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Z.N.A.T.2012#15「テキサス to サウス。」
 テキサス・サーキットを終えて、テネシー州、ジョージア州とアメリカ南部サーキットへと移行した。ツアーも残り2週間といったところである。

 盛り上がったAustinでのショウの翌日のDallasでは、ついうっかりとひどいライブをやってしまった。これに関しては、ボク自身の睡眠不足やら、ツアー続きの中での集中力の低下など、原因は入り組んでいるのだけれど、結果的に大きな気付きをもたらしたように感じる。いま少しの内的省察が必要に思うので、いずれまとめて書こうかと思う。

 テキサス最終日のSan Antonioは前座がヘヴィ・メタルのバンドと電子ピアノを持ち込んでの現代音楽家の演奏(もうひとつ、Hip Hopのアクトはキャンセルだった)という目茶苦茶なブッキングの上、プロモーションもされていなかった為に、ガランとしたフロアに向かって演奏しなければならなかったけれど、偶然見に来てくれていたオジサンに「自分はThe Velvet UndergroundとJames BrownとRoyal Trux(!!)がフェイヴァリットなのだけど、お前達はオレにとって夢のようなバンドだ。絶対にやり続けてくれ。諦めないでくれ。」との賛辞をいただいた。来た甲斐あったように思う。San Antonioはテキサスでも南に位置する街で、どうしてか南の街では、タバコではないハッパや白い粉などが出てくる。メキシコとの国境が近いからでしょうかね。ボクはテキーラを飲み過ぎてしまった。

 テキサスを出てテネシー州Memphisへと向かう。テキサスというのは「アメリカの中の不思議な国」のようなものなので、あぁまたアメリカに(文明社会に)戻ってきたのだなという、何故だかちょっとした寂しさを覚えるが、これからは南部からオハイオを経て東海岸を北上していくことになる。気持ちを切り替えなければならない。

 宿泊している客のほとんどが黒人客なので、南部だなと思う。そうして、このような街では白人しか見ないエリアよりも黒人の多いエリアの方に安価で美味しいレストランも多い。Memphis、Atlantaでとても美味しいソウル・フードを食べた。(OXテールの煮込み、ブラックアイドピーズ、インゲン、キャベツのクタクタ煮、コーンブレッドetc,etc,)Dalls以降、演奏も快調である。もう目をつぶってても出来る感じだ。しかしこれは一方では新鮮味を失ってしまい、自分で自分を演じ始めるというカッコ悪いところに納まってしまう可能性があるので気をつけなければならない。演奏するには新鮮さが必要である。一口食べて「これはうまい」とハッとさせる何かを常に持ち続けなければならないということである。安定は、ギリギリのところで、ギリギリ保つこと。

 明日はオハイオ州。総走行距離は17000kmへと近づいている。東京からイタリア・ローマまでの直線距離よりも長い。そうして、残りの日程も、走り続けである。がんばろう。
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by dn_nd | 2012-10-18 16:22

Z.N.A.T.2012#14「C'mon, yo all!!テキサスです。」
 El Paso~Houstonという12時間のドライブを経て、今晩はAustin。ショウを終えて会場を後にしたのが2時、ホテルに着き、さぁ寝るかとベッドに入ったのが午前4時のことだった。今は6時。どうもここのところ不眠なのである。昨日は読みかけのPaul Austerを完読してしまったが、今は英語の本を読むには頭が朦朧とし過ぎているので、これを書いている。思うのだが、ご飯を良く食べ、どこででも眠れるという人間こそが長生きするのではないか。ボクは、一見健康で元気だと思われているが、ものすごく小食(甘い物は、食べる)だし、このように睡眠にも非常に神経質なので、どうも長生き出来ないのではないかと、時々感じる。

 それはともかく、睡眠をとらないことで一番困るのは、身体のメンテナンスが出来ないということだ。いくら脳や精神がふんばんって起きていられるにしても、身体の方は、やはり、睡眠している時間にこそ回復する。身体が弱ってくれば、いくら大層な脳や精神を持ってしても、ベストのパフォーマンスから遠ざかってしまう。あと、ボクはヴォーカリストでもあるので、身体のメンテナンスは、何よりも最優先事項なのである。ヴォーカリストというものは、他のどのメンバーとも違う。それは、身体そのものが楽器である、ということだ。ギターであれば、それを良い状態で保つ為に、磨いてあげたり、電気部分を整えてあげたり、弦を変えたりと調整する。また、万が一壊れた場合であっても(今回のように)買い換えたりすることで、どうにかやり続けることは可能だ。しかし、自分の身体そのものが楽器だということになると、一度壊れた喉を元に戻すには歌わないでいるしかない(それも数日はかかる)が、こう毎日毎日ショウが続いているツアーの中では、それもかなわないことなので、とにかく痛めないように最善を尽くすしかないのである。その為に発声に気をつけたり、乾燥に気を払ったり、やることは多いのだけれど、睡眠している間の回復というものが一番大事なのである。しかし、眠れない。むむ。

 ところでツアーの方は、とうとう半分の日程を終え、走行距離も13000kmを超え、中西部Texsasへと突入した。Texsasという州は、アメリカの中でも特異な場所である。ある意味では古いアメリカと言っても良い。その意味で、一番興味深い場所であると同時に、一番危険も多い場所ということになるだろう。今回初めてとなるHoustonは、Texsasの中でも南に位置する都市である。以前ViceのYoutube番組で「HoustonのHip Hopシーンの今」みたいなドキュメントを見ていて、実にヤバそうなとこだったので、戦々恐々として乗り込んだのである。そして会場となるSuper Happy Fun Houseは(すごい名称でしょう?)、おそらく元々劇場だったのを改造して、壁に大きくManga(マンガ)を描き、エントランスにぬいぐるみやら古着やらガラクタやらを無造作に配置してある、その名の通りのハコであった。El Pasoから12時間ぶっ飛ばしてきたボクらは、まさに不思議の国のアリスみたいな状態だったのである。そしてそこで、オープニングをやってくれた10代の(高校生か?)バンドと、その仲間達を相手に本気ライブをやって、大絶賛されたものである。

 翌日は、地元の人お勧めのメキシカン・レストランに行って(もうアメリカの南側に来たら、ハンバーガーかBBQかメキシカンしかない)、お腹ギューギューにトルティーヤと豆とメキシカンライスを詰め込んで、切れそうなストラップを買いに(+Houstonの街を見たかった。本当にヤバイのか)楽器店へ。ストラップを一生懸命見ているのが伝わったのか、お爺さん店員のJimmyが「もし興味あるならヴィンテージのストラップを見るかい?」と、店の奥から紙袋に入った古いストラップを引っ張り出してきてくれた。その中にとても良いものがあったので(というより、どれもとても良かったのだが)、これとこれは幾らなのかと聞くと、店長は「タダで良いから持って行け」という。余りこのとに驚いていると、「こいつらは、見せてみて、どうしてもコレが欲しいという人間が現れたらプレゼントしようと思っていたんだ。どっちにしろ、元々古いものだし、これに値段をつけて売るなんて、フェアな話じゃないのでね。」と、まったくクールな顔をして言うのである。まいった。これぞ男、これぞテキサスではないか。

 という訳で、Houstonから運命的にボクの元にくることになったストラップをつけて、今晩はAustin。もちろん、会場のみんなに(バーテンも、ウェイトレスも、ドアマンも)大絶賛されるショウをやったのでした。しかし、疲れたな。そろそろ眠れれば良いのだけれど。
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by dn_nd | 2012-10-13 20:57

Z.N.A.T.2012#13「西海岸を終えて。」
 アリゾナ州・Scottsdaleでのショウが終わった。今は現地時間午後11時30分である。元々はPhenixでのショウの日だったのだが、現地ブッキングエージェントの怠慢でキャンセルとなってしまい、しかし急遽新たに(前日になって)ブッキングし直されたのである。当然、お客は少ないのだが、ここアリゾナにも隠れてずっとズボンズを聴いていたというマニアがいて、ほとんど彼の為にショウをやったようなものであった。しかし、実際にやってみると、そこにいる全ての人が絶賛してくれるし、アルコールは振舞われるしで、まぁ、気分は上々である。

 西海岸に入り、ツアーはクレイジーさを増している。ポートランドでのライブは、思わずパンツを下ろしてしまった女性が出るほどの盛り上がりだったし、サンフランシスコ・バークレイでは、やはりズボンズ・マニアの夫婦に美味しいビールやらマルゲリータやらワインやらを振舞われ、しかもAll Agedショウで、見に来ていた12歳の男の子に絶賛されたりして楽しい思いをした。L.A.ではプロモーション不足でお客は少なかったものの、旧友達やレーベルの女社長と会い(やはり絶賛され)、San Diegoでは余りに興奮し過ぎたバーのオーナーに何杯もの(何杯だったのか??)強いテキーラベース、ウォッカベースのカクテルを飲まされ(若しくは、進んで飲み)終演後は立てないほどであった。ライブは至極上手くいっていると言って良い。以前と違うのは、メンバー皆が、進んで現地の人々とコミュニケーションしようとしていたり、英語に臆する場面が減ったことであろう。CDもTシャツも、良く売れている。問題は、少々飲みが行き過ぎているところであろうか。はは。

 色々と考えている事はあるのだけれど、それを文章に起こすことが出来ないのが現状である。(飲み過ぎなのだ)そこで思いついたことを、その場で残していかなければ、それはあぶくのように消えていってしまうのだけど、どうにも出来ない。

 兎にも角にも、明日からズボンズはテキサス・サーキットに突入である。考えてみれば、ようやくツアーの半分の日程が終了したことになる。言い換えると、まだ半分しか終わっていないということだ。このまま飲み続けると、ボクらはどうなってしまうのだろう??その意味でも、今までのツアーとは大分違うものである。むむ。
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by dn_nd | 2012-10-10 15:52

Z.N.A.T.2012#12「memo」
 "Out of Town"というフレーズを思いついたとする。アメリカに於いて、「街を出る」というのは、そのままの意味を持つ。街を出て、知らない場所へ行き、違う自分として生きるという意味である。生まれた街でウンザリさせられて、どうしてもオレはそこを出て行って、自分を試すのだ、というイメージもある。アメリカのような広大な国で、それは可能なように思えるし、アイダホの真ん中でガソリンを入れていたりすると、街を出て行きたいと思う感じをリアルなものとして実感もする。しかし、そのようなフィーリングはアメリカ人でないボクらも感じるものである。しかし、実際に"Out of Town"と口にしてみても(または書いてみても)そんなものはまったく日本の中ではリアリティがないと笑われてしまいそうである。日本には日本のリアリティがあり、それを書くべきである、と。それでも、ボクらは自分の目に見える世界にのみ生きているわけではない。「街を出て行く~Out of Town」とは、心の叫びであり、それ以外に表現しようのないものでもある。ならば、それを書けばいいじゃないかと、そう思うのである。何事も吐き出されなければない。そこに嘘偽りがなければ、例えそれが間違ったことであっても、輝きがあるのだ。(Portland終演後にて)
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by dn_nd | 2012-10-09 02:56

Z.N.A.T.2012#11「空間の作用。」
 シアトルでのショウは、予想通りコネクション的に100%スムーズなものではなかったけれど、こういう、幾分不勝手な状況を経ることによって、より前進することが出来るとも言えるので、避けられないものである。それにしても、メインアクトとしてやっていると、場合によっては平日でもショウのスタートが12時をとっくに回ってしまう時もままあって、お客さんが帰ってしまうこともあるし、そうでなくとも明日の仕事は大丈夫かしら、とか、帰りのトランスポートはとか色々考えてしまう。それでも結構な数の人が残ってくれていることもあるので、その辺の余裕の感覚が日本人とは大分違うということなのだろう。

 シアトルから西海岸を南下して、ポートランドへ向かう。つい数日前まで中部を回り、それに慣れてきていたボクらにとって、西海岸はまったく別の国に来たようなもので、今度はそちらに慣れるのに時間がかかってしまうことになる。これがまたテキサスなどの中西部に来るとまた違うものになるのだけれど、特に西海岸とNYCを含む東部は、アメリカの中でも都会的というか、人懐っこい感じが薄くなる。そうなると、バンドの感じはどうなるのかと言うと、なかなか一口では言い難いが、やはり都会の方がピカピカの機材を持っていたり、業界でのサクセスというものを強く求めているバンドが多いように見えるが、音楽的に面白いかどうかは、また別の問題である。むしろ、好き勝手やっている地方都市の方が面白いのではなかろうか。とは言っても、アメリカ人はどこにいても好き勝手やっているので、どんなものがあっても、それはその人が求めるものであり、ヴァリエーションの一つである。そういう意味では、日本のように皆が似たような感じになってしまうというのは、個人の能力の発芽や、より面白いものを創っていきたいという音楽的見地に立つと、まるで良いことではない。とりあえず、悪いことは言わないから海外での経験を(自腹切ってでも)やるべきなのだと、ボクは思う。(だって、たかが10万~20万くらいの出費ではないか。そこから得るもの、そしてそれによって現状を変える為の力になるのだとしたら、全然大した出費ではないではないか。)いずれにしても、日本は変わらなければならない。何故ならば、面白くないからである。むむ。

 ポートランド、East Endにて、美味しいバンド・フードをいただいて(ボクはブルーチーズ・ハンバーガー)美味しい地元ビールを飲み、大音量でかっこいい音楽を聴いていると、最初のバンドが始まった。ロックンロールである(今はストゥージーズのTVアイのカヴァーをやっている)。そして、DJはドゥー・ワップをかける。そろそろショウタイムである。
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by dn_nd | 2012-10-09 02:48

Z.N.A.T.2012#10「ロッキー山脈の幻惑。」
カナダ・ヴァンクーヴァーのショウが、クラブのオーナーのバースデイパーティーをやるので、というなんとも「?」な理由でキャンセルとなってしまったので3日も空いてしまい、せっかく11日間かけて築き上げたバンドのフォーメーションもまた一からやり直しになってしまった。結局、合間に突っ込める可能性のあったMissoulaでのショウもパスとなって、一路シアトルまでやってきたのである。

 シアトルまでの道は、ロッキー山脈の山越えで、かなりプリミティブな山道である。左手に湖を眺めながら走っていると、湖上で釣りをしているらしき小船を見かけ、彼らの想像できない生活と、世界中に存在しているであろう数多くのヴァリエーションを思うと、自分という存在感が揺らいでしまう。まだプレイし続けている状態ならば、もっとソリッドでいられるのだが、ちょっと休みすぎたのだろう。そもそも、この道中は長く同じような「世界の終わり」的光景が続くので、幻想を見やすいのである。最初の(98年)アメリカツアーのときにボクはストーンズのマネージャーとなって、どうやったらビル・ワイマンをバンドに引き戻せるだろうかという想像と夢とが混在した幻を見ていた。今回も「人間の、自分の能力を最大限発揮出来る状態というものは、もしかしたら、もうすぐ死ぬということが分かっているときかも知れない。」という幻想を見ていた。(今となって思うと、何のことだかサッパリ分からない)

 シアトルの今晩のヴェニューThe Funhouseは二度目なので、暖かく迎えてくれる。(しかし残念ながら今月いっぱいでクローズするそうだ)出演は2ガールズバンド(ひとつはオールブラックである)を含む4バンド。きっと3日間のブランクがバンドのコンディションを悪くしているであろう。ボクのやるべきことは、それをあらかじめ分かりつつ、どうにか良い状態を思い出すことである。うまく「音楽さん」が来て遊んでくれると良いのだが。皆の期待も高いようなので、どうにかがんばらなければ、と出番を待っているところなのです。
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by dn_nd | 2012-10-09 02:42

Z.N.A.T.2012#9「アイオワ~インディアナ~ミネソタ~ノース・ダコタ。」
 IndianapolisでHillbilly Hourでのバンドでキーボードをプレイしていたおじさんがとても良い感じだったので話しかけてみると、もう50年もやっていると言う。60代後半か、70近い年齢なのだろう。バンドのドラマーに、お前さんはちょっとラウド過ぎるな、なんて言っていたのだが、それは孫なのだそうだ。こういうナチュラルなミュージシャンが、こちらには、まぁ普通に沢山いる。

 同じくIndianapolisでのライブ後、人は少なかったものの(午前2時を回っていた)、みんながあまりに盛り上がっていて、こちらにはまったく出所の分からないお酒がみんなに振舞われ、乾杯する。ウィスキーはなみなみと。ビールも、いくらでも。バーカウンターのお姉さんに「今度ズボンズはいつ帰ってきたらいいかな?」と聞くと、「明日!!」と言ってくれた。なんとも来た甲斐のあるレスポンスである。

 ほとんど寝れないまま翌日はMineapois(また別のポリス、ね)まで10時間の(実質は11時間)強行ドライブ。この時点でショウは10日間続いており、ムー氏の報告によると、走行距離も5000kmを超えているとのこと。前回のツアーの総走行距離が16000kmくらいだったことを考えると、まだ4分の一の行程も終わっていないにしては、随分移動していることになる。もちろん、それに比例するように疲れも蓄積されていっている。悪いマイレッジが溜まるように。

 さすがに疲れすぎていたのか、Mineapolis/St PaulのショウではPittがミステイクをし(というのは、キックドラムの皮が破れてしまったのである。そうして、それを交換するために音楽を中断し、結果として「音楽さん」はその合間にどこかへと姿をくらましてしまって、帰って来なかった。残念である。ボクとしては、その場での緊急かつ迅速な応急措置を取り、何食わぬ顔をしてやり続けることが出来なければならない、それがズボンズの鉄則なのである。なのでPittは散々怒られてしまうことになったが、普通のバンドならば、交換が当たり前であろう。しかし残念ながら?Pittはズボンズのメンバーであって、それはつまり普通にしてて良いということではないのである。)、最終的に気の抜けたビールのようなものになってしまった。まだまだ腹の据わり方が甘い、ということなのだが、彼の年齢を考えると、しょうがないとも言える。ボク自身のその頃は、もっと甘いところがあったのだし。

 そうは言っても、やはり「今」というところで同じ視点の高さで話すことしか出来ないようにも思う。というのも、アメリカを、その全ての街を、このように演奏して回るという経験が、また次もあるし、いつでも出来るのだ、という考えは持てないからである。この街で演奏するのが、これで最後かも知れない。そのように考えるならば、ミュージシャンとしては、どのような状態であっても自分達の最良のものを残していきたい、と望む。人間だからUP&DOWNはあるものだ、という実際を分かった上で、無理であったとしても、そう望むのは、ミュージシャンの生理であろう。人生そんなに重く考えなくても良いじゃないか、とは一方では思うが、ミュージシャンとして果たしたい動機は、それを受け入れない。難しいところである。(もちろん、Pittくんも、最大限の努力をしてもいるのだし。)

 その夜は、前々回のツアーの時に知り合った、ミネソタ在住日本人デュオThe Birthday Suitsのヒデオくん宅に宿泊。彼はこちらでミネソタ・ガールと結婚し、なんと持ち家まである。(しかも、とてもきれいでナイスな家である。)翌日は彼に地元の楽器屋や服屋に連れて行ってもらい、一緒に今晩の街Fagoへ。今晩も共演なのである。ヒデオくんは渡米して21年、ドラマーのマシュウ(日本人だが)は15年経つと言う。二人とも一般の学生同様、ほとんど英語が出来ないレベルで渡米し、色々と大変な思いを経て、こちらで暮らしている。それだけ、やはり、タフで伸び伸びとしたところがあるように見える。「タフで伸び伸び」ということを、やたらと感じるのは、それが日本で一番出来ない(やらなくても良い・やってはイケナイ)ことだからであろう。

 昨晩の反省もあったからか、もしくは前の晩に良く休めたからか、はたまた明日休みなんだよなという思いからか、Fagoでのライブはとても良かった。来ていたお客のほとんどに「また来てくれ」と声をかけられたように思う。ウィスキーは、やはり、なみなみであった。ここで、11日間続いたツアーの第一幕が終了。明日から、ロッキー山脈を越える為の二日間ぶっ通しのドライブを経て、西海岸へと向かう。そこはまた違う国である。

 今は途中の街モンタナ州・Missoulaにいる。大きな新刊・中古の書店の中に設置された広い空間の気持ちの良いカフェである。ボクはまだ翻訳されていないポール・オースター、ジェイムズ・ジョイス、エドガー・アラン・ポウのペーパーバックを購入。(マッタちゃんはランチ・レディというコミックを数冊。普段は学食で働いているおばさんが、悪と戦うときに変身して・・・というストーリーだそう。面白そうだ。)ムー氏&Pittくんは、それぞれの仕事をやっているようである。まるで日本と繋がりのない場所。ここで展開している世界は、ただボクらに見えているものでしかない。
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by dn_nd | 2012-10-04 07:07
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