ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
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一小隊に与えられたオペレーション。 Zoobombs Re-Boot Tour#3
ケベック州モントリオールにてショウの日。

海外ツアーも三日目になると、身体も心もすっかりモードが「それ」になっていることに気付く。プロビー(見習い)のマッチに言った大事なアドヴァイスは、しっかり身体を使って演奏しろということ。その他にも沢山の厳しい助言をするのだが、その度に止めていった若いメンバー達の顔を思い出す。もっと優しく接するべきだし、そうするつもりでもあったのだが、出来ない。我ながら、いきなりとことん厳しいことを言っている。しかし、ツアーは始まっていて、音楽は猶予を与えてくれないのである。23歳の小さな彼女だが、どうにかこれを越えていって欲しいものだと思う。得るものは、とても大きいものであるのは間違いない。

まるでツアーとは、一小隊に与えられたオペレーションのようなものである(もちろん、軍隊ほどキツくも大変でもないのだけれども)。食べれる時に必要なだけを食べ、休める時に休み、現場やラジオから聴こえてくる音楽や現地の人々の雰囲気を感じ、耳を澄ます。そこに何か演奏のヒントとなるものがないかと集中している。最終的には演奏するそのステージで最大限のエネルギーが放射されるように、1日の行動の全てを管理しなければならない。ミッション完了。オーヴァー。

モントリオールの会場L'ESCOは今回初となるヴェニューで、以前日本でも一緒にやったケベック・シティのOromocto Diamondのアルバムリリースを兼ねたショウであった。彼ら二人は相変わらずで、何を言っているのかは分からないが(フランス語なので)客を煽り、乗せ、大いに歓声を浴びていた。DJは60年代R&Bやガレージロックを流し雰囲気も良い。
ズボンズのライブは、前日よりも更に良いものになってきた。演奏はより肉体性を持ち、突発的に発生するフリーゾーンに入り込んでも対応し、より高い所へと音楽を導いていく。会場のは小さくもあったが大勢のお客さんでクレイジーな状態になっていた。(宙を舞っている人間もいれば、ステージに倒れ込んでくる人もいる) こうでなければ。

可愛い子には旅をさせよの格言に従って、マッチはOromokuto DiamondのSamの車に乗せて一足先にQuebec Cityに移動してもらうことにした。英語もほとんど喋れない彼女だが、コミュニケーションを学ぶことが必要である。頑張れ。残りの一行はモーテルへ。到着は午前3時、就寝は4時。本日の作戦は成功。
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# by dn_nd | 2015-04-26 23:01 | Tour日記

随分助かっている。ZOOBOMBS RE-BOOT CANADA TOUR#2
翌朝、外は雪が舞っていた。出発の頃、東京は暖かだったので寒さに油断していた。(しかし考えてみれば、トロントは帯広なんかと同じ緯度なのだった)いやはや、これからもっと北の方に行くのにな。
Re-Bootツアーの二日目はBowmanvilleという今まで行ったことのない街で、小さい街であるPeterboroughの人達に「あんな小さい街でやるの?」と言われた程である。果たしてそこは何もない街だったが、なんとやる場所はブリュワリー、つまりクラフトビールの工場兼パブなのであった。そこにて大歓迎されて(なにしろ日本のホップを使って作ったというオリジナルのズボンズビールが瓶詰めされて用意されていたほど)、軽くビールの制作工程見学の後に、まぁ、早々と乾杯である。未だ時差ぼけの残る身体にアルコールは効きすぎるのだけれど、なにしろすぐ後ろで作っているものだから、次から次へと(こちらがストップをかけない限り)わんこ蕎麦みたいにビールはやってくる。しかも、フレッシュで、とても美味しい。ここは天国なのか地獄なのか?いやはや。小さい街だからこそ心尽しの素晴らしい歓待を受けることは良くあることでは、ある。こちらとしてはもちろん、それに応えるべく最大の努力を払わなければ。しかし、酔うな。
ライブは前日よりはずっと良かった。ブッカビリーの反応の良さは、さすがに以前に密な時間を送ってきただけはある。何しろHIGHWAY A GO GOもSOUTH CENTRAL ROCKも、MO'FUNKYも共に作ってきたのだ。彼こそがムーストップのいない穴を埋めてくれている。このように多くの言葉を交わすことなくお互いの意志を分かり合える人間が、一生のうちにどれだけ作れるのだろうか?

考えてみれば不思議なことだ。ブッカビリーは散々痛い目にあった挙句バンドを離れることになり、かれこれ15年間も一緒にやってなかったのに、まるでずっと一緒にやってきたかのようにツアーをこなしている。ブッカのお陰で新入りベースプレイヤーのマッチも随分助かっているようだ。年を重ねるというのは、人間を熟成させ、より調和のとれたものにするのかも知れない。とは言え、誰でも、どんな組み合わせでも良いと言う訳ではなくて、熟成することで深みを増し、美味しくなるワインもあれば、酸っぱくなるものもある。新しいズボンズはどうなっていけるのか。願わくば、最上のヴィンテージワインになるますように!

こう書くのは若干の心の痛みを伴うのだけれど、海外でやっている時がより剥き出しの自分/ズボンズであると思う。こちらでは、剥き出せば剥き出すほど大きな反応が返ってくる。それがバンドに自信を持たせ、より良い音楽を作り出すモチベーションを産み出させる。ボクらは、このメンバーで新しい物を作り出さなければならない。そろそろエンジンが暖まってきているようですよ!
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# by dn_nd | 2015-04-25 12:15 | Tour日記

それについて出来ることは。Zoobombs Re-Boot Canada Tour#1
ソロツアーが終了して、それについて書くことも沢山あるのだけれど、続くズボンズのカナダツアーの準備であれよあれよと時間が経ってしまい、程なく出発する日となってしまった。もう何度も経験していることなのだから、海外ツアーでは何事も起こり得るし、起こった時に対応するしかないと分かってはいて、結局出てしまえばどうにかなっていくのだが、それまでは沢山の気掛かりが頭の中で膨らんでしまう。なかなか成長しないものだ。
果たして、最初のトラブルは空港に到着した時に起こる。予約していた便がキャンセルになったという。その代替の便は本日午前1時半発(というか翌日ではないか)の羽田空港からの便で(なんと!成田まで重い荷物をフウフウ言いながら持って来たのに!)、しかもまずL.A.まで飛んで乗り換え、次にシンシナティまで飛んで更に乗り換え、目的地のトロント到着は現地午前8時である、と5千円分の食事券を渡されて左様ならである。ふう。ということで、予約していたトロント空港近くのホテルはキャンセルして、まぁこれもタフに生きる為の訓練だということにして(もっと大変なことは、いくらでもある)、10時間近くを空港で過ごすことになった。
その後、ただ乗り換えをする為に寄ったL.A.の入管で尋問のために長く止められたりはしたものの、16時間(プラス空港での10時間)のフライトの後にトロントに到着した。(映画二本とドキュメンタリー3本、ビール2缶、トニックウォーター1缶)飛行機内で3時間程眠った。まるで「疲労」というヌルヌルした泥みたいなものを全身に厚く塗ったくられたような気分である。
この後、レンタカーを借り、物販用のTシャツをピックアップして、ズボンズのカナダでの活動のボスであるMr. Dan Burkeと打ち合わせに行く。会うのは4年振りになるDanはとても健康そうで、本人の言うところによるとアルコールもドラッグも一切止めたそうである。現在57歳だが、今とても調子良いぜ、なんて言っていた。ドン、お前ちょっと老けたんじゃないか?
今より10年前、彼がちょうど今のボクと同じ年だった頃、Danはしきりに「俺は疲れた。ロックンロールな生活をするには年を取り過ぎてしまった」とぼやいていたのを思い出す。今のボクはそのような状態なのだろうか。

年を取るということは、意識するようになるとそれが「全くの生まれて初めての経験」であることを知る。人間は誕生してからずっと成長を続けるが、それは無条件で与えられたことなので疑問を持つことを知らない。当たり前にずっと上に昇って行くものだと思っている。しかし、当然、人は年を取り衰えていくことになる。その時に自分が下降するプロセスにいることを初めはなかなか受け入れることが出来ない。それが「初めての経験」だからだ。ボクもその時期なのだと自覚している。また、だからこそそれに相応しい事件も起こって行く。ズボンズの解散もその一つであったろう。若々しくエネルギーを放射する季節は終わったのだ。(若しくは終わったのだと自分に言い聞かせなければならなかったか)では何故またズボンズを再起動したのか?おそらくそれにもまた相応の理由が発見されるのだと考えている。その渦中である「今」という時間の中では分からないことだ。その渦の中で巻き込まれないようにするので精一杯だからだ。渦中にいる時に出来ることは、ともかく出来るだけ物事を「良き」方向に進める努力をするしかない。どうにか、納得出来る答を見つけよう。ソロツアーをやっている頃から考え続けていることだけれど、年を重ねることでより身につけていけることは何だろうか、ということであろう。年を取ることのほとんどが下降線に向かうことではあるかも知れないけれども、全てではない筈だ。それは決して見た目の若さなどではない。より人間としての深みを持つことであろうと思う。しかしそれは決してただ今迄と同じ様に生きていくだけでは身に付いていくものではなく、むしろ若い頃よりもより勉強しなければならないし、より努力もしなければならない。うむ、get Mo' Funky、か。

という状態でのツアー初日、The Spill@Peterboroughでのライブは、地元のPunk kid達に交じってワイワイと楽しくやり過ごすことが出来た。しかしバンドはまだ「初日」を出してはいない。もちろん、まだまだこれからである。12日間、11ライブという間に実際に再「起動」出来るのか?Let's see what's happen........
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# by dn_nd | 2015-04-24 04:20 | Tour日記

道の途上にて。
 このような物語はどうだろうか。

 山を登ろうとしている4人がいる。道は穏やかではなく、必死にお互いを支え合って進まなければならない。しかし、そのあまりの過酷さに道半ばにして一人の仲間がチームを去ることになる。誰も振り返らなかった。彼らはまだ若く、自分達のやり方を変えることなくただひたすらに突き進むことしか出来なかったのである。進むにつれ道は険しさを増し、徐々に道無き道を自ら切り開いていかなければならなくなっていくが、チームは仲間を補填しながらどうにか登って行った。そうして二十年の歳月を迎えたある時とうとう大黒柱であったメンバーが下山を宣告する。「オレは山を諦めることにした。」彼の存在無しで登山を推し進めるのは難しかった。屈強のリーダーですら途方に暮れかけていたその時、別の道からひょっこりと最初に別れた仲間が現れる。彼は別のルートを辿って来て、たまたま同じ場所に辿り着いたのであった。ビンゴ!彼らは別の道にて別の経験をくぐり抜けて来たのだが、お互いの目指す方向は同じのようである。ならばまた一緒に旅を、どうだろう?

 ブッカビリーと再会したのは、一年前のボブ・ディランのコンサート会場前であった。その何日もあった日程の中で、お互いにその日を選び、同じ時間に会場に着いたから会うことが出来たのである。それがどれほどの確率で起こる偶然なのかは分からないけれど、ボクは神様が小さな石(または棒切れ)を投げてくれたのだと考えている。(神様はよくこんなことをする)その小石を無視するか、蹴飛ばすのか、大事にリュックに仕舞って役立てようとするかは、我々次第。不思議なものだが、それまでは少しも再度一緒にやろうと考えたことはなかったのに、思いついた瞬間にクリアなヴィジョンが見えた。いずれにしても、登山再開する為のメンバーも揃ったし、この先の道はどう考えても更に厳しさを増していくのは間違いないであろうが、進めるところまで進んでみようかと決意している。一体この山は「どのようなもの」なのだろう。その姿を見極めることが、ボクの人生なのだろうか。このチームで作る「新しい」ズボンズの音楽は今のところ全然予想が立たないのだけれど、せっかくここまでカッコつけてやってきたのだから、ダサい結果だけは残さないようにしなければ、ですね。新編成のズボンズは4〜5月のアメリカ/カナダツアーから発進。今はエンジンをブンブンと暖めているところであります。

 とは言え、まずは来週からスタートするソロツアーである。ソロアルバムのプロモーション活動やらツアーの準備やらズボンズ再編の作業やらアメリカツアーへの調整やら飲み会やらが重なって、非常にこんがらがってしまっている。もう全てを投げ捨てたいとヤケを起こしてしまいそうになるが、ともかく一歩一歩前進し、どうあれその足取りこそが次なる歩みへの恵みとなるようにするしかない。大変さこそが人生の一番の栄養である。まずは行動、反省は先送りにしておこう。(むー、おれの人生はこんなで大丈夫なのだろうか)とりあえず走り続けている間は、しっかり前を見ておくしかない。がんばろう。

 みなさん、きっとどこかで再会しましょうね。時間のある内に。
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# by dn_nd | 2015-02-21 16:01 | 日常

2015新年に思うこと。
 ロックという音楽は、言ってみれば「血液を常温から一気にも沸点まで引き上げるものである」と思っている。それがその音楽の根本なのだから、ロックをやる人間として常にそうあろうとだけは努力している。そこには世界平和も人類皆平等も消費税率引き上げも、共感も癒しも関係ない、というより、関心の枠外のものかも知れない。しかしボクは世界に異を唱える歌詞を持つ音楽以上に"Brown Sugar"の16小節のリフや"Whole lotta love"のイントロや"Twist and Shout"の叫びに、自分の人間形成の大きな部分を気付かされた人間である。それは世論やイデオロギーとはまったく関係のないものだったことを知っている。

 ロックは、自分はどのような状態/環境であっても存在出来る強い生き物である、という根っこにある力強さを呼び起こしてくれた。自分は原始時代の類人猿と同じく強い生き物だという実感。そこを引っ張り出してくれるからこそロックは一番価値のあるものになり得たのだと思っている。
 更に"Wild Horses"みたいな曲は、人間の持つ深い孤独や見たことのない世界における寂寥感を感じさせてくれた。それらを感じた素直な自分に戻らなければならないのだと思う。

 現在のような未曾有の情報社会に対して、受け入れたくないものも多い。社会というシステムや、世間の流行の中ででしか生きていけないのではないかと負けてしまいそうにもなる。だからこそ、ロックを取り戻さなければ。自分は人間であり、他の生き物と同様に力強い動物であるという自覚を持とう。

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# by dn_nd | 2015-01-19 01:46 | 日常

Autumn tour'14 vol.18 live@東京・下北沢Basement Bar & 大塚Hearts+
東京に戻って来た。

下北沢ベースメントバーはボクのホームである。それに一応東京在住者なので、東京をホームと(するしかないと)思ってもいる。友人知人も多く見に来る。なので、出来れば他の場所よりも上手くやりたい。バックのメンバーもいつものように初見であったり半年振りであったりする訳でなく、普段月に2〜3回はステージを共にする「分かった」仲間達である。演奏技術も高い。細かい指示を出さずとも「あ・うん」の呼吸でやっていけるに違いないと思っている。ここまで各地あれだけ結構スゴいライブをやってきてたのだから、当然それよりも高いものが出来ると楽観している。ドーンとただやってしまえば良いものになる筈なのだ。するとそこに大きな落とし穴が待っていて、呼吸は合わず、エネルギーを全然まとめられないままライブが終了することになる。期待も大きかっただけにこの時の落胆は、実に惨めなものである。自分がこれまでツアーで成し遂げてきたことは一体何だったのだろうか?初見であったり、もっと未熟なミュージシャン達とですら、もっと高いレベルの演奏が出来ていたのに、何故か?と自分に失望してしまった。

そのようにして失意のままベースメントバーでのライブが終わった。悔しいが、地方から戻って来て東京で調子を出せないという事態は、実は今までに何度も経験している。さて、今こそここから何かを学び取らなければならない。自分のコンディションとしてはすごく良い筈なのに、どこが悪かったのか。それは結局全体のエネルギーの調和の問題なのである。エネルギーというものは一人が高いものを持っていても、それを一緒にやるメンバー(またはお客さん)と響き合い、それぞれから上手く引き出される形にならないと巨大なものにはならないのだ。いくら個人のエネルギー値が高くとも、所詮一人の人間の持っているだけのものである。それがメンバーの人数分、更にお客さんとの呼応からエネルギーが引き出され、反応を起こし、絡まり、増幅することで最終的にはとても巨大なものになる。一人のエネルギーだけが高くとも、むしろそれがメンバーとソリが合わなくて逆効果になってしまうこともあるだろう。(もしお互いが逆の方向に引っ張り合っていたら?)エネルギーは総「和」でなく累「乗」的に重なっていく。

更に、慣れたメンバーというのは、実は扱いが難しいものである。相手のことがより分かっているだけに、付き合いの短い人間には簡単にフランクに話せることが、近いだけメンバーには話せなかったりすることもある。言わなくても分かってくれるだろうと安心・過信・期待していて、それを裏切られると他人に対する以上に憤りを覚えてしまう。地方で時たま一緒にやる人間と上手くやる方法と、レギュラーメンバーと上手くやる方法は、そのアプローチが全然違うのだと分かっていなければならない。地方各地の場合は一点攻めというか、とにかくこの夜、このステージをやってしまうのだ、自分達の全てを出し切ってしまうのだ、という割にシンプルな合意の元に全員の意思が一つにまとまりやすい。そこがまとまっていると、後はステージでより高く持って行くだけのことである。レギュラーメンバーとても意識は同じようなものではあるのだが、何度もやっているし、東京という地続きの環境の中で、次もあって、という意識はどうしても消えないので、地方であった刹那な心持ちと意識の合意が薄いのは当然のことであろう。だからこそ彼らに求めるべきものは、より高い課題と挑戦でなければならない。そこが下北沢におけるボクの采配の失敗で、地方でやっていた意識をそのまま持ち込んでしまっていたということである。レギュラーメンバーに対しては、もっと具体的に違うものを求めなければならなかった。(実は普段東京にいる時はそうしているのである。ライブの当日には、いかにメンバーにいつもと違うことをやらせるか、また全体のショウのイメージを明確にし、常に違うライブであろうとするように心掛けている。考えてみれば。)少し慢心していたのであろうと思う。反省。(しかも例によってメンバーに八つ当たりの文句を言ったりして....中々人間が大きくなれなくて恥ずかしい次第である。すんません。)

幸い、一日置いて大塚Hearts+にてのライブがブッキングされていた。一日考え抜いたボクは、通常の東京作戦の姿勢で、いつものように良いライブをやった。とても良かった。これが下北沢で出来なかったのは残念ではあるけれど、兎にも角にも学習した。そのことを有り難いと思わなければならない。人間、自分への過信と慢心には常に注意を払っていなければいかんのである。そして、何事もなければ何事も学べないものである。いやはや。

こうして、ボクの2014年秋のツアーは終了した。ツアーをすると、いつも何かを学び、成果があり、願わくば成長もある。今は充実と虚脱の両方の感情を持っているけれど、来年のアルバムリリースに向けて、様々なプロジェクトや作業が待っている。今回のリリースは、また何か違うものであるような期待がある。音源も、きっと皆のイメージしているものと違う、かも知れない。まだ書き続けていこうと思います。

今回ツアーで一緒にやってくれたメンバー達に大きな感謝を。皆がボクを成長させ、学ばせてくれた。次は3月に、きっとまた!!
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# by dn_nd | 2014-11-30 11:01 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.17 live@名古屋・大須OYS
名古屋へ。
ここまで来ると、あの濃厚だった九州〜関西とは違って、何というか人間の野性臭みたいなものが薄くなってくる(ボクの主観に過ぎないのだけれども)。東京に近付いているのだなと感じる。とはいっても、名古屋は変な街に違いなく(あの変わった食べ物群よ)、自分達ですら気付いていない他とは違う価値観で生きているに違いない。日本の中で一番不可思議な街なような気がする。(きっと「名古屋学」のようなものは沢山書かれているのでしょうね)

リハーサルで若干のトラブルはあったが、ボクはもう大分学んできたので、それに集中力を妨げられるようなことはない。前にも書いたが、エネルギーを損なうのは疲れからではなくて、怒りや不安や焦りからである。どうあっても自分の目の前の手持ちのものを使って出来る限りやるしかないのである。撤退や逃亡は、絶対にしてはならない。トラブルは常に起こり得る。外国の片田舎のバーで「ウチにはこれしか機材ないけど、やってよ」とボロボロでシンバルが一枚しかないドラムキットと小さなアンプしかない床に穴の空いたステージを指差されても、グッっと言いたいことを、感情を堪えて、とにかくそれだけでやれることを考えなければならない。どうしても出来ないことは出来ないけれど、やれる可能性が少しでも残っているならば努力してやり切った方が、結果として得るものは大きい。ここ名古屋に於いては機材もちゃんと揃っているし、ドラムをやろうと張り切っている子(まっつん。ありがとよ。)もいるし、水中ブランコの二人もいる。実に充分である。ついでに、本番を見ていて面白いかもと思って、ボクが会場に戻って来た時にやっていた高校生のパンクバンド(「学校行きたくねぇ〜」「うどん、カレー、しょう油があれば生きていける〜」)の髪を洗濯糊でブーメランのように逆立てたヴォーカル・カズヤくんに途中で「高校生の不満」をHip Hopビートに乗せて歌ってもらう。何でもそこに転がっているもので使えそうなものは、使うべし。ドン・マツオの生き方である。お陰でライブはとても楽しいものとなった。(カズヤはズボンを脱がされ、ドン・マツオにベルトで鞭打ちされるというSM的寸劇を挟みつつ。ハハ。)これで、良いのだ。

さて、長い旅も終わりだ。後は東京・下北沢にて水中ブランコに花を持たせて、ボクはアルバムリリースに向けて次のステップを踏み出さなければ。考えなければならないことは沢山ある(アートワーク、ツアーの日程組み、プロモーションetc,etc......むむむ。) でも今は目の前のライブを最後まで良いもので終わらせることが出来るように頑張ろう。とりあえず無傷で帰ってきたのだから。(いや、首痛・腰痛・肩凝り・腕の無数の痣や傷・胃の不調・物忘れ諸々は、ある)
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# by dn_nd | 2014-11-24 10:46 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.16 live@京都nano
京都は思い入れの強い街である。最初のソロアルバムを、ボクはここで作った。2006年の話だ。何か新しい影響を期待して、ボクの一回り下の世代(ゼロ世代と呼ばれていたか)のLimited Express(has gone)飯田くんにプロデュースを依頼して、ボクはデモになる曲を彼に送り(まだデータではなく、郵便で)、それを聴いてもらって彼にアレンジやバックバンドを用意してもらうことになった。ボクとしては彼のバンドが全てやってくれても良かったのだけれど、彼としては是非この機会に京都のインディーミュージシャンを集めて面白いことをやりたいと考えていたのだろう。結果として、沢山の良いミュージシャン達と知り合うことになり、曲毎にどうせバックが違うのだからツアーも各地違うミュージシャンを集めてライブやって、曲そのもののヴァリエーションを増殖させ続けれれば良いじゃないかと、今のソロ活動に繋がる大きなキッカケとなったように思う。あれから8年が経っても彼らとは仲良くしているし、今晩のハコのnanoの店長・土竜(モグラ)くんなんかはもはや盟友と言っても良いくらいである。

nanoというライブハウスは、その名の通りとても小さなハコである。ステージがやり易いとか音響や部屋の響きがとても良いという訳でもない。それでも若いバンドマンにnanoがすごく好かれるのはモグラくんの人柄あってのことだろう。このように店の名前が、ではなくそこの人が繋がりを作っていく。そのような関係性は長続きするのだと思う。

ソロアルバム時に始めててレコーディングのエンジニアリングをやった小泉くんがnanoの上のフロアにスタジオを作ったというので、リハ後訪問する。ボクの新作も聴いてもらってエンジニア的意見を聞いてみたり。(とてもかっこいいと褒めてもらって、嬉しい。) 彼もあれから本格的にレコーディングエンジニアをやり始めて、独立してやっている。もっと近くにいれば色々と意見交換したり一緒に実験したり出来るのだけども。コミュニケーションを介在させるクリエイティビティの向上を図るには、やはり人と人との繋がりが強くて近い地方の方が都会よりもずっと良い。(都会に於いては、孤独というプレッシャーを跳ね返すという力が発揮される、と言えないこともないけれど。)

さてライブの方は、リズムセクションの二人は二回目のテクニシャン、ギターのマモルはもう多分10回以上(もっとか)やった仲間だし、それに加えてモグラくんで、余裕のラインナップである。しかし、余裕があることが必ずしも最高になるとは限らないことは前に書いた通りで、元々上手い彼らを冷静なとこから、野蛮な原始の状態にリセットして、潜在しているエネルギーの蓋を開けなければならない。そうなってしまえば、メンバーの野蛮なエネルギーは総和でなく相乗、もしくはそれ以上のものになる。あとは音楽が我々を高いところに連れて行ってくれる。音楽とは実に原始的でシンプルなコミュニケーション手段である。素晴らしかった。みなさん、お疲れ様でした。ボクはnanoで最高でないことはやりたくなかったので、何となく責任を果たしたような気分である。ふー。作戦終了。オーヴァー。

nanoの良いところは、終演後いつまでも出演者やお客さんが居残ってダラダラと飲んでたりするとこである。そのような店は繁盛しているかどうかは分からないが、長く続くのだと思う。

何だか怒涛の3daysであった。関西はドン・マツオの全てを搾り取ってしまった。明日まで生き延びることが出来るか。みんな、また3月に。



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# by dn_nd | 2014-11-22 19:09 | Tour日記

Autumn tour vol.15 live@大阪梅田ハードレイン
大阪。
結局前日も3時間しか眠れず、疲労の度合いが1メモリ上がった(下がった?)。「疲れ」というマキを沢山背負ったカチカチ山のタヌキさんのような気分で、荷物を抱えて電車移動。梅田という駅はよそ者にはかなり難解で、自分がどこにいるのかがサッパリ分からないが、あちこち歩き回っていると、通りかかりの飲食店街はすごく活気があり、お腹が減ってもいないのにイカ焼きとか買ってみたくなった(買わない)。

今日のメンバーは出演者でもある水中ブランコと大阪インディーズの重鎮、"and young....."の加納くんもギターで参加。水中ブランコとはレコーディングも経て付き合いも深くなった。(レコーディング時には1週間ほど寝食を共にした仲だ) 現在ボクと並行してアルバム発売のツアー中だが(というか、そもそも彼らとの共演が数カ所決まっていたので、ボクの方が勝手に自分のツアーを作ったのであった)、やはり演奏を重ねてきてバンドの音は太くタイトになってきている。リハーサル後に、次のアルバム作りについての提案をする。1枚目は持ち曲のすべてを使ってフレッシュで勢いのあるものが作れるが、二枚目は空のストックから始めなければならないので、よりハードルは高くなる。彼らは若いからこそ無理してでもバリバリ曲を作ったほうが良い。今出るものは今しか出ないし、誰かにお尻を叩き続けてもらわないと時間は無情に正確に勝手に進んでいくからだ。(どうも今の時代は慢性的に時間が不足しているのか、とにかく過ぎていくのが早い) アルバムを作り重ねることでバンドの真の姿が出てくるのだと思う。ツアーを経て、彼らの次の飛躍を期待したい。

ライブは疲れをものともぜす、すごく良いものとなった。(なぜかボクがドラムキットで叩き始めるところから演奏は始まった。ギターをセッティングしていた時には考えもしなかったのに、始める本の一瞬前に「あぁそうだ、ドラムから始めるのが一番だ」と思う。それがどのような演奏になるのかはまったく分かっていない。でもやり始めてしまう。それは、アルプスの頂きから急滑走し始めるスキーヤーと同じ気持ちかもしれない。スキーやったことないけれども。) ハプニングが次の展開を生み、バンドは跳躍し、潜水し、最後には昇天。ボクは最後の一滴まで絞り切られてしまった。ふー。みなさん、お疲れ様でした。

その後に引き続き水中ブランコはライブ。一度エネルギーの蓋を最大限に開いた後の演奏は、出そうとしなくても止めどなく流れ出してくる音楽に乗ってしまえば良いのだ。とても良いライブだった。疲れメーターはレッドゾーンから動かず。ふー。

さて、次はボクのホームの一つ、京都nanoである。いっちょやるか。



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# by dn_nd | 2014-11-21 18:30 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.14 live@神戸マージービート
福岡から神戸へ。
九州を離れるのは寂しくもあるが、そろそろ旅も長く感じて始めてもきている。何故か3時間しか寝れず、飛行機での移動はあっという間で、なんだか脱水機にかけられたような気分での神戸入りだった。

今回もほとんど初めての顔合わせになるメンバーだったが、旧くからの知り合いのジンタくんがフェイザーを効かせたギターをガンガン弾いていて、思っていたサウンドとは違うが、これはこれでなかなか良いじゃないかと思う。(ジンタはリハ後に「キース・リチャーズを意識してフェイザーかけったスよ。」なんて言っていた。おいおいお前がキース取るのかよ。) 

ヘミングウェイを読み終わったので何かないかと本を探しに街に出る。スーパーで「ボジョレーヌーボー!!」と大きく書かれていたのであぁそうかと思い、ウイスキーを止めてワイン気分でいたら明日(11/20)からだと言われてガッカリ。でも気分を変えれず、赤ワインにすることに。よし楽屋でこっそり皆で乾杯だと思っていたら、車だから飲めないという。最近はミュージシャンとはいっても機材を運んだりしなければならないので、こういう断られ方をすることも多い。時代か。(時々は機材にこだわり過ぎなのではないかとも思うけれど。でもボクがこだわらな過ぎかもしれない。余談だが、以前楽器の専門雑誌の取材が来たときに、先に色々質問が来るのだが「どのようなギターを使っているか、その特色・理由は」「エフェクターは?」「アンプは?設定はどうしているか?」、どの質問にもボクの答えは「特に楽器にこだわりは無く、チューニングが合っていて重くなければ何でも構わない。エフェクターも特殊な歪みをしなければどれでも、アンプは会場にあるものをその会場の大きさや響き方に合わせてセッティングするから特に決まっていない。」と暖簾に腕押し的な回答しかしなかったので、取材そのものが無くなったことがあった。自分の音をどんな場合でも出す、というのは雑誌にとっては機材の話であって、ボクにとっては耳の話なのであった。かといって耳の雑誌からも取材はこないのだけれども。)

ともかくも、本番は怒涛のサイケサウンドで乗り切り(1曲目が始まる前に4弦を切ったままだったが)、多少のミスはむしろ味方につけて、面白いライブになった。みんなお疲れさま。

ジンタはズボンズの最初期からのファンで、今はBLONDnewHALFというバンドを5年以上続けてやっている。いつの間にかになかなか良いギターを弾くようになった。面白いことをやろうと思ってやり続けていれば、人間は成長するものなのだ。対バンに大学生がいて卒業するメンバーもいるからこれからバンドをどうするか分からないのだと言う。確かに音楽を止めるには典型的な節目がいくつかある。(卒業&就職、結婚、子供が出来た) それをどうしろと言ってもしょうがなく、本人が決断するしかないのだが、経験的に言うと、自分という人間を確立する為に何か一つのことをやり続けることが自らの成長を確認可能にするのは間違いない。(しかしそれが音楽である必要はない。)スウェーデンの刑事小説ヴァランダー・シリーズのなかにあったが、「自分は何者でもないという地点から、自分は何者かであるという地点まで行くのは、おそらく人間が経験する一番長い旅だ。」
結局どうあっても旅の途上であるか。



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# by dn_nd | 2014-11-20 18:12 | Tour日記
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