置付けになるとは思うが、NYCの喧騒はもっとエネルギーと衝動と暴力に満ちている。そう、エネルギーの高さに於いては、他のどの場所とも比べ物にならないであろう。とは言え、正直言うと、ボクにとってはほとんど印象に残らない街であった。世界中のエネルギーの集まる場所にもかかわらずその中心は空洞という、よくある姿が見えただけである。そのエネルギーに巻き込まれて揉まれている間は最高にエキサイティングだが、ちょっと離れてしまうと自分自身を見失いかねない。と言うより、自分自身の「本来」をそのような場所に見つけるのは難しいのではないか。そのエネルギーのレベルに合わせた自分でないと受け入れてもらえないのではないか。そして、その「受け入れ」手とは一体何なのだろう。

 都市に生きるというのは、そういうことなのだろう。エキサイティングで孤独。そのダイナミズムがクリエイティブエナジーを作り出し、新しいものを次々と出現させる。しかしもはやボク自身はそういうものにあまり興味がないようである。どちらかといえば、常に「特有」の何かを求めている。自分の風習や価値観とは違うが、そこから何かを見出せるもの。しっかりとした質量を持つ物事、そういうものが世界に存在していることを知るのは感動的だ。そう、NYCにあるのはエキサイティングなことであっても感動するようなことではない、ということかもしれない。NYCでボクの脳はあまり刺激を得れなかった。

 それでもアメリカに失望させられることはない。NYC以外のテリトリーにおける様々な「特有」の成り立ちはそれを補って余りある。と言うより、それがあってNYCがあるというのがバランスのとれた姿だと感じる。すべての州がNYCを目指すとき、それはアメリカがアメリカでなくなるときである。さて、わが国日本はどうか。バランスのとれた姿を保てているのか。
 
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by dn_nd | 2010-11-27 19:36

トラベリング・マン。(ZOOBOMBS American Tour2010 #24)
 朝、まだみんなが寝静まっている中でボクはこっそりと部屋を出て、近くのマクドナルドへ行った。大抵、Motelというものはフリーウェイの出口そばにあるので、ブブーッと大きな音をたててトラックが通過するうんざりするような殺風景な景色が広がっているのみである。街までとても歩いて行けるような距離ではなく、もちろん周りに小洒落たカフェやベーカリーなんてものはない。あるのは大きな看板を掲げたステーキハウスやDenny'sやマクドナルド、タコベル、ウェンディーズ、ダンキンドーナッツのようなドライブスルーできるファーストフード店だけである。(スターバックスも滅多にない。)周辺に民家があるようにも見えないが、マクドナルドは朝からそれなりに地元の人々が集まっている。そのほとんどが年金暮らしと思われる老人である。おそらく彼らは毎朝日課のようにマクドナルドに集い、ブレックファーストを食べながら親交を温めているのだろう。もしかすると時間を潰しているだけかもしれない。(時々そんなに食べて大丈夫なの?と思うような量の「マックブレックファースト」を広げている人がいる。確かに、身体の大きさも半端ではない。ボクなんか4人分+more くらい入ってしまいそうである。)

 「ヘイ、デュード!昨日のサンクスギビングデーはどうだった?あぁ?オレはもうパンプキンパイを2切れも食べてな、充分楽しんだよ。あぁ、用意してあったんだ。でもな、何が欲しいと言ってもキャッシュだよ。なんたって、キャッシュ以上のものはないんだ。とにかくキャッシュが一番大事で、今すぐ必要なんだよ、そうだろう?」隣のテーブルの爺さん4人組の会話の一端である。白人の年齢を顔から判断できないが、もちろん年金暮らししているような爺さんである。よれよれのスウェット上下にジャケットを羽織っている。食べているのはマックパンケーキにハッシュポテトにコーヒー。アメリカのマックでよく見る光景である。(ソフトクリームを食べている老人も、けっこういる。)中学生高校生大学生と若者がひしめき合い、ざわざわと騒がしい日本のマクドナルドと違って、アメリカは明らかに低所得者だけが集まっている。そこにはプラダのバッグもiPadもない。(時にBGMもない。)「うらぶれた」という表現がぴったりの人々である。

 マクドナルドで見れる光景でなくとも、アメリカはかなり貧富の差がはっきりしていて、日本のように明らかにホームレスのような身なりをしている人(あれはあれで一つのステートメントだ)以外は大体それなりに身ぎれいにしているというようなことはない。アメリカでは「うらぶれた」人々はうらぶれていることを隠すことはしない。トマス・ピンチョンの小説で出てきた何といったか忘れたが「ゾンビ人間」のようにデローンとしている人もよく見る。若くとも、年を取っていても、平気で小汚い格好のままでいるし、態度だって悪い。それだけ社会の中で自分を取り繕うことをしなくてすむからストレスも少ないと言えるのかもしれないが、ボクにしてみればちょっと取り繕ってでも身ぎれいにしている日本人の方が好ましく思える。(まぁ最近はそうしない人もちょくちょく見るようになってきた。そんなところまでアメリカの影響を受けることはないのだが。)しかしそれは個人の美意識の問題であって、社会の見えない圧力で「そうしていなければならない」と思わされるところが日本の難しいところであろう。社会や人々の許容量に関して言えば、明らかにアメリカは寛大である。

 しかし一方で、社会や世間によって規制されていることで保っている良い部分もある訳で、それがなくなったとき果たして日本人はうまくやっていけるのかな、とも思う。毎年の成人式の馬鹿騒ぎするニュースのように、タガを外そうとして外してしまうと、日本人は本当にみっともないことをする一面を持っているからだ。社会として、制度として、システムとして枠を決めてある中での振舞いしか経験がない為に、それをなくして「自由にやっていい」と言われても滅茶苦茶にやってしまいかねない。そういう意味では、社会の枠自体に少なからずストレスを感じ続けている反発があるのだろう。これから日本はどちらの方向に進むのだろうか。社会的な規制がなくなり、アメリカのように個人の自由意志で生きていかなければならない時代がやってくるのかもしれない。どちらが良いのかは、ボクもよく分からない。

 トラベラーであるボクにアメリカの実際は見えていないのかもしれないが、長くいるとそれなりに感じる部分がある。ボク自身はこれからどうしたいのだ?どこに向かっている道の路上にいるのだろう。アメリカで暮らしたいかと問われると、あまりに日本人であるボクには難しいかもなぁと思わないではない。では、日本に戻ってからの生活はどうかと考えてみると、それもまたそうとう窮屈に感じてしまうであろう。一体何が自分の理想なのかちょっと迷ってしまったかのようだ。

 でも結局はトラベラーのままなのかもしれない。何処も自分の拠点を持たず、と言うよりも、自分自身が拠点となり、壁のこちらへ向こうへと移動し続けるしかないのかもしれない。愛する祖国、My Home Townというものを持てないというのはボクの宿命だと受け入れるしかない。一方で、色々な場所にHome Townを作っていっているように感じるときもある。色々な場所に家族や親族がいるように感じることもある。孤独とは言えない。トラベルし続け、その先々にHome Townを見つけていく。帰る場所はないが、それが自分にとって一番ぴったりする生き方なのだとしたらそれで良しとするしかないのだ、実際のとこ。

 ツアーも残り10日連日のショウを走り切って終了である。
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by dn_nd | 2010-11-26 17:18

すべては個人のゲーム。(ZOOBOMBS American Tour2010 #23)
 今の日本がそうであるように、国が経済的に豊かになると、それに伴って国民の意識は外の国に向かなくなっていくであろう。国の中で色々なことが実現できるというのに、どうして難しい外国語を習得し、生活様式も考え方も違う外の国へ出向く必要があるのか。自分のフィールドで満足できているのならば、無理に努力するよりは楽にできる現状を維持していたいと思うのは至極当然のことだと思う。学生はより高い知識の吸収を外に求めずとも、ほどほどのラインで就職し、楽しくやっていける自分の生活ペースができればいいのであり、働くようになってからは、その環境の中でいかに楽しくやっていけるか、ということになろう。世界がグローバル化しようが、自分の生活の質が保たれているのであれば、それ以上の関心など持てなくて当たり前だと思う。これは皮肉でもなんでもない。結局は比較の問題であって、どうも海の向こうの方がより良い、楽しいものがあるように見えるなぁ、と考え我慢できなくなる人間だけが勇気を振り絞って飛び出すことになるのであって、良し悪しでは語れないものだ。

 見た感じ、アメリカ人もかなりドメスティックな内向きなように思える。実際アメリカ人は自ら赴かなくとも、優秀な人材や物質は向こうからやってくるし、わざわざ面倒くさい努力をして海外を目指す必要はなく、来るものを彼らの尺度で受け入れさえすれば良いのである。それもまた物の良し悪しや本当の価値といったものではなく、あくまで彼らの価値感の中での話であり、万事彼ら次第なのである。世界がそうなってしまって良いのか、とボクも思うけれど、当の国にいてそれをアメリカ人相手に議論を吹っかけても仕様がないように感じる。

 結局は個人の経験に関わる問題で、あくまで個人として生きている間にどれだけ成長したか、達成したかという尺度で考えるならば、国自体の環境や状況はあくまで個人のもち札のようなもので、そのカードを使ってどのようなゲームをするのかが大事なことのように思う。

 日本の若者は内向き志向が強く、チャレンジ精神に欠けると言われる。確かに日本にいるときはそういう傾向が強いなと思っていたのだが、こちらに来てけっこう沢山の海外チャレンジしている日本人達に会うと、それは一面であって、マスコミが「与えよう」としているイメージに過ぎなかったのかもなとも思う。(すべてを一括りにして、どちらかというとネガティブなスパイスを効かせて報道するのは日本のマスコミの嫌な癖である。)そのような若者はアメリカで暮らし、困難を乗り越えてたくましく暮らしている。特に女性が元気である。やはり色々な慣習やマインドセットから男子は逃れられず、プレッシャーに負けて帰ってしまうという。むむ。日本男子よ・・・。

 昨晩のN.Y.C.で共演してくれたThe Hard NipsもBrooklyn在住の日本女子4人組であった。彼女らの演奏を見ていると、とてものびのびしててナチュラルで良いと思う。(ボクはもっと沢山のことを背負ってやってしまう。これはもう逃れられない性癖である。)色々と教えてもらうことが多かったのと同時に、さてボクの目的は一体何なのだろうと、ちょっと考え込んでしまった部分もある。

 アメリカのツアーが始まって3週間が過ぎ、自分達のペースもできたし、こちらの空気にも慣れてきた。おそらく身体のすべての細胞も新陳代謝によって、すべてこちらで口にした食べ物から組成されたものへと変化しているであろう。明日はツアー最後の休日で、残り10日間はノンストップでゴールインするのである。まだまだその間に考えることもあるであろう。N.Y.C.でボクはちょっと疲れてしまったのだ。
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by dn_nd | 2010-11-25 22:06

カジュアルな探検隊。(ZOOBOMBS American Tour2010 #22)
 誰もが知らない土地で、言葉も100%は通じないというのに、エージェントの与える住所だけを頼りに、自分達だけで運転し、その日に演奏するであろう場所へ赴く。そこにいるのは初めて会う人ばかりである。お互いに、お互いのことは何も知らない。なんだお前ら的な雰囲気が、まったくないことはない。ゴメン、日本っていう遠い国から来てて、色々荷物持って来れなかったんだ。もし良ければアンプとドラムキット貸してもらえると嬉しいんだけど、とボクは言う。いつでも100%ウェルカムで貸して貰える訳ではない。しょうがないなぁ、これ高かったんだから大事に使ってくれよな。なんて嫌々貸してもらう時もある。まぁ、ボクらとしては機材を貸してもらえるだけで上々なのである。なにしろ、その晩は演奏できるのだから。そして、演奏しさえすれば誰もが快く「ワォ、またいつでも貸してやるよ!」とか「オレのアンプを最高の音で鳴らしてくれてありがとう。」なんて言われるときもある。そしてボクらは次の場所に向かうのに最適なポイントのMotelを見つけ、また翌日出発する。明日はそろそろお米食べたいっすねぇ~、なんていうメンバーもいるし、ボク自身は常にその場所に何か特別なものがないかをリサーチする。無闇に町を走り回って、偶然だけに頼るような時間を無駄に使うことはボクらのオプション外なのである。出来る限りのリサーチと、後は現地に実際降り立ってからカンを働かせるしかない。

 こうやってボクらは全米を走り回っている。前にも書いたが、我々の走行距離はとっくに1万キロを超えていて、1万キロというのは、東京からまっすぐ走るとイタリアまで行ける距離なのだ。(あの世界一長いといわれているシベリア鉄道ですら、約9300kmである。)シカゴでレンタルした"サンクスギビングデー号"は、まだあと13日間のドライブをこなさなければならないし、ボクらだって13日間Motelを探し続けなければならない。(Motel選びは、ツアーの楽しみの一つとなりつつあるけれど。)

 どんなとんでもない場所であっても、複雑だったり標識が見えづらい道路であっても、はたまた慣れない右ハンドルでの運転であっても行くべきところに行けるのは、また、Motelを見つけるのも、Rapid CityやSmokey Mountainに寄り道できるのも、インターネットのお陰である。ボクらはポイントごとにネットに接続し、iPhoneとmini PCを駆使して行動している。アメリカの進んでいるところは、どこに行っても、それがどんな僻地であっても必ずネットがフリーで繋ぐことが出来る場所があるというところである。(大抵はマクドナルドかスターバックスだ。)それが存在するお陰で、ボクらは最小限の人間で、非常に身軽なままで最大限の力を発揮し続けることができるのだ。実に素晴らしい時代になったものだと思う。

 移動するのが当たり前となり、どこへでもどんな場所へでも気軽に出て行けるようになり、自分の目で見、世界をどんどん広げていけるのがこれからの世代の「当たり前」になるであろう。そうすることにより、謎やほのめかしは無効となり、事実や実際だけが生き残る。それを新しい世界の到来とポジティブに捉えたい。いつまでも過去にしがみついていることで安心していたい人もいるかもしれないが、やはりそれよりはITを駆使してより自分の求める世界へと突き進んでいく方がいい。それを良きものに出来るかどうかは、すべて自分にかかっている。

 ワシントンD.C.で予定されていたライブがキャンセルとなって、翌日のNYCでのライブに備えてドライブだけの一日。どこに向かっても良いし、どこでストップしても構わない。例によってボクらはITしながら旅するのである。ITしつつアメリカの多様な風景を「じかに」経験するのである。途中を飛行機なんかでスキップなんかしない。始まりから終わりまでの一続きの変化をこの眼は目撃している。ただ車に揺られているだけではあるが、ものすごく大きな達成を果たしたような気にも、なる。まだ終わらないが、終わるのはとても寂しいことだろうな、とボクは思っている。
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by dn_nd | 2010-11-25 02:23

ボクらがやってきたこと。(ZOOBOMBS American Tour2010 #21)
 El PasoのカフェでプロモーターのPatと話していたとき、ツアーが始まって2週間を終えたところでケンカやメンバー間の諍いはないか、と聞かれたので、ないと答えると、「この長いツアーだもん、きっとそのうちに一度や二度は殴り合いになったり、バンド解散!なんていう羽目になるだろうね。」と笑って言われた。ボクは、そうは思わないよと答えた。しかし考えてみると、アメリカ人のようにメンバー全員が訳もなく自己主張が強ければ、それも当たり前なのだろう。

 他のバンドと比べる由もないが、ズボンズに関して言えば、常に調和の取れた状態を保っている。傍目には、自己主張の強いリーダーとそれに従うメンバーのように見えているかもしれないが、そのようなヒエラルキーだけで10何年もの長い間活動を共にできるものではない。(しかもボクらはホテルの部屋ですら同じなのだ。)そこには相手を立てつつ自分を生かすという日本人ならではの細やかな気の配り方、配慮がある。誰もが強く自己主張しなければならないという事はない。また、自己主張することだけが個人のアイデンティティではない。その特有の関係性の中で、自分はどのように振舞うことが一番良いのか、それは常に一定とは限らないし、やはりボクらは「調和する」という部分を一番に考える。自己卑下傾向のある日本人はそれを「すべてそつなく丸く収める」といって、あたかも自分を犠牲にしているように言うが、誰もがただ自分のやりたいことをやることが自己達成なのかどうかは疑問だ。

 例えば「自己主張の強いリーダー」ことボクは、ただ自分のやりたいことを他のメンバーに押し付けて我慢させてやらせているのだろうか。いくら傍目からそう見えているかもしれないが、そうではない。そこには一種の「演じ」というか、役割の元での振舞いがあるのみなのである。ある意味でボクは「自己主張の強い我儘なリーダー」の役を演じていると言ってもいい。そして、メンバーそれぞれの許容量を理解している範囲内での行動・発言があるのである。しかし、実際それは注意の必要なことで、どこまでは「演じ」の範疇に収まれるか、どの線を越えると真剣にメンバーに不信感を持たれてしまうかを考えていなければならない。時に挑戦し暴走し、かなり危ない領域に入り込んでしまうこともあるが、その時は自分で頭の中で赤信号がパッシングしているのを感じつつ、どう収めるか考えているのである。また、受身に見える他のメンバーも、ある程度それを認識し、自分の許容量の範囲内で暴走を許し、時には触発され、結果としては調和する部分を目指しているのはないか。これは実に「日本人的」な行いだと思う。そしてそれはすごく良い部分だと言えるのではないかと、ボクは思うようになっている。

 このツアーで、ズボンズの演奏を終えたあと、アメリカ人に「こんなの見たことも聴いたこともない。」と言われる。4人の演奏の重なり方や、からみつつ一体となり頂点へと向かっていく様がとても素晴らしいと。おそらくそれは「調和」することを大事にしている日本人の国民性がポジティブに強く出ているのだと思うし、それを使ってボクらはブーストされた強烈で純粋なロックンロールを演奏しているのである。正直に白状するとボク自身が、自己主張ができないのは個性が弱いからだとネガティブに考えていたし、メンバーには「もっと自分を出すように」と強要もしていた。しかしこのツアーが始まり、様々な事が起こる中を4人のメンバーだけで対処し、肩を寄せ合って毎晩激しくロックしていることを客観的に考えてみると、こういう風にできるのは「日本人的な」体質の賜物だと思うし、実に素晴らしいことだと感じざるを得ない。このような調和の取り方は、いくらやろうと思ってもアメリカ人や他の国の人間に出来ることではないだろう。お互いを思いやれるというのが普通の状態で、それを「我を出さない」などとネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに見直し、活動や行動に反映することで世界の中での日本人の「良き」アイデンティティを示せるのではないだろうか。

 「みんなマツオさんに我慢しているんですよ!」と、このツアーの初期の段階でPittくんに怒って言われたものだが、そうではない、我慢していない人間なんていないんだ、と返した。アメリカ人のように常に自由に振舞っている(ように見える)のを見て、なんて我々日本人はいつも我慢しているのだろうと思っていたが、それは本当に我慢できないほどの「我慢」か。「我慢」を我慢と感じるより、もっと重要なポイントを見て行動した方が良いし、結果それは自分が求めていたものになりはしまいか。「我慢」しているのではなく、お互いの関係性の中での相手に対する「許容量」を認識し、自分の役割を果たすことを第一義とする。これは実に素晴らしい国民性ではないかな。

 ノース・カロライナ州Greensboroでのライブ。地元のカレッジラジオがスポンサーとなり宣伝をしてくれたお陰で、大繁盛で盛り上がった。学生街というリベラルな雰囲気があって、めずらしくお客に白人・黒人入り乱れていて、ボクらの演奏に大いに湧いていた。ラジオの担当者が、10年前からZOOBOMBSのことは知っていて音源は聴いていたのだが、ライブ演奏がこれほどのものとは思わなかった。これを何と表現したら良いか分からないが、とにかく感謝する、と言われた。ボクら自身にも自覚は薄いが、実に長いことやっているのである。それもどっぷりと4つに組んでやっているのである。ズボンズの音楽はそれぞれがそれぞれのことだけやっていれば成り立つものではない。常にそこに対話が求められるし、ぶつかりが求められる。日本人でなければ、とてもそんなことを長く続けられるものではないだろう。そして(これは一番大事なことだが)ボクらはそれをいつも楽しくやっている。常に達成感を感じながらやっているのである。
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by dn_nd | 2010-11-23 23:08

大陸でのささやかな喜び、そして疲弊。(ZOOBOMBS American Tour2010 #20)
 何度も書いてしまうのだが、とにかくアメリカは広い。なにしろ大陸なのである。島国生まれのボクには計り知れないスケールで当たり前である。大陸で生まれ育つというのは、個人のメンタリティにも大きく影響を与えるに違いない。逆に言うと、ボクは島国での生まれ育ちというメンタリティを持っている訳で、どちらがその人間性に良い影響を与えているか論じてもしょうがないけれど、小さいところから大きなところに行くのは、その逆に比べると、適応するのがもっと大変なことのような気がする。子供の頃は福岡ですら一生のうちで何度も行けることがないような遠さに感じていたし、小学4年生で大阪に連れて行かれた時は外国に来たような気がした。東京などはTVやマンガの世界だった。

 アメリカに来て会う人々は若くともすでに沢山の場所を移り住んでいる場合が多い。生まれからずっと同じ場所にいる、という人間はすごく少ない気がする。これだけ広い国である。一つの国とは言っても、その中に風習やメンタリティ的にもたくさんの国があるようなもので、人々はそこを移り住み、より「今の」自分にあっている場所を見つけようとするのかもしれない。その意味では日本にいて我々は、おのずと移動できる範囲は限度があるし、何もかもが東京中心となっているためにそれ以外はただの「周辺」になってしまっているような気がする。乱暴な言い方をすれば、どこに住んでいても変わらないように思う。生まれた場所から遠く離れ、それまでの人生を捨て去り違う自分になるのは難しい。アメリカを走り回っていると、この国ではそれも可能なのかもな、と感じる。サウス・ダコダとニュー・オルリンズは、やはりどう考えても別の国だよな。(それでいて星条旗の下でひとつのNationにまとまっているところがアメリカの不思議なところだ。)

 ムー氏の報告によると、ツアーの走行距離が1万kmを超えたそうだ。20日間で10000km超えるなんて、間違いなくボクの人生の中で最大移動記録である。(日本からタイを超えるくらいの距離だそうだ。)それを車で地続きの連続状態で走っているところが誇らしい。現実的に「抜かさずに」走ってきたんだぜ、という思いがある。10000kmというリアルな手応えが持てる。また一方で、アメリカのバンドはこれをしょっちゅう当たり前のようにやるんだよなとも思う。彼らにとってはそんなこと疑問でもなんでもないことだろう。誇らしくもなんともないことかもしれない。そういう意味で最初から「タフさ」負けしている島国のボクらは「なにくそ」と思いつつも、小さな記録であっても、ささやかな経験であっても、それを喜んだり悲しんだりして心を満たしていくのである。それら細部をいちいち「感じる」ことで、脳の感動ファイルを増やしているのである。こういうのは島国の小さなボクらのアドヴァンテージだと思いたい。でもまだあと2週間残っているんだよなぁ。いや、まだ2週間もある!と喜ぶべきか。

 色々と感慨深かったメンフィスを抜け(Sun Studioで写真も撮った)、Knoxvilleへと向かう。今日の6時間ドライブで、時刻変更線を超えるので更に1時間プラスである。連日の長距離移動、睡眠不足、アドレナリンの極端な上がり下がりで4人ともぐったり疲れてしまっている。もはやKnoxvilleなんか興味も持てないし、(思った通り)寂しい街だしで、どうにでもなってしまえという気分である。ステージに上がる前から、そして上がってからも、どうもPittに引っかかる部分が多い。(実際にセッティング中マイクスタンドを移動しようとして、ドラムにバミリを入れていたPittに「引っかかって」後ろにすっころんでしまった!)「もうPitt、このやろう。」と思っていたのだが、冷静によく考えてみればこれは自分の疲れからくる注意散漫が引き起こしているのだと気が付いた。というか、転んで背中を打つまでどれだけ自分が疲弊しているか分からなかったのだろう。(Pitt、怒って悪かった。ごめん。)OK、ボクは思っている以上に疲れている、しかしこれからステージで演奏しなければならない。そして、明日もまた五体満足で演奏出来るかどうかは、誰にも分からない。ボクらの車は事故に合うかもしれないし、山の中のMotelで黒クマに襲われない可能性だってゼロではないのである。ならば、とにかく細胞に残った力をかき集めて精一杯やらなければ、と思って演奏したのである。この寂しい街の寂しい人々を前にした演奏が最後であっても、自分に不満が残らないように。

 なんとめずらしいことに、ムー氏が最後にkeyを間違えてDolfを演奏してしまっていたが(タフな彼がどれだけ疲れていたかが良く分かる)、とりあえずオール・アウトでやり切った。Knoxville、どんな街かも何の印象も持てないが、さらば。ズボンズが疲れているのは街のせいではない。しかしそれでも、心の在り様が、外の世界にそのまま写しだされているような気がするが、どうだろう。Knoxvilleは寂しく疲れた街であった。以上。
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by dn_nd | 2010-11-22 19:35

メンフィスは、どこ。(ZOOBOMBS American Tour #19)
 テネシー州Memphis、何度この地を思い、憧れてきたであろうか。「メンフィス」というその響きの中には、ファンキーで埃っぽく、がさつでいかがわしいマジックのような本物感がある。それはボクが好きになってしまう音楽のコアが存在する。ボクは黒人のようにファンキーではない。ボクは白人のように大らかではない。また、その二つの人種間の摩擦から生じる攻撃性を持たない。ロックンロールはその二つの人種のぶつかり合いの爆発と融合からアメリカで生まれた。彼らはなんなくそれをやることが出来る。ボクは、出来ない。ボクはその文化を良く知っているし、学習もしてきた。しかし、それがどのような風土から生まれたものなのかは、現地に降りてみて初めて肌で感じるものだ。N.Y.C.でそれを感じ、シカゴで、サンフランシスコでもそれぞれ感じるものがあった。自分でもこんなものかとなんとなく分かってきたつもりだったのだが、メンフィスで感じるのは、そのいずれとも違うもっと根源的でリアルなものだ。

 メンフィスは黒人が60%以上を占める南部の都市である。Motelにチェックインすると、ボクら以外のほとんどが黒人だった。テキサス州には沢山いたヒスパニック系の人は見当たらない。街は昔の雰囲気を留めており、スーパーではサザンフライドチキンやレバーステーキ、豆料理などの南部料理・ソウルフードがお弁当になって売られている。やはりほとんど黒人か、うらぶれた白人しか見当たらない。(もしかしたらボクらがいたエリアが偶然そういう場所だっただけかもしれないけれど。)街からロックンロールの香りがする。ロックンロールに匂いがあるなんてボクは知らなかった。あぁ、ここで生まれたんだなと感動に近い思いがする。

 会場となるMurphy'sは、ブルース・ブラザーズや色々なアメリカ映画に出てくる南部のバーそのものといった感じで、地元のおじさん、おばさんや、ちょっと若者がいるような場所である。カレッジの学生や、インディロックファンが集まるような場所ではない。共演のThe Rockcity Angelsはなんと30年のキャリアを持つ、Geffinからリリースしてジミー・ペイジのフロントアクトをやったこともあるという地元で知られた存在である。(80年代末には来日もしたらしい。)ヴォーカルの他にギターが2台、ベース、ドラムスにハモンドB-3と、本物感バリバリのBad Boy ロックンロールバンドであった。(ヴォーカルのBobbyは、ちょっとジョニー・サンダースみたいな感じである)彼らを目当てに往年のロックファンのアメリカンなお兄さん・お姉さんが来ている。まいったなぁ、とボクは思う。一体こんな人達を前にしてどんな演奏やればいいのだろう?

 とは言え、いずれにしても、ボクらはボクらの演奏をとことんやるしかないのである。何かに合わせてやり始めると、延々と間違った方向に行き続けるだけで、結局自分達の音楽が気に入ってもらえなければ、それまでじゃないか。それに、時にPunkだとか、Funkyだとか、Experimentalだとかなんだとか言われようと、ボク自身はズボンズの音楽はロックンロールの本流の中にいると思っている。ロックが死んだとか、解体しようとか、新しいものを作りだそうだなんて思っていないのである。ボクは全面的にロックに帰依している人間だ。アメリカの音楽の恩恵を受け憧れ続けた、東の果ての国の小さな4人組はここに来れたことに感謝している。また、ロックンロールが、「メンフィス」のイメージがボクの人生をどれだけ豊かにしてくれたか。

 何と言ってもここはアメリカなのである。どのようなものであれ、良いと感じたものであれば絶賛してくれる国の人々なのである。その瞬間、人種も宗教も価値観も超えて受け入れてくれる国なのである。ズボンズの演奏は大いに気に入ってもらえたらしく、ボクは最高にハッピーな気分を味わった。ここで生まれた音楽を、ここを知らないで、どうにか本物に近づこうと手探りで、精一杯やってきた。ボクも年だけは取ってきたけれど、ロックンロールのレジェンドの前ではまだまだ子供にすぎない。無邪気に喜んでも恥ずかしいことはないだろう。なんだか、またここからスタートって気分だ。一体ボクらの旅はどこまで続くのだろうか。
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by dn_nd | 2010-11-21 23:52
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