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Z.N.A.T.2012#8「デ・モインのティーン。」
 年齢層的にも、富裕層的にも高めだったシカゴでのショウから、6時間走った先のアイオワ州Des Moine(デ・モイネと発音する)では一転して夕方5時オープンのティーンネイジャー向けのAll Aged showで、夕方の明るいうちに到着したら共演の未成年のバンドの子達が集ってタバコを吸いながらジュースやフラペチーノを飲んでいた。それでも言われるのは"We're looking forward to see you guys playing"で、子供に言われるのも、おっさん(場合によってはおじいさん)に言われるのも同じである。その辺、英語は人と人との付き合い方もフラットでいられるところがある。(日本語は、その言語の特質上、どうも上下関係を作らざるを得ないところがある。そもそも敬語やら謙譲語やらがややこし過ぎたり面倒臭かったりして(現代の価値観と合わないのであろう)、上手く他人とコミュニケーションが取れなかったりもする。そうかと言って、みんなタメ口で話せば良いかといえば、それはそれですごく居心地が悪いので、どうにもしょうがない。言葉一つ取ってみても、人間の開放性にものすごい影響を与えるものである。例えば、学校の先生や他者と同じレベルの言葉で(それをタメ口と言って良いのかは分からないけれども)会話や、ディスカッションが出来るならば、自分の伝えたい事を臆することなく表現出来るだろうし、結果生まれるものや、育っていく過程での人間形成が変わるであろう。余談ですが。)

 そのティーンエイジャーのバンド(聞くと、可愛い顔して18歳だと言っていた)が何をやるのかと言えば、物凄い手数の多いドラマーとアンプを沢山積んだベースの二人の"kind-of-Lighting Volt"なバンドやギター&ドラムのデュオ、ポストパンクでDCハードコアなグループと、実に頼もしく自由に(フラペチーノを飲みながら)やっている。(その後に出てきたちょっと年配のFoo Fighters的バンドの、その破綻の無さが、すごく年齢差を感じさせたくらいだ。)若い世代が、全体と一緒のようになるでなく、尚且つ突飛なことをやっていても、変な目で見られることなく伸び伸びと自分でいられることは本当に素晴らしいことだ。

 もちろんズボンズはその晩も最高のプレイをやり(今の時点でバンドのポテンシャルは100%近く出せるようになってきている)、興味深いアイオワ初のショウを終えた。終わるのが早すぎて、ホテルに戻ってなかなか寝付けなかったりしたが、正直に言うと、とても疲れている。

 ベッドに入ったのは1時だったか、2時だったか、ボクが目が覚めたのは午前5時半で、例によってガッカリしてしまったが、まぁいつものことである。今晩の街Indianaplisまで、延々と続くトウモロコシ畑を眺めながら7時間のドライブ。到着すると、ヴェニューでは"Happy Hillbilly Show"と名してカントリーのライブをやっていた。インディアナ州へ、ようこそ。こういうのを目の当たりにすると、如何に自分の知らない世界、それも音楽を知るだけでは体感することの出来ない"real"を実感する。あらゆる音楽は、そのディープな生活に伴う歴史を持つ。音楽それだけでも、もちろん楽しい。しかし、その凄みを知るのには、レコードというのはかなり限られた一面でしかないのだ。このリアリティを体験するということが、ボクの感覚を更に細かいものにしていくのだろう。すべては経験である。そして、経験というものは、外に飛び出さなければ出来ないものでも、ある。

 さて、今晩の最初のバンドが始まった。Melody Innは、よくあるアメリカのバーである。どんな状況であっても、ボクらはここから逃げることは出来ない。とにかく、文句も言わず最善のショウをやってしまうことだけである。Good Bless us。
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by dn_nd | 2012-09-29 12:19

Z.N.A.T.2012#7「1マイル向こう。」
 どうも渡米して以降、時差と不規則なツアー生活のせいで変な癖がついてしまって、何時に寝ても3時間後に起きてしまう。昨晩は(というか朝だが)3時半にベッドに入り、目が覚めたら6:30amでガッカリしてしまった。ボクは一度目が覚めると眠れない性格なので、とても困る。しかし、連日ハードなスケジュールをこなしながら、連日3時間しか寝ていないと、とてもまずいことになりそうなので、ここのところは、一旦ホテルのブレックファストをいただいて、またベッドに戻るようにしている。二日くらいは、それで上手くいっていたのだけれど、今朝は結局追加の睡眠が出来なかった。なので、いつもならばとても機嫌が悪くてメンバーから嫌われてしまうのだけど(ウソ。メンバーはいつもボクに寛大であります)、何故だか今日は力が入らないのか、機嫌悪くもなれない。毎日のライブも充実しているので、あまり小さなことに構わなくなっているのかも知れない。

 ホテルに置いてあるU.S.A. Todayを読みながら、トーストにバターとジャムをつけて食べている。そいうえば、日本の衆院選はどうなったのだろう?オハイオにいると、日本はとても遠い。隣で食べているのは、リタイヤした老夫婦である。"Good morning, dear"と言われる。ここのところは天気がストレンジで、雨が降ったかと思うとすごく良い天気になったりするわね、などと天気の話をして、ところであなたはどこの国の人と聞かれたので、日本人のミュージシャンで、バンドでツアーをしているところですと答えると、それは本当に素晴らしいわね、ディア、日本なんて遠いところからアメリカへようこそ。私たちもツアリング・アラウンドなのよ、などと言っていた。色々な人生がある。

 途中、目星をつけていたDayton,OHにあるJim's Donutsというドーナッツ屋に立ち寄る。24時間営業(!)のローカルのドーナッツ・スタンドである。Jimというおじさんがやっているのかと思ったら、お店にいたのは腕にタトゥーの入ったお姉さんで(Jimの娘か、孫なのか、バイトなのか)、クリームチーズの乗ったもの、キャラメルソースの乗ったもの、シュガーアイシングのもの、レギュラーなもの、そしてスモール・コーヒーで3.8ドルであった。ドーナッツは流行りの柔らかかったり、色々なテイストがあったりするものでなく、昔ながらのオーエンティックなレシピのスモーキーなドーナッツであった。とてもおいしい。BGMもなにもかかっていない店内には太ったおじさんがコーヒーを飲みながら、明らかに異質なボクらなんか存在しないような顔をして、虚空を見つめていた。ここにも色々な人生がある。

 シカゴに到着。今晩のホテルは、明らかに危ない地区にある。ホテルのエントランスで、宿泊とは思えない黒人が、家族とは思えないが家族的な構成で、佇んでいる。手には現金。何かをやり取りしているようだが、もちろん、それを尋ねることは出来ない。彼らも、あたかもボクらは存在していないかのように振舞う。色々な人々が、そのフィールドの中で色々な価値観を持ち、様々な生活を営んでいる。そこに正解や、最上のものなどありはしない。

 フリーウェイで、"Jesus Is Real"と大きく書いてある看板を見た。ある人にとって存在しないものでも、ある人にとって存在していても、何の不思議もない。ボクらは、ボクらの世界を"Real"と思っているが、世界はそれぞれの人間に、それぞれだけ存在している。それを、ボクは理解する必要がある。

 さて、今晩のショウは、シカゴのReggie's Rock Jointというハードロック・カフェのようなヴェニューである。派手にロックを楽しみたいという人々が集まっている。ここに、ホテル周辺と同じものを見ることはない。しかしそれは1マイル向こうでの現実世界である。
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by dn_nd | 2012-09-27 11:22

Z.N.A.T.2012#6「ズボンズの今晩のショウ。」
 ショウが始まる前に、お昼に残してたメキシカンをドリンクチケットで地元Columbusの地ビールと一緒に食べる。アメリカではどのヴェニュー(ライブハウスのことです、念のため)でも飲め飲めとチケットをくれる。ボクらは、それでも、一人3枚も貰えば充分だが、考えてみれば以前はほとんど使ったことがなかった。(今では1枚が2枚になり・・・)しかし考えてみれば、酔って自分を解放するというのも、悪くないので、日本でもとりあえず飲ませるようにしてはどうか、と思ったりもする。ともかく、ボクは前のバンドを見ながらウィスキーに切り替え(例によってグラスになみなみである)、ギターと取り出し、コミュニケーションを取る。やぁ、今日の具合はどうだい?この北米ツアーでは、あまりにvisaの取得が直前でハードだったので、あまり機材に注意を払えなかったのと、渡米直前の新木場でのイヴェントにてギターを壊してしまったので、ウチに残っている(とりあえず)壊れていないギターを持っていくのが精一杯だったのだけど、それがバンドの最初期に使っていたKawaiのギターで、数年振りに使うことになった。日頃からギターなんか何でも良いと放言してはいるのだが、やはり使い易いかどうかというと、難しい部分もあるし、思い出深いギターでもあるので壊したくないという気持ちから、思い切りプレイ出来ないかもしれない。むむ。ともかく、よろしく頼むぜといったところである。

 ともかくともかく、セッティングを済まし、もう一杯ウィスキーを頂いて演奏をスタートする。Way In/Way Out。出だしからどうにでもなれとグイグイ演奏する。中盤にディープJamに突入し、ボクはムー氏のTシャツの中に首を突っ込んだり、やりたい放題なのである。South Central Rock。テンポが遅いなと思いつつも、気にしないそぶりでやる。ギターを叩きつけ、こすりつけ(これが嫌でボクのギター達はリタイヤしていく)、ギターとアンプで出せる限りのサウンドにチャレンジ。お客の歓声が収まるよりも早めに次の曲Talkin'bout America。またJam。また叩きつけにこすりつけ。Jam。ステージに寝転がってみたり、ドラムの後ろに隠れてみたり。サウンドのカオスは、そのまま、アメリカのカオスでもある。ボクらはアメリカを愛し、嫌う。それでも、このような音楽をもたらしてくれたアメリカに感謝せずにはいられない。次の曲は、もちろん、That's How Strong My Love Isである。それ以外のチョイスがあるだろうか?ない。音楽さんは、それをやれと言う。そうしてAmazing Graceは、そのままアメリカの功績を称えるための曲であるのと同時に、鎮魂歌のようにも聴こえる。そうしてボクらが行くのは、その先の未来である。Come With Usをやる。(ほかに何を?)ここで初めてオーディエンスにアピール。ボクラハズボンズデス。キョウココデヤレテホントウニウレシイデス。ボクラハエイゴガニガテナノデエンソウスルコトデシカキモチヲツタエルコトガデキマセン。ドウモアリガトウ、ズボンズデス。ツギノキョクハMo' Funkyデス。

 そうして、演奏をやりきって、これを書いている。「ズボンズの後で何をやっていいか分からない」と次のバンドがアナウンスしている。よくやったということであろう。今は午前1時半。そして、長い長いツアーの、まだまだ序盤である。
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by dn_nd | 2012-09-26 14:30

Z.N.A.T.2012#5「はぐれ者の挑戦。」
 同じ大陸上で、言葉も同じだし、文化も成り立ちも近いような気がするけれど、カナダとアメリカはかなり違う。違う国だから当然だが、国境を跨いだだけでこんなに違うかと感じる。すごく大まかに言うと、カナダに比べて、アメリカはとてもヒリヒリしている。明らかに危険そうに感じるし、目に見える形で虚無感や暴力がそこら中にある。それが国として住む人間にとって良いものかどうかは分からないが、だからこそ人々が憧れる様々なものが生まれてきたのは間違いない。あらゆる人間が自分を主張し、誰もが自分を通そうとした結果なのだろう。アメリカ人は、ある意味で、神や運命に対してまで自分を主張しようとしている。それは人間の限界でもあるが、限界に挑戦するからこそ、クリエイトするエネルギーを失わないのだろう。そしてアメリカは後ろを振り返ることなく、それを2世紀以上やってきた。今、このような国になっている。さて、この後も世界は同じようなものとして存在し続けるのであろうか。

 Clevelandでのアメリカ最初のショウは、地元のサポートバンドが二つあって、そのどちらもなかなか惹きつけるバンドだった。やはりアメリカは層が厚いのだなと感心する。ラフでタフで誰のものでもない、他者の目や流行廃りを気にしない音楽達。もちろんズボンズは感心してばかりはいられない。ボクらはボクらの音楽を認めてもらう為に(けっこう大変な思いをして)来ているのだから。という訳で、Clevelandの夜は躊躇なくやり切ったライブショウとなったのでした。終演後、ボクはもうグッタリして立てなかったほどである。(もしかしたら、ショウの前に飲んでいたウィスキーのせいかも知れない。だって「ツーフィンガー分下さい」とオーダーすると、ストレートのウィスキーをグラスに容赦なくなみなみ一杯つぐのだもの。)何もかもがアメリカに来たなぁ、と実感させる。

 朝、モーテルの豪華な朝食を食べ(ワッフル、マフィン、シリアル、ドーナッツ、パン、ヨーグルト、フルーツジュースにコーヒー、と何でもある)、お昼は道中のメキシカンレストランに立ち寄り(全員、全然食べ切れなかった。宿題である)、今日の街Columbusに着くとお気に入りの街のドーナッツ屋Buckeye Donutsで1個買い込み、今会場であるAce Of Spadeに着いたところである。Columbusはカレッジタウンである。理知的な若者がたくさんいて、街は活気がある。でも、カレッジに通う人間がロックンロールを聴く訳ではない。ロックンロールを聴く人間は、「はぐれた」人間達である。はぐれ者は、決して若者だけではない。そうして、この国のはぐれ者達は、やはり自分を主張する。このオレが「はぐれ」ていて何が悪いのか、と。だから年を重ねても「はぐれ」をやめない。はぐれ者にとって何か一般的な生き方に模範を求めたりしない。行き着くところがどこかは分からないが、とにかく「はぐれ」のままで生きていくのだ。それは、やはりアメリカ人的な、運命への挑戦なのかもしれない。

 さて、今晩のローカルバンドも機材を運び込んできた。やろう。
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by dn_nd | 2012-09-26 10:06

Z.N.A.T.2012#4「ロックであっても、ロールはない。」
 カナダのKingstonを9時半に出発して、夜7時にここClevelandに到着した。今晩がU.S.での初めての日となる。昨晩のKingstonは盛り上がりに盛り上がり、ライブ終了後もプロモーターTerry宅にて怪し気なパーティーが続き、寝たのは6時を回っていたのではないか。という感じで、ツアーも混沌の中へと突入している。

 Clevelandと言えば、ロックンロールの発祥の地ということで、かの有名なRock'n'Roll Hall of Fameがある。何故にClevelandに、というのは、この地のDJのアラン・フリードが初めて「Rock'n'Roll」という名称を音楽に与えたからだが、色々な場所で我こそが、と主張しているので、どうでも良いことなのだろう。分かっていることは、アメリカに於いてはRock'n'Rollという音楽(とリズム)が深く染み渡っているということである。残念ながら、この感覚は日本ではほとんど感じることが出来ないし、それが日本のポップミュージックを、やはり、単なるポップミュージック止まりにしているのだと(ボクは)思う。

 色々な人がキース・リチャーズの言った有名なセリフ、「今の音楽はロックであっても、ロールはないじゃないか」を引き合いに出してくるが、アメリカのローカルなバンドを見ていると「なるほどなぁ」と実感する。これは彼らにとっては空気と同じようなものなのだ。ロックの概念や反骨心や楽しさなどはボクらにも輸入しやすいものだけれど、身体性を伴ったリズムだけは、やはりちょっと習得するのが難しいように感じる。これは生まれた時からの身体的な開放性が必要なものだ。身体を使って大きく動かし、踊り、ということをやって自然と習得するものなのだ。日本は狭い国だし、静かにしていることを美徳とする文化でもあるので、なかなか難しいかもしれない。「開放的になる」というのは、これからの日本人にとってとても必要なことだと思うが、文化的に深く染み渡っているものがそう簡単に変わることか、どうか。日本人のこれから、というものは、とても興味深いイシューである。10年後、我々はどのような日本人になっているのだろう?

 マッタ&ピットはArby'sでサンドイッチやオニオンリング・フライを買い込み、ムー氏は買い置きのパンをディナーとしている。もちろん、おいしい地元のビールと一緒に。今日はバーの隅にある小さなステージにてPAはヴォーカルマイクのみ、という環境である。とうとうアメリカに来たなぁと思う。ここでどのような音楽が演奏され、どのようなリアクションが返ってくるのか。あと2時間もしたら、ショウの始まりだ。
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by dn_nd | 2012-09-25 10:50

Z.N.A.T.2012#3「無垢な魂をどこかへ。」
 北米ツアー二日目のToronto、三日目のMontrealも終了。更新出来なかったのは、もちろんスケジュールが厳しくなってきたからである。Torontoでのショウが終わり、ホテルに帰ったのが午前4時。翌日はMontrealに向けて9時には起床してアンプを買い込んで(ようやく気兼ねなくサウンドチェックが出来る)出発。午後6時にMontrealに到着。会場の黒人のサウンドオペレーター(めずらしい)にギターの音が大きすぎると怒られながらサウンドチェックを済まし、ホテルへ移動することなくPOP Montreal Festivalの手続きをやったり、他のバンドを見たりしながら待機。ショウがスタートしたのは午前1時で、すべてが終わってホテルに到着し、ベッドに入ったのは午前5時であった。(ついでに言うと、ボクは何故か7時に起きてしまった!!)そうして正午にチェックアウトして、現在午後5時、今日の街であるKingstonに到着し、ボク・マッタちゃん・ピットはスターバックスにてインターネット、ムー氏は昨晩のライブでボクに壊されてしまったベルトを探しに(すんません)街へ繰り出していきました。いやはや。(こちらのスターバックスではチョコレートチャンククッキーが大体2ドルで、一回り大きいように見えます。ちなみにボクとマッタちゃんが食べているのは5cm角のシリアルのベース上にチョコクリームが1cmほどの厚さで乗っかているスライス。甘さがヘヴィでとてもおいしい。アメリカへようこそ。)

 時差ボケ&ハードなスケジュールで寝不足している為に、時々意識が遠くなってしまうような疲労感はあるものの、ツアーそれ自体は順調である。まだまだカナダなので、どの会場も大入りの大人気者である。ボクの実感としては、まだまだツアーも序盤でズボンズのポテンシャルの100%を出しているとは言い難いけれど、それで気難しくなるどころか、オーディエンスの歓待がすべてを美しいものに変えてくれている。なので、今のところズボンズ7に対してオーディエンス10というポイント差である。これがその内にズ10vsオ8になり、一番良い時は20vs20くらいになるであろう。20、というのはバンドのポテンシャルの200%ということなので、これはまだ今のところボクにとっても未知の領域ではありますけれども。何にしても、まだまだ日程も3日しかこなしてなくて、9/30のFagoまで休み無くショウは続く訳である。(あと何日・・・なんて数えない!)

 Torontoのズボンズの後見人であるDan Burkeは、今回のライブを見て「DON、今晩は今までの中で一番素晴らしいセットだったぞ。色々あったことはオレも知っているが、お前もずいぶんハッピーでリラックスしてやるようになったなぁ。」と言っていた。そうかも知れない。「ハッピーでリラックス」しているということを、場合によっては表現者としてマイナスに捉える人間もいる。ロックというものは常に切羽詰っていて、刹那で性急な焦燥を持っていなければならない、という意見、それは正論である。ボクもロックというのはそのような音楽だと思う。しかし一方で人間は年を重ね、経験を経て、「生きていく」ことの複雑さ・不確かさと世界の広さ(つまりそれは自分の小ささである)を知る事になる。根源的な焦燥や不安を抱えている人間が年を重ね、大人になるということはどういうことか。社会的な安定を見つけることも出来ず、そうは言っても社会を敵に回して生きていくことが不可能なことが分かってしまっている人間は?

そのような傷付きやすいソフトで無垢な魂は、その核自体が強固で頑丈なものになっていくことは無さそうである。おそらく、それを覆うガーゼみたいなものが幾重にもなっていくだけである。ある人間はそれがあまりに分厚くなってしまい、その核が見えなくなってしまうかもしれない。それでもそれは中心に、そのままの形である。ならば、とボクは思うのだが、それをそのまま受け入れ、自分の感じていることをそのまま言葉にし、表現するしかない。それは一般的なイメージのタフなロックスターの態度ではないかも知れないし、また一方、別の典型的なイメージである、気難しく内気な人間でもない。人間は、かくも一面的な生き物ではない。その人間そのものとして、音楽を作り演奏することに喜びと救いを求めるしかない、というのが目下のボクの信条なのだと思う。

何もかにもが出揃ってしまっていて、飽和状態にある「ロックの世界」で、「何か」のようにならず「自分そのもの」でいるということは、実際にはとても難しいことである。何をやってもそれは何かのイメージをなぞっているに過ぎないように感じることもある。そこで本当に自分が行きたいと思う自分にとっての「約束の地」というものは、それが漠然とした抽象的なものであったとして、一体どういうものなのか、と考えることにしている。それは、きっとハッピーでリラックスした天国であろう。そこへ行き着く過程として、激しく焦燥を伴った表現をせざるを得ないかも知れないが、表現すること、そのスタイルそのものだけが重要ではない。無垢な魂を、それが安心して存在出来る場所へ返してやる、ということをやるのが音楽に限らずアート全般の使命なのだと信じる。年を重ね、経験を経ても尚、もしくはだからこそ、まだまだ見えないところが多い。このツアーでもまた何かを掴むことになるであろう。そしてそれは、またボクらを「また分からなくなってしまったなぁ」という思いへと連れていってしまうかもしれないが、そうなるしかないし、それで良いのだ。

 さて、ムー氏はカッコいいベルトを見つけて戻ってきた。今日もまた別の一日である。Have fun。
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by dn_nd | 2012-09-24 07:30

Z.N.A.T.2012#2「責任の所在。」
 Detroitから1時間ほどでカナダとの国境に到着。書類は揃っているし、問題無いのは分かっていても、入国審査は緊張してしまう。それでも、今回はほんの15分ほどの面接で難なく通してもらえて、かえって拍子抜けしてしまった。2005年にモントリオール方面からカナダ入りを拒否され、グレイハウンド・バスには先に行かれてしまったあの時の混乱は、もはや遠い昔の話である。あの時はマネージャーが(まだいたのだね、その頃は)入国に必要な書類を空港にて提出しなかった為に起こったトラブルだったのだが、結果的に再入国の手続きが出来るまでに5日もかかり、別の国境へと移動したり、連絡できる手段も電話しかなかったり(しかもその頃は英語も今よりも出来ない体たらくだった)で、かなり多くの人を巻き込み、心配をかけた事態になってしまった。マネージャーの不備が原因ではあったのだけれど、結局は自分達のことを他人まかせにしていたせいである。この経験からボクらは、自らのやらなければならないことに対しては、自らがすべての責任を背負わなければならない自覚を持ったと思う。結局、責任を誰かに押し付けたとしても、ショウが出来ないことによって一番ダメージを受けるのは(あらゆる意味でも)自分達だからである。こうして何度も海外ツアーを行っているので、まるでそれが当然続けられるような気もしてくるが、実際はその保障はまったく無い。そして、またやるのであれば、自分達がそれをやるための確固としたしたモチベーションを持っていなければならないし、自分達で計画を作り上げ、その活動・行動のすべての責任を取らなければならない。当たり前といえば、当たり前のことなのだけど、とかくミュージシャンというのは「音楽のことだけやっていれば良い」と本人も周囲も考えていて、甘やかせられてしまうものである。しかし、このような機会は、必ずしも誰もが得られるものではないのだし、その経験を通して成長するのは自分なのだということを忘れないようにしなければ、と思う。

 ともかく、無事にHamiltonに到着し、ラジオ出演を一本こなして今回の会場のThe Casbahへ。地元バンドの到着が遅れて、その機材を丸々借りるつもりであった我々はサウンドチェックも出来ず、ツアー初日の緊張感もあってか、ライブは突き抜けるところまではいけなかったように思うが、Hmiltonの人々は待ってたぜという感じで、散々に盛り上がっていてくれて、結果的には良かった。こちらでは会場にアンプなどの機材は一切置いてないので、機材のない我々はメインアクトながら弱い立場である。元々、「まぁHamiltonはどうにかなるだろう」と、少々高を括っていたようにも思う。海外ツアーの初日はサウンドチェックをやった方が良いことは、経験から分かっているはずなのに、やはりまだどこか隙があるのだ。とりあえず、明日のTorontoでは、もっとしっかりしなければ。(しかし、眠い。昨晩はHamiltonから終演後にTorontoまで移動。到着したのは午前3時で、寝たのは何時頃だったろう?ボクが起きたのは朝の8時だった。もっと睡眠が必要である)今日は今日で、何か起こるでしょうね、きっと。
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by dn_nd | 2012-09-21 22:54

Z.N.A.T2012(Zoobombs North American Tour)#1 マクドナルドのゴスペルソング。
 昨日の午後にアメリカ・デトロイトに無事に到着した。首都高速が予想外の大渋滞で、空港に着いたのが離陸40分前だったのだけど、どうにか飛行機にも乗れて、無理だと言われた荷物も問題なく着いたので一安心。日本からの離陸だったから良かった。これが海外であったならば、先日のエールフランスのストライキ時に多くの乗客が飛行機に乗れなかったように、きっとにべもなく断られたに違いない。こういうところは、さすが日本人、お客を大事にするという意味では世界最高のサービスを誇って良いと思った。がしかし、こういう気の配り「過ぎる」という性質が、日本人を若干窮屈なところに追いやっているのもまた同じカードの裏表なので、なかなか難しいものである。

 殊にボクらのようにミュージシャンとして自分を解放したり、クリエイティビティを爆発させるということを日常の中でも必要としている者にとっては、特にそうで、日本人の美点である「やさしい気遣い」というものが「他人の目を気にする」に変化してしまうと、自己信頼「これで良いのだ」という態度を外部にとることだけでも、一つの戦いのようになってくる。日本の中にいるだけならば、その環境に適応しなければならないのだろうけれど、こうして海外へと出てきて、「日本人の美点は、やさしい気遣いだ」と、どうロックする行為が繋がるのか。いやはや。

 一方では、こんなことがあった。デトロイト空港に着き、ツアーを回るワゴンを調達し、さてインターネットの野良電波(WiFiのことです)をキャッチする為にマクドナルドへ行こうということになった。とりあえずソフトクリームでしょう、と云うことで(何故かね)米ドルを持っていたボクがメンバーへの労いも兼ねて買いにいくことに。このところの押しのメニューに、ヴァニラのソフトクリームのクリーム部にチョコレートコーティングしたものが広告に出ていたので、それはいくらか?とカウンターのスラリとした黒人のお姉さんに尋ると、6.36ドルだという。小銭を使いたかったボクは、足りなかったのでチョココーティング無しならばいくらかと尋ねると4.24ドルだという。ちょうどそれくらいが財布にあったので、ではそれを下さいというと、「OK。でもせっかくだからチョココーティングはサービスしてあげるわよ。」ということで、ただのソフトクリーム(現地ではヴァニラツイスト)の金額でチョコ付きにしてくれた。嬉しい。がしかし、世界のマクドナルドのチェーンが、こんな大雑把なやり方で良いのだろうか?と思っていると、お姉さんは一個ソフトクリーム作りに失敗してしまい、それをカップに入れて「これも食べない?どうせゴミになっちゃうんだから」と合計5個のチョコ付きソフトをくれた。

 もちろん、お姉さんは店長でも何でもない只のパートタイマーである。このようなことは日本のマクドナルドでは決して起こることはないであろう。(スターバックスなどで時々、注文を間違えて作ったものをドバッと捨てているときがある。あれはちょっと悲しい)成田空港で遇した出来事とも相まって、むぅと考えてしまった。物の良し悪しの問題ではない。環境における人間の在り方の違いなのである。ボクが「これがボクらにとって今日一番のハッピーな出来事です。たった今日本からアメリカに、デトロイトに着いたばかりなんです。」と言うと、お姉さんは営業外の大きなスマイルで「それは良かった。デトロイトへようこそ。」と言ってくれた。おそらくこういうことも日本のマクドナルドで求めるのは難しいことだと思う。

 店内はBGMも無く、お客と店員のやりとりだけが聞こえてくる。その内歌声が聴こえ始める。"ハレルヤ~"と、それはゴスペルソングだった。昼下がりのマクドナルドで、ゴスペルソングを店員が口ずさんでいるのを耳にすることは、やはり日本では考えられないであろう。(ゴスペルであれ、歌謡曲であれ、どんな曲でも大声で歌う店員はいない)

 さて、ボクらはアメリカに着いたのだなと実感する。今は午前3時半。昨晩の飛行機でもほとんど一睡も出来なかったのに、寝たと思ったら3時間で目が覚めてしまった。まいったな、と思いながらこれを書いている。今日はここからカナダのHamiltonという街に移動してツアーがスタートする。いや、もうスタートしているのだ。
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by dn_nd | 2012-09-20 18:02

2012年、アメリカ出発の朝。
 結局、出国当日の朝になってしまった。オーストラリアから帰国して、本格的なU.S.visa取得騒動が始まって、ようやく手に入れることが出来たのは、実に昨日の話なのである。その間のほぼ3週間は身も心も、ほとんどそれにかかりっきりになってしまっていた。ともかく、取れたところで、そこはゴールではなく、まだスタートラインにすら立っていないという状況なのである。これから荷物をパッキングして(今度は飛行機にどれだけ荷物を預けれるか、という関門が待っている)、アメリカ到着後に車を借りて(スペアタイヤの場所を確認、と)、カナダの国境を越えて(えーと、カナダ用の申請書類は揃っていたっけな)・・・・と心躍るプロセスを経て、初日を迎えることになる。こういうことをコーディネーターとか代理店とかにやってもらうのが普通なのだろうが(そもそもvisa申請などは、ほとんど弁護士事務所の仕事である)、ズボンズの場合はボクとマッタちゃんとでやる。そうして、現地についてからのインディアナ・ジョーンズ的な冒険は、4人でシェアである。とりあえず、ここまでの道程で、随分勉強になった。これを身体と心に記憶して、次回に役立てることが出来れば良いのだけど、きっと一年もたつと(visaは一年で失効する)、暑さ寒さも忘れてしまうのだろう。それだけ一年という長さの中で起こることは多彩な訳ですけれど。

 今回のツアーは6週間で大体40本のショウ、つまり東部から西海岸へ抜けるロッキー山脈越えの二日間のドライブ以外は毎日ライブをやることになっている。またしても過去の自己最高記録を更新する日々になるのであろう、きっと。良く思うのだけど、ボクらはいつまでやるのでしょうね。みなさん、ズボンズの無事を祈っていてください。
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by dn_nd | 2012-09-19 07:43

結果オーライ。
 そもそも、そうするつもりではなかったのだ。日曜日にリハーサルが入っていて、その為の準備をしていた。ズボンズは従来ある曲の演奏の練習をするバンドではない。(久しぶりにやる曲であっても、ほとんどはライブ当日のサウンドチェック時に「確認だけ」やってしまう。常に揺るぎなき本番主義なのである)なのでリハーサルに入るとなると、何をやるか考えなければならない。今回一つはオーストラリアツアー中気になっていたRolling Stonesの"Summer Romance"という曲のリズムについての解体と検証(これがまたドラム単体でやると実に変なリズムなのに、ベースが絡むとそれがまた・・・・とまぁ、マニアの話なのですけれど)、アフリカ的大地のパーカッション感覚を加えたシャッフルのリズムでのドラムパターン、更にそれをリピートすることでのサイケな酩酊感etcと、いくつかアイデアがあったので、ちょっとシンセサイザーを入れてみようと思い、ズボンズのエンジニア兼DON Matsuo Groupのシンセ担当三木くんに「こんばんは、三木くん。明日ズボンズが2pmからリハに入るのだけど、時間あったら一緒にどう?」とメールしたのであった。三木くんからの返事は「是非行かせていただきます!」というものだったのだが、最後に「これはリハであって録音ではないですよね?」という一行が加えられていた。ボク自身はレコーディングすることなどほとんど考えていなかったのだけれど、そう書かれてくると「そうか、録音ねぇ・・・。」とその可能性を検討し始めることになる。そもそも何も確実に必要性のあるリハーサルをやる訳ではないのだ。三木くんが来るのだったら、シンセでもProtoolsでも同じようなものじゃないか・・・、ということで「明日はレコーディング」とすることにした。人生はどのように転がっていくのか、サッパリ分からないものである。

 さて、特に新曲を用意してた訳ではないのだが、例によって「ギターを弾き始めた瞬間からが、曲のスタート」というやり方で、結果的に6曲の新曲が録音されることになる。EPでも作ってしまえそうなくらいだ。昨日にはまったく想像だにしてなかったことだが、誰かのちょっとした(しかも本人にもそれ程意志のあるものではなく付け加え的にやる)示唆や提案や感想から始まって、そこを分岐点として思いも寄らなかった方向へと現実はシフトしてしまう。最終的に結果オーライと出来るかどうかである。ボクは、とても得した気分なのであった。
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by dn_nd | 2012-09-03 06:55
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