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「この次がありますように。~The Sweet Passinに関する覚え書き」
 いつもと同じように直前までハッキリとスケジュールを把握することなく(もしくは、意識的にそうすることを避けて)、2011年3月1日にボクらは3回目の長いアメリカツアーの最初の公演地シカゴに向けて出発した。今回は4週間の日程で25回のショウがあり、最後の1週間でアルバムのレコーディングを完成させて帰国する予定だった。

 アメリカでのツアーは過酷だ。ボクらは毎日だいたい7~8時間を車での移動に費やすことになる。大抵は午前の11時頃に出発し、車内で食事を摂り、移動の途中でWi-Fiの繋がるカフェかマクドナルドかスターバックスに寄ってメールでの緊急の指示はないか、今走っている道路に間違いはないか確認し、給油して(広大なアメリカの道路の途中で、もしくは砂漠の真ん中で、ガソリンが切れたら悪夢である)、午後の8時前後に会場に到着。リハーサルもやらずに午後11時をちょっと回った頃にステージをこなし、午前2時頃にモーテルにチェックインして、また翌日は同じことを繰り返す。(これがひどい時には2週間以上続く)中西部の、例えばアーカンソー州のジャクソンビルなんていう街のガソリンスタンドで疲れと眠気でぼんやりしながら錆び付いたポンプで給油していると、一体どのような人生の導きで(もしくはボタンの掛け違いで)、この「かよわき4人の日本人」がこんな場所を訪れることになってしまったのかという不思議に気が遠くなってしまう。

 このツアー、22日間23ショウという日程をこなした後(1日2回という日がありました)、レコーディングするオークランドに辿り着いた時には心身ともに絞って乾き切ったボロ雑巾のようにクタクタでカラカラになっていた。しかしここで7日の間にアルバムを1枚完成させなければならない。つまり、録音からミックスダウンまで全て、ということである。「レッド・ツェッペリンだって最初のアルバムは1週間で完成させたんだよ」というのが、ボクらの持て得る最大の根拠で、しかし誰もそれを信じてはいなかった。それは馬鹿げた不可能なアイデアだと思っていたのだが、頼れるCreamery studioのGregと、疲労困憊からくる刹那で投げやりな高揚感に助けられ、バタバタと結局予定通りに収録分の曲群のレコーディングを終え、4月3日に帰りの飛行機に乗ることができた。その間に日本は大震災と原発事故という、前代未聞の事態に陥っていて、帰国後にボクらはその現実を肌に知り、大きなショックを受けることになる。

 帰国してボクは、どうしてもこれを聴く気にならなかった。他の多くの日本人と同様に、自分のやっていることへの確信に揺さぶりがかけられてしまった。一体何のために音楽などやっているのだろう?そこへの結論を見出せないままに、当初リリースする予定だった9月が過ぎてしまい、年を越してしまった。長い長い混乱であり、葛藤だったように思う。それでもとにかく演奏を続けることで、自己確認し、どん底に落ち込み浸ることにならなかった。文字通り音楽に救われたと言って良い。今また違う形で蘇生を果たしつつある。

 ともかくボクがつかむことが出来た一本の藁のような確信は「ロック」という音楽の力強さであり、その問答無用のかっこよさでもって、人間の精神のある部分を救済することが出来るということである。(自分がそうだった)「ロック」を聴くことで、自分の中に眠っている輝ける物や、子供っぽい好奇心、太陽に匹敵するかのような強烈なエネルギーを発見し、生きる楽しさを実感する。そうして、それを創り体現することが自分の目指すもので、音楽を志す揺らぎなきモティべーションなのだという再認識があった。その意味でズボンズは(自分で言うのも何なのだけれど)なかなか良い線行っているように思う。少なくとも、この4人(かよわき4人の日本人)でしか生むことの出来ない音楽である。18年の長きに渡って活動してきて何を今更、の感もあるが、無垢でツルツルの確信を得れたことは僥倖と言うしかないだろう。ようやくボクは「自分のために」ではなく、もっと大きなもののために、捧げるべく演奏しているように感じている。

 結局、オークランドで録音した曲群に加えて、トンネルを抜けかけていた(ついでに言うとインフルエンザにもかかっていた)2012年3月に再度追加レコーディングした曲から選んで「今バンドが作り得る最上のアルバム」を仕上げることが出来た。兎にも角にも、自分達の全てを投入したので、そのひとつひとつに色々細々と書きたいこともあるのだけど、やめにしておこう。願わくばこのアルバムを聴いて、思わずストリートへ飛び出してしまいたくなったり、楽器を手にしたくなったり、叫びたくなったり、無性に料理をしたくなったりしてもらえると嬉しい。

 この次、というチャンスがありますように。

ドン・マツオ
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by dn_nd | 2012-06-07 06:41

ゼロからイチへの跳躍。
 最初は、ただトイレに貼ってある大きなモントリオールの地図の一部をぼんやりと眺めていて「なんだか牛の横顔と似ているな」と考えていたのである。そうして、この地図の中にもっと他の隠されたシルエットがないだろうかと探し始めた。ある部分は遠近感のある(切手の図版にでもなりそうな)船に見えるし、ある部分は横たわった女性のヌードのようにも見える。もしかして、こういう目の錯覚から地名を決めることだってあるのかも知れない、例えばShip-villeとか、Weist-boroだとか・・・・いやいや、地名が決められるような時代に、この地図のような路地を含めた地形を俯瞰して見れるような地図はなかったであろうから、その可能性はすごく低いだろう。(だからJohnsville/ジョンの村みたいな名前になってしまうのだった)しかしよくよく見てみると、この詳細な通りの表示を含めた地図を作るのは大変であったろう。なにしろ、名前のついたものならばどんな細い路地であれ記載されていて、その線の細さ・活字の小ささ正確さは、とても手描きの範疇を超えている。コンピューターのグラフィックの仕事か。いやはや、技術の進歩とはすごいものだな、と思いつつ、それでもいくらコンピューターの仕事とは言え、その元になった人間が測量した偉大なる仕事がベースになっているに違いない。その人間は土地の形がどのようになっているかを調べ、島の存在を計り、路地がどのような方角で・カーブで・太さで繋がりあっているかを可視化しようと試みた訳である。色々なものが、より便利に、より正確にと発達・発展をしているが、それら全てにスタートとなる輝かしく大きな第一歩がある。ゼロからイチへの跳躍である。それは1を2に(更に3・4・5へと)する作業よりも大きな労力が必要なものであろう。あるものを「改良」していくのではなくて、「産み出す」訳なのだから。我々はこのモントリオールの地図のように、色々なものが「ある」ことを当然のこととして生きているが、そのあらゆるものに先人の偉大なる「ゼロ・イチの跳躍」があったのである。それを考えると、自分を囲んでいるあらゆるものが素晴らしく、人間は実に素晴らしく、可能性を持った存在であるなぁと、トイレから出る頃にはすっかり感動してしまっていた、そういう朝でした。ボクらにも何か偉大な仕事が出来るでしょうかね。(能力はないとは言えないでしょうけれど。)
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by dn_nd | 2012-06-03 10:52
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