ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
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ドン・マツオの進む道(の先)。
 バタバタと4月に入った。年明けから(突然に)ソロアルバムを作り始め、3月に11カ所のソロツアーをやった。その間、ボクも45歳になった。そのせいかも知れないし、アルバムの制作からツアーを終えるまでが非常に短期間だったため創作(すること)に集中出来たせいかも知れないけれど、先週東京でランドルフ名義での二本ライブをやるときには、ボクのやりたい/やるべきことは、かなり明確になった。人生は、どのタイミングでそのような「気付き」があるのかが分からないというのが、時としてやっかいを巻き起こす。特にボクのような「まぁ、何でも良いからとりあえずスタートしよう」という先行きを考えることの出来ない人間には尚更に。

 ソロツアーはいつものように各地現地の若手(あるいは中ベテランの)ミュージシャンにバックを努めてもらって、「一夜限定のバンド」となって演奏となるのだが、おそらくこのような演奏形態でのツアーをやっているミュージシャンは日本ではボク以外にはいないのではないかと思う。(アメリカでは、もちろんいる。チャック・ベリー。今もそうかどうか分からないけれども)それでも長年やっているので、このやり方も現地の皆んなに「まぁ、そうなのか」という形で受け入れられてきていて、各地どのライブもとても実り多いものだった。一期一会というのはどうも使い尽くされていて好きな表現ではないのだけれど、「この時だけ」という差し迫った緊張感が上手に「楽しさ」に昇華した時に、お客さんへしっかり感染する良いライブになる。そこには正直なリアルさがあるからだろう。ともかく、遅くなったけど、メンバーそしてお客さんも皆さんどうもありがとうございました。

 ボク自身にとって音楽することの何が一番素晴らしいかと言うと、やはり何人かのメンバーで演奏することを通して、言葉や、あるいは育ちや、あるいは思想を超えた深いコミュニケーションを取る事に(不可避に)なるところであろう。ライブは始まってしまえば、巨石が坂の上から転がり落ちるが如くノンストップで時間がビュンビュン過ぎて行く。しかも、やる曲が誰にとっても手慣れた曲ではなく、ただ演奏するだけで相当の集中が必要な上に、ステージ上ではそこでその場で増幅していくエネルギーが次の方向性/やるべきことを要求してくる。それをボクが/バンドが感知して、やったことのない領域にグイグイ入り込んで行かなければならない。それは大まかな地図しか持たずにジャングルの中を神殿のあるゴール目指して進むのと同じ行為であるのではないかと思う。そしてそれは、長年やっているボクにとっても未だに掛け値無く「楽しい」行為である。自らの内包する、場合によっては今まで開けたことの無い部屋に静かにストックされていたエネルギーを大きく開放することになる。ワォ、なんて大きなエネルギーが眠っていたのか!そうして最後には「部屋」がすっかり開放されてしまったのを感じる。虚脱感もあり、一方ではすっかり風通しされてスッキリした気分でもある。それは、まったく元の自分とは違う者になったような気すらする。

 どのミュージシャンも同じような感覚を持つのかどうかは知らない。おそらくボクは、そうすることに長けているのは間違いないと思う。だからこそ、ボク自身が音楽活動をやる理由は、この得意/特異な能力を追求することしかないと、アルバム制作とツアーを通して、今は確信している。更に、自分のこの能力を発動する為のトリガーになるのはどうあってもズボンズの曲なのだなぁ、という避けられない事実もハッキリしてしまった。Highway A Go Goをやるとき、Mo' Funkyをやるとき、は他のどの曲をやるときよりも高いエネルギーを引き出すことが出来る。自分からも、バンドからも。ただ長くやってきた、ということもあるかも知れない。でもそれだけではない、自分自身に完璧にカスタマイズされた「エネルギー発動装置」とも言うべき、もしくは封印を破る「呪文」の如きもののようにも感じる。そう、確かにボクはこれを長くやってきた。そうして、自分が音楽を続けるということは、これからもこれらをやり続けなければならないのだと自覚したのである。そこをベースにして、新しいものを取り込み、創作していく。その新しいものは旧い曲群にフィードバックし影響を与え、フォーマットそのものが次第に変化していくことになるであろう。やり続けることで、新しいものにし続けるということだ。

 人は年を取る。それは、あるポイントまでは上昇することを意味するが、それ以降は肉体的に・能力的に下降することを意味することになる。しかしそれはただの下降ではない。学んできたもの、経験した物事、これら「時間」を経ないことには獲得出来ない数多くの要素が、肉体的な下降を十分に補い、より個性の強い、より多くを内包した創作を続けることが可能だと信じている。(実際、本当はこのようなことについて、つまり「年齢を重ねる」ことと「己自身の創作に関する満足・不安・欲求」について、ボクはキース・リチャーズやボブ・ディランやカエターノ・ヴェローゾに直に尋ねてみたいのだ。あぁ!まだボクの分からないことは本当に沢山ある。)作家とも画家とも違って、Rock'n'Rollはあくまでフィジカルな要素がとても大きい行為である。それでも尚、「渋く」なることなく「輝くような」音楽を作り続けたい、というのがボクの欲求である。若さを拠り所にするのではなく(出来ない)全てを抱えたままに、である。「いつまでも若く」というのは、容姿や体力のことではない。魂のことだと信じている。

 さてさて、そのような夢のようなことが可能かどうかは分からないけれど、ハッキリしていることは一つ。自分は「ズボンズ」の音楽をやることで能力を大きく発揮出来るならば、それをやるしかないであろうということだ。自分の積み重ねてきた音楽、「ズボンズ」をやり続けるしかないということだ。それはランドルフでは出来ないことであった。少し回り道をしてしまったが、ボクの確信(と諦め)はこうなのだ。夢は、見続けなければならない。

 という訳で、ランドルフは活動を終了し、結局は「ズボンズ」をやっていくのだと思っている。とは言え、すぐにズボンズを再建することも難しいので、当分はソロ+様々なメンバーという形で実験的に演奏を続けることにする。(ソロならば、何をやっても良いのだし。何と言っても、まぁ、ボクの作った曲群なのだからして)当面は"DON Matsuo Magic Mountain"で良い。しかし、その視線の先には「ズボンズ」が控えている。早い時間でまっすぐにそこに移行出来るかも知れないし、またフラフラと迷走することもあるかも知れない。(ありそうにも思う。神様、助けてください)時が来たらまた「ズボンズ」を名乗ることになるだろう。ともかくボクのディレクションはハッキリ定まった、とここに宣言したい。これからどう活動していくにせよ、それはズボンズの再編の為に。ボクは人生を賭けてやることになる。
 
 皆さん、これからもよろしくお願いします。どうもありがとう。

 DON
 
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by dn_nd | 2014-04-04 11:35
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