ズボンズのリーダー,ドン・マツオの思考あれこれ。
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Autumn tour'14 vol.3 @山口・防府bar印度洋
まず最初に書きたいのは、黒崎駅前のミスドがなくなってしまってショックだということ。唯一の憩いスポットだったのだがなぁ。これからマーカス来た時にどう時間を潰すか、何事も予想がつかないものです。

まぁ、それはさておき昨晩の防府・印度洋でのライブ。ソロとして行ったのは初めてで、どのようなメンバーが集まるのか、実はちょっと気が抜けてて確認していなかったのだけど、なんといつもバーカウンターにいるマスターの伊藤ヘビ氏(aka印度さん)がやるという。しかも、あと少ししたら50になるのだという。更には、音源を聴いたのは水曜日つまり三日前で練習もしていないのだと。まいったな、と思ったがとにかく手持ちのもので作戦を遂行するしかないのである。と、心の中で腕まくりしてリハーサル。ギター・マナブもベース・ヨーヘイも(もちろん)初顔合わせで、彼らも優しそうな若いミュージシャンである。その上、佐世保から来ていた新体制ハウリング・セッタが暴力的に良くなっていて(リーダー伊達さんは「ドン・マツオ潰し編成」と高らかに宣言するものだから、ますます追い込まれてしまった。うーむ。

さて、蓋を開けてみてどうだったか。
やはり音楽というのはどんなエネルギーを運んでくれるのか分からないものである。伊藤ヘビ氏のサイケ演歌ソロ演奏後のハウリング・セッタは、リハ時の数倍のパワーで演奏をしてお客さんをノリに乗せて、あぁやばいやばいと思わせていたのだが、どこをどう間違った(?)か、奇跡的にすべてのカードが表になるかのように良い演奏になっていったのであった。年を取った軍曹と救護兵と通信兵とで小一個隊以上の活躍をして作戦を成功させたのだという感じか。おれ達は生き延びたが周りは散々な戦場跡になっていて、どのようにしてこれを無事にくぐり抜けることが出来たのかは分からないという呆然とした気分でライブは終わった。無傷という訳でなく、軍曹はMo' Funkyで力尽きてしまい、ハウリング・セッタに助っ人を求め、敵に塩を送られる形で作戦終了。ボクの戦況日誌にはおおき花丸がつけられた。オーヴァー。

音楽の力とは、曲だけの力ではない。ミュージシャンの演奏力だけではない。メンバーとの関係性でもあり、お客さんでもあり、誰もが自分がそれに寄与しているとは感じないけども巻き込まれていてエネルギーを出し合い融合反応を起こして、更に大きな磁場になった時にその本質を現す。昨晩ボクらはそれを見た。あれが、それなのである。どうもありがとう。

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# by dn_nd | 2014-11-09 18:59 | Tour日記

Autumn tour'14 vol.2 @福岡cafe gigi
昨晩のライブは、波乱含みではあったが、最終的には良いところに着地出来た。まぁ、ロックのライブというのはこのようなものである。

ここ(gigi)でここまでロックな演奏は初めてだ、と言われる。決して音が大きかったわけでもなく、派手な演出も何もない、プレイヤー同士のぶつかり合いと「何事かやってやろう」という心意気があるだけである。ストーリーを追いながら同時に作っているのである。ボクが認識しているロックというものは、そもそもそのようなものだ。ステージ上で大きな開放を体現するということ。そこには予定外のことがあり、気分のままにギターソロは引き伸ばされ、アドリブで対応したことへアドリブでの応答があり、その反応の重なりが曲のポテンシャルを引き出す。(えー、時々ミスもする。いや頻繁に。) 以前楽屋にて、曲間MCの練習をしているバンドがいるのを見て(「なんとかなんとかと、ここまで言ったらスティックでカウント入れて」とか)そんなとこまで決めてしまっていたらのびのびと演奏出来ないし、何か面白いことが起こりそうになってもそれに対応していけないのではないかと思うのだが、そのようなワイルドネスよりも正確さが求められているのかも知れない(時間にせよ、アレンジメントにせよ)。ボクはまだまだステージ上で夢を見ていたいけれども。

昨晩のライブの面白かったのは、中盤ボクに注意され過ぎて腹を立てたFolk Enough井上くんとどう上手くやっていくか、というとこだったに違いない。彼は福岡ではとても愛されている人間なので、ボクのバンドでのその破綻をベースのジュンジくんやドラムのトミちゃんが上手く(しかしさり気なく)カバーしてくるのも良かったし、ある瞬間に演奏がバッチリロックになった時に井上くんが喜びと共に帰ってきたのが良かった。もちろん、彼はステージから去っていた訳ではない。ただ最初の和気あいあいとした流れの外に漕ぎ出していただけなのである。しかし最終的にキャプテン井上は帰還し、ドン・マツオ混成部隊は無事作戦を終えることが出来た。まるで無傷でとは言えない。それは諍いがあれば、それぞれの胸の内に小さな痛みを残すのだろうが、いずれ愛の力によってそれは回復するのである。傷を負う、そのことから学ぶことはとても多いし、それは常に実戦で役に立つスキルへと繋がっていくものである。オーヴァー。

出来ればまたgigiにてやれたら嬉しい。何しろここは福岡オルタナティブシーンの中心で基地であるし、日本の中でここまでしっかりした仲間関係を創り上げている例をボクは他に知らない(佐世保のHowling Setta周辺もそうか)。ボク自身がそのような仲間作りをやって来れなかったのもあって、とても羨ましく思うのである。出来ればドン・マツオもその末席に、とは思っているのだが。

さて今晩は山口・防府のbar印度洋。ここもまた日本のオルタナティブを語るのに外せない場所である。行って初めてマスターの印度さんがドンバンドのドラムをやるのを知って、しかも全然練習してなかったという状況を、さてボクはどう乗り切るのでしょう。はは。
「キミは生き延びる事が出来るか?」というもんでしょうか。
むー、がんばろう。


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# by dn_nd | 2014-11-08 19:17 | Tour日記

Autumn tour'14 #1福岡
7:30pmの飛行機で福岡に到着。地下鉄にて薬院のcafe gigiへ。

当てずっぽうで天神で降りてしまって、かなり歩くことになってしまった(荷物がスゲエ重いのだが)。待ち受けていた店長ジュンジくん、Folk Enough井上くんとアイリッシュウィスキーにて乾杯。ライブをどうやるかという話をしようと思っていたのだけれど、まぁ結局明日考えようということで、ジョニーウォーカーで二度目の乾杯。最近、以前より女性に興味が持てなくなってしまって、と不安がる井上くんの話を聞き流しつつお店を後にして、Facesの73年のライブを聴きながらいつもお世話になるショウジくん宅へ(余談だが、ここでもまたバスを乗り間違えて20分以上歩くことに。とほほ)。またもスコッチウイスキーを飲みながら、最近はチョイ悪オヤジやら、なんとかと呼ばれる若そうな(しかしそれなりに)年のいった女性が増えたという話に。確かにここまで高齢化社会になってしまうと、40といってもまだまだ途上(若いと言われることすらある)という感じで老けこむ訳にもいかないものである。しかし、その「若くあり方」もどこかマニュアル的で、若者のように見た目同じような小綺麗な中年男女が溢れることになるのかもしれない、ゆくゆく。見た目ビューティフルなのは結構なことだが、やはり中身がちゃんと詰まっていないと「本当の良さ・美しさ」には近づけないのではないか、老いも若きも。(マリアンヌ・フェイスフルと某80年代アイドル/女優とは、とても違う)

とりとめのない話をしていたらいつの間にか朝4時になってしまっていた(まずい!)。そそくさと寝たのだけれど、例によって朝8時には目を覚ましてしまったのでした。
さて今晩のライブ、がんばろう。

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# by dn_nd | 2014-11-07 17:14 | Tour日記

Autumn solo tour'14 vol.0「前書き」
明日からまたツアーが始まる。

いささかルーティン的な活動ではあるのだけれど、ミュージシャンのフィジカルな部分はツアーをやらないと証明も補填も出来ないものである。人の前に立ち演奏するということだけでなく、常に旅の途上に・真空の中にいて、自分の存在感が希薄になった状態にあるところが、何かを呼び込むことになる。日本語で書くと「霊」とかそのようなものになってしまうが、ボクはもっと何か大きなエネルギーやスピリチュアルな総合体とか根源とか、そのようなものだと認識している。ツアーの間はなるべく目を完全に覚まさないようにして、「そちらの世界」に足の片一方を突っ込んでおくくらいでなければいけない。考えてみると、そのような活動はいわゆるポップミュージック業界で言われるところの派手で楽しいロックツアーであるより、もっと「行」とかそのようなものに近いようにも思う。そしてそこに何か達成や成長があるのかと言うと、もう若くもないのでどうとも分からない。ある点からある点へと移動するのであるが、むしろ移動・通過していくのは自分自身ではなく例の「大きなもの」の方で、自分としてはストローとか竹輪とかみたいなものである。その「通過」の過程で発見やら再生があるのは確かではあるし、長い目で見ればこの経験が自分の精神に影響を与えて次のステップへと向かわせるのだろう。

ともかく、始まっていない時に何を思っても無駄である(むしろ不安になってしまう)。半目でぼんやりとしつつ、今日の演奏をとにかく良いものにするのだ、ということにのみ集中しよう。いつものことだ。そしてロックのライブであるように、派手で楽しいものにするのだ。(ストーンズの75年のライブのように!)

ちょっと実験的にまたツアー中毎日書いてみようかと思う。
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# by dn_nd | 2014-11-06 12:24 | Tour日記

新曲"Mark 1(of love)"が出来ました。
 今度の新曲のタイトルは"Mark 1(of love)" である。

 "Mark 1"というのは、知っている人も多いと思うが、The BeatlesのTomorrow Never Knowsのワーキングタイトルとしてジョン・レノンが呼んでいたものであり、何故かボクはエルガイムというアニメのロボット(ヘヴィメタル、といったか)をも思い出す。"(of love)"というのは、Small Facesの名曲"Afterglow(of Love)"に敬意を表して頂戴した。このコードのダイナミクスは自分の音楽遍歴の何処かに繋がっているのだがなと記憶を掘り返してみて辿り着いたのが、この曲だったのだ。いつものようにその引き出しの奥に仕舞い込まれていたのを、無意識で引っ張り出してきたのである。作った後に「何だったかな、これは」そして「あぁ、そうか」と気付く。結局これまで聴いてきて心に残ったものをあっちからこっちから引っ張り出し再構成して、自分の作品としているのである。そう書くと、どことなく詐欺行為のように思えなくもないが、ボクに出来るのは、それを聴いてもらってガッカリさせないような物として作り上げることである。ジョン・レノンとスティーブ・マリオットに乾杯。良い仕事をどうもありがとう。ボクはとっくにキミらよりもずっと年を取ってしまったのだが、まだまだ努力中だ。

 ダムが決壊するような、雪崩が起きる時のような、ダイナミックな曲にしようと思っていた。

 今自分は、一体どのような状況を生きているのだろうか、と考え続けている。人間の価値観や欲望の在り方が、これまでよりもずっと大きく変化していると感じているのだが、どうなのか。その地盤の液状化現象のような変化(災害と言っても良いのかも知れない)に現在進行形で対処しつつ、今までの自分の持っていた「理想」なるものを固持する努力もしなければならない。そうしていないと虚無に飲み込まれてしまい、世界よりも先に自分の方が崩壊してしまう気がする。崩壊するのは、これまで自分が大事にしてきた物事全てである。しかし、それらが崩壊したままでも生きていくことは可能なのが、又苦しみの素となる。「理想」とはいつまで抱え続ければ良いのか、いつまでも抱え続けることが出来るのか。おれは「理想」を理想化し、必要以上に固執してしまっているのかも知れないなあ.........などとブツブツ考えながら歌詞を書いた。近しい人間が亡くなり、人間の行き末のようなことも考える。変な事件が頻繁に起こり、人間の理性や倫理の現在について考える。しかし結局すべての人間がいずれ灰になることに思いを馳せる。そして、「愛」という実体不明な存在/非存在だけが人間の拠り所なのだと納得する。しかし愛が解決してくれるのではない。それをやるのは、愛を信じる人間の行為なのである。

 今回の一連のセッションの中で、一番最初に完成した曲である。タイトルは歌詞を書き上げてからつけ直そうと思っていたのだが、もうシッカリと刷り込まれてしまっていたので変えないことにした。(いつの時代になってもTomorrow Never Knowsだ、とも言えるのだし)アルバムはそろそろ完成で、来年2月に発売する。タイトルは"Arcadia Blues"。キャプテン・ハーロックが乗っていたアルカディア号。アルカディア、とは理想郷のことである。Bluesに関しては、書くまでもない。
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# by dn_nd | 2014-11-03 11:37

ドン・マツオの進む道(の先)。
 バタバタと4月に入った。年明けから(突然に)ソロアルバムを作り始め、3月に11カ所のソロツアーをやった。その間、ボクも45歳になった。そのせいかも知れないし、アルバムの制作からツアーを終えるまでが非常に短期間だったため創作(すること)に集中出来たせいかも知れないけれど、先週東京でランドルフ名義での二本ライブをやるときには、ボクのやりたい/やるべきことは、かなり明確になった。人生は、どのタイミングでそのような「気付き」があるのかが分からないというのが、時としてやっかいを巻き起こす。特にボクのような「まぁ、何でも良いからとりあえずスタートしよう」という先行きを考えることの出来ない人間には尚更に。

 ソロツアーはいつものように各地現地の若手(あるいは中ベテランの)ミュージシャンにバックを努めてもらって、「一夜限定のバンド」となって演奏となるのだが、おそらくこのような演奏形態でのツアーをやっているミュージシャンは日本ではボク以外にはいないのではないかと思う。(アメリカでは、もちろんいる。チャック・ベリー。今もそうかどうか分からないけれども)それでも長年やっているので、このやり方も現地の皆んなに「まぁ、そうなのか」という形で受け入れられてきていて、各地どのライブもとても実り多いものだった。一期一会というのはどうも使い尽くされていて好きな表現ではないのだけれど、「この時だけ」という差し迫った緊張感が上手に「楽しさ」に昇華した時に、お客さんへしっかり感染する良いライブになる。そこには正直なリアルさがあるからだろう。ともかく、遅くなったけど、メンバーそしてお客さんも皆さんどうもありがとうございました。

 ボク自身にとって音楽することの何が一番素晴らしいかと言うと、やはり何人かのメンバーで演奏することを通して、言葉や、あるいは育ちや、あるいは思想を超えた深いコミュニケーションを取る事に(不可避に)なるところであろう。ライブは始まってしまえば、巨石が坂の上から転がり落ちるが如くノンストップで時間がビュンビュン過ぎて行く。しかも、やる曲が誰にとっても手慣れた曲ではなく、ただ演奏するだけで相当の集中が必要な上に、ステージ上ではそこでその場で増幅していくエネルギーが次の方向性/やるべきことを要求してくる。それをボクが/バンドが感知して、やったことのない領域にグイグイ入り込んで行かなければならない。それは大まかな地図しか持たずにジャングルの中を神殿のあるゴール目指して進むのと同じ行為であるのではないかと思う。そしてそれは、長年やっているボクにとっても未だに掛け値無く「楽しい」行為である。自らの内包する、場合によっては今まで開けたことの無い部屋に静かにストックされていたエネルギーを大きく開放することになる。ワォ、なんて大きなエネルギーが眠っていたのか!そうして最後には「部屋」がすっかり開放されてしまったのを感じる。虚脱感もあり、一方ではすっかり風通しされてスッキリした気分でもある。それは、まったく元の自分とは違う者になったような気すらする。

 どのミュージシャンも同じような感覚を持つのかどうかは知らない。おそらくボクは、そうすることに長けているのは間違いないと思う。だからこそ、ボク自身が音楽活動をやる理由は、この得意/特異な能力を追求することしかないと、アルバム制作とツアーを通して、今は確信している。更に、自分のこの能力を発動する為のトリガーになるのはどうあってもズボンズの曲なのだなぁ、という避けられない事実もハッキリしてしまった。Highway A Go Goをやるとき、Mo' Funkyをやるとき、は他のどの曲をやるときよりも高いエネルギーを引き出すことが出来る。自分からも、バンドからも。ただ長くやってきた、ということもあるかも知れない。でもそれだけではない、自分自身に完璧にカスタマイズされた「エネルギー発動装置」とも言うべき、もしくは封印を破る「呪文」の如きもののようにも感じる。そう、確かにボクはこれを長くやってきた。そうして、自分が音楽を続けるということは、これからもこれらをやり続けなければならないのだと自覚したのである。そこをベースにして、新しいものを取り込み、創作していく。その新しいものは旧い曲群にフィードバックし影響を与え、フォーマットそのものが次第に変化していくことになるであろう。やり続けることで、新しいものにし続けるということだ。

 人は年を取る。それは、あるポイントまでは上昇することを意味するが、それ以降は肉体的に・能力的に下降することを意味することになる。しかしそれはただの下降ではない。学んできたもの、経験した物事、これら「時間」を経ないことには獲得出来ない数多くの要素が、肉体的な下降を十分に補い、より個性の強い、より多くを内包した創作を続けることが可能だと信じている。(実際、本当はこのようなことについて、つまり「年齢を重ねる」ことと「己自身の創作に関する満足・不安・欲求」について、ボクはキース・リチャーズやボブ・ディランやカエターノ・ヴェローゾに直に尋ねてみたいのだ。あぁ!まだボクの分からないことは本当に沢山ある。)作家とも画家とも違って、Rock'n'Rollはあくまでフィジカルな要素がとても大きい行為である。それでも尚、「渋く」なることなく「輝くような」音楽を作り続けたい、というのがボクの欲求である。若さを拠り所にするのではなく(出来ない)全てを抱えたままに、である。「いつまでも若く」というのは、容姿や体力のことではない。魂のことだと信じている。

 さてさて、そのような夢のようなことが可能かどうかは分からないけれど、ハッキリしていることは一つ。自分は「ズボンズ」の音楽をやることで能力を大きく発揮出来るならば、それをやるしかないであろうということだ。自分の積み重ねてきた音楽、「ズボンズ」をやり続けるしかないということだ。それはランドルフでは出来ないことであった。少し回り道をしてしまったが、ボクの確信(と諦め)はこうなのだ。夢は、見続けなければならない。

 という訳で、ランドルフは活動を終了し、結局は「ズボンズ」をやっていくのだと思っている。とは言え、すぐにズボンズを再建することも難しいので、当分はソロ+様々なメンバーという形で実験的に演奏を続けることにする。(ソロならば、何をやっても良いのだし。何と言っても、まぁ、ボクの作った曲群なのだからして)当面は"DON Matsuo Magic Mountain"で良い。しかし、その視線の先には「ズボンズ」が控えている。早い時間でまっすぐにそこに移行出来るかも知れないし、またフラフラと迷走することもあるかも知れない。(ありそうにも思う。神様、助けてください)時が来たらまた「ズボンズ」を名乗ることになるだろう。ともかくボクのディレクションはハッキリ定まった、とここに宣言したい。これからどう活動していくにせよ、それはズボンズの再編の為に。ボクは人生を賭けてやることになる。
 
 皆さん、これからもよろしくお願いします。どうもありがとう。

 DON
 
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# by dn_nd | 2014-04-04 11:35

Magic Mountain製作につき、思うこと。
 ソロアルバムが完成した。

 年明けから色々とあってバタバタしてしまい、作曲を始めたのは1月の中旬頃で、録音・ミックス・マスタリング終了が2月頭。延べ3週間の作業でフルアルバムの完成、というのはボクのペースとしてもかなり早い方になると思う。内容としては、聴いていただくのが一番なのだが、いつも通りの出来である。悪くないと思う。

 そもそもこのアルバムは、作られる予定ではなかった。最初は、気楽にソロツアーだけを計画していたのである。その内に、いくつかの会場から「今回は抑えめの音でやることは出来ないか」というリクエストがあり(過去に音が大きすぎて苦情が来たらしい)、ふむそうか確かに今までは苦情が来ようと天井が抜けようと最終的には自分の音(つまり、でかく)でやって来たのだが、いい加減もう大人な年齢でもあるし、小さくてお客さんがカクテルでも飲みながら楽しめるような音楽にチャレンジしても良いかもしれない、そのような可能性を探ってみよう、とその時に考えたのが制作の始まりであった。もちろんボクはアコースティックギターの弾き語りをやれる柄ではないし、今気に入って聴いている中南米の音楽やカントリーミュージックへのアプローチという自分なりの実験もやってみたい。さて、結果どのようなサウンドのアルバムになったのか?うむ、あまりカクテル向きではないかもしれない。しかし、小さい音量でプレイ出来ないこともないかも、しれない。うむむ。

 まだ出来上がった直後であるし、実際に曲群をプレイしていないので、ボクがこのアルバムで何を表現しようとしたのか、どのような達成があるのか、はまだ今のところ分からない。この後時間をかけて、聴いた人達や、演奏を見た人達、プレイヤーや友人達が「あれはこうじゃないか?」とか教えてくれて「そうかもしれない、そうに違いない」と気付くことになる。(無責任で、すんません)ただ我ながら、良くまぁ次から次へとポンポンと曲を作っていくものだと思っただけである。曲はいつでもいくらでも出てくる。自慢ではない。これはミュージシャンとしてのタイプの違いであって、ボクにとっては、その作った曲群を引き締まったボクサーのように絞り込んだり、アレンジを突き詰めてより完成度の高い「作品」にすることが出来ない、というのが最大の悩みなのである。(中には10年も一つの作品に取り組んでいる人だっているのだ)どうもボクの好奇心は、制作物がゼロからイチになる瞬間に最大の集中力と執着を見せ、一度出来たモノを再検証し詰め直し、アラを見つけ正し、より完璧な「作品」を目指すという段階になると途端にどこかへと旅だってしまうようだ。なので永遠に「磨き上げた傑作」のようなものは作り得ないかもしれない(きっと、作れない)という諦観を持つのだが、どうであれこの性格的向き不向きを抱えた中で最善を尽くすしかないのだ。いずれにしても、もうそれほどふんだんに音楽を作れる時間が残っているかどうか分からない訳だし。

 それにしても、音楽を作り発表するというシステムは、大きく変わってしまったとつくづく思う。おそらく誰にとっても生活の中での音楽というものの占める重要性や影響力が大きく変わってしまっていることだろう。出す前からこういうことを書くのも何なのだけれど、おそらくこのアルバムは(も)リアルタイムで深く聴かれ解釈され、影響を与えることは少ないであろうと思う。ボクのような立場(と性格)のミュージシャンであるから仕様のないことである。作品の良し悪しの話ではない。沢山の人が無数の興味や情報を持つ。その中には自分から能動的に得るものもあるが、大半は黙っていてもどこかから送られてきているものである。それら情報(と云う名のプロモーション)の大波の中にあって、(リアルであれヴァーチャルであれ)多くの他者と共有出来ないものに執着し続けることが出来るほどの時間的・精神的余裕は、もはや無くなってしまった。本当はそれら執着出来るものこそが自分であるし、しっかりと味わい、少ない仲間であってもそれを深く共有することで「自分の」人生が豊かに形成されていくものだ、というのは分かっていても、大波の強烈な渦の中ではただ生き延びる以上のことは出来ないものである。そのような「現状」の前でボク(ら)は傷付きもするし、納得はしないが、現状そのものは理解は出来る。そのような「諦め」がジワジワとボク(ら)の生命力を奪っていくのを感じている。率直に言ってボクもこれからどのように生きて行けば良いのかが全然分からないという具合に途方に暮れている。ここまで希望が持てない時期は今までになかったし、こっちに向かっていれば大丈夫だという明確なディレクションを持っていないのも初めてである。それは年齢のせいかもしれない。ともあれ、ボクもこの大波の中をサヴァイヴしていかなければならない。

 ある時に突然、一人の人物や作品や現象に夢中になることがある。自分にとって「今」というタイミングで初めて理解出来、共感することになったものだ。それは偶然的にもたらされ、興味の赴くままにグイグイ突き進むことで知的/精神的快感を呼び、寝食を忘れるほどにコミットすることになる。いつか気持ちが離れる時が来る。しかしその「突き進み」によって獲得した感激や感情の動きや共感は、何かを残してくれる。場合によってそれは人生の彩りを一段深くすることになるだろう。その時に興味を持った対象に沢山の作品が残されていると、それだけその人物を知ることが出来る。自分の生き方や考え方と照らし合わせてみて、人間の多様さや趣き深さを思い知る。そして、「人間」とは、自分自身のことである。自分にもこれだけ懐があるのだろうか、趣き深い存在なのであろうかと立ち止まる。そう自分が考え続けることで自身の人生の薄い層が積み重なり、より複雑で美しい模様を作り出し、愛おしくなっていくのではないかと思う。ボクはそういう体験をして来て、今もそうだ。叶うならば、自分も作品によって誰かにそのような体験を与えることが出来れば良いのだが、と希求するのである。なにしろ、これだけ嘘いつわりなく喜びを感じ、尚かつ自分の人間能力を発揮出来ていると思えることもない。それが「何か」であって欲しいと願うのは、かなりシンプルな魂の欲求なのだと感じている。傲慢で、畏れ多いことなのかもしれない。だからすぐに誰かに認められようとそうでなかろうと、未来にいる理解者を信じるしかない。その為に、良いと思える作品を作っていきたいと思うのである。少なくとも、これからも自分が右往左往している姿を刻み込んで、残していければと思う。出来るならば。
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# by dn_nd | 2014-02-17 22:47

「ズボンズ」という実験の顛末。
 6月にズボンズとしてライブをやってから、もう2ヶ月以上過ぎてしまった。その間ボクは例外的なソロライブを除いて、ギターをケースから取り出すこともなかったし、人ともあまり会わずにいた。ひたすらハードボイルド小説を読み、筋肉トレーニングしたり、毎日走ったりしながら日々が過ぎるのに身を任せていたのである。それでも、もちろん、「これからズボンズをどうしていくのか」ひいては「自分はこの音楽をやり続けていきたいのか、どうか」という問いかけが、延々と続くやっかいな地下工事の持続低音のように一日中鳴り止むことはなかった。時間が無為に過ぎていくことへの焦りもあり、ハッキリした答えが出せない自分への苛立ちもあるのだが、ハードボイルドの世界とトレーニングによる身体への負荷によって逃げ場を作り、答えを先送りにしていたのだ。しかし、いずれにしてもいつかは立ち上がらなければならない。今までも越えてきたことである。そして、どうにかプランを考え付いた時に次の災難がやって来た。

 ムーストップが辞めた以上、それまでと同様の完成度を求めるのも難しいだろうけれど、きっとやり方次第でバンドの音楽には別の伸びシロがあるとボクは分かっていたので、とりあえずという形ではあれ新しいベースプレイヤーを見つけ、更に新しいメンバーをもう一人加えることで、これからまた新しいズボンズを創り上げるのだと決心を固めていた。ともかくも、走り始めるのだ。何人かの人に相談し、会ったりしてどうにかメンバーも揃えた時に今度はPittから「実は音楽を止めることにしたい」という申し入れがあった。「新しいズボンズを創り上げていくのに自分はもう力を出せない」というのである。この時にボクが感じた気持ちは、文章にするべきものではないだろう。それは、固定化してしまうにはあまりに強い憤り、不信、、喪失、悲しみの混合であった。しかし一方では、ただの通り過ぎていくエモーションであって、その感情に巻き込まれることは現状改善とは無関係なのを知っているからだ。(未来は、その後の本人の行動と状況の導きで良くも悪くもなれるのをボクは理解している)とは言え、あまりの失望感であったので、再度地下工事の重低音に悩まされることになる。

 ムーストップと飲みにも行った。しばらく期間をおいたところでの彼の気持ちを知りたかったし、わずかに復帰に期待する気持ちもあったのだが、1ヶ月以上ぶりに会う彼はボクの期待とは少しく違う変化をしてしまっているようで、どことなく再度音楽を共有することが出来ないように見えた。ローリング・ストーンズの話ですら(以前のようには)盛り上がらないなと感じた。彼は今の仕事について話をする。ボクは彼の今の仕事などクソ喰らえと思うが、言わない。(言ったかも)地下工事は終わりそうになく、更にオクターブ下の低音を増しただけであった。

 さて、何がこの巨大な失望感を、ボクにもたらすのだろうか、と考えていた。自分が傷つけられたと感じる、その根っ子にあるのものは。利益や損失、プライド、正義、様々な理由もそこにはある。しかし、一番ボクをがっかりさせるのは、それらよりも、自分の信じてきたことを全て否定されているように感じるところにあるのだと思う。

 バンドは生き物である、とボクはいつも書く。それは比喩でもなんでもなく、実際にそう思っている。それは育っていくものである。たくさんの人がズボンズはドン・マツオのワンマンバンドだと思っている。しかし、創作であれ活動の方向であれ、集合体である以上はそのメンバーの意志抜きに進行していくことは一つもない。あえて逐一直接話し合うことはしないが、何を判断するにしても、ボクはメンバーに架空の問いかけを行い、彼らの好みや技量の許す範囲内で決定していくのが常であった。「彼らはこれをやることに賛成するだろうか?」「彼らはこれが出来るだろうか?」what if、what if.......、そして自分は、と。その積み重ねの上に「ズボンズ」という生き物が出来上がってきたのである。彼は自身の考えや好みを持つし、得意・不得意もある。そのパーソナリティを分かってこそ、ステージで良い音楽を発生させることが出来るようになるし、ある程度はコントロールも出来る。そして、ある場合に彼はボクらをとても高いポイントに連れていってもくれる。音楽的にも、シチュエーション的にも。ボクらの誰もが今のように海外での活動をごくナチュラルにやるとは思ってもいなかったし、また、このような人間に成長/非成長していくとも思っていなかった。ボクらがバンドに命を与え、その内に今度はボクらがバンドから生きていく上での影響を受けていくことになる。ボクらは避け難く、バンドの一部であり、それは取替えが効くものではなくなっていく。ちょうど、自分の両手両足が(簡単には)取替えが効かないのと同じように。

 自分は不恰好な手足しか持っていないかもしれない。顔だって気に入らない部分があるし、性格的にもいささか問題があると思う。(もしかしたら胃腸も弱いかもしれない)しかし、あくまで自分の手持ちのものはそれしかないのである。何かやりたいことを果たすには、それを出来る限り有効に使うことしか道はない。何かを「やりたい」と強く思う。ならば、どうにかやろう、ということで、右手は右手の出来る限りのことをやり、或いは左足がそれをサポートし、或いは発想を転換したり無邪気なやる気を発生させてみたりして、たとえそれが不恰好な動きになっていたとしても、とにかくやり遂げようとするのである。ボクらはそうしてきた。なかなかに大変な道程でもあったし、将来の光も華々しく輝いている訳ではなかったけれども、自分達が行ってきたことを良いことだとも思い、その過程で産み出されきた曲群も(小声で、いや大声で)とても良いものじゃないかと満足もしている(若干小声になるようなものも、あるかもしれない)。何よりも、それをやり続けてきたことが、他の何者ともまるで違う自分自身そのものを形成してきたのであって、誰が何と思おうが、これは真実だし、これで良いのだ、と、ボクは考える「生き物」の一部として、信じてきた。大いなる誇りを持ちつつ。

 そうして、同じ「生き物」の一部としてのメンバーも同じように感じているだろうと、無邪気に信じていたのだ。ボクは夢の中で生きていたのかもしれない。そうして、現実に「やっぱ所詮世の中こういうものでしょう」とシレっと起こされたような気分になっているのだ。これがボクの失望の根本である。敗北感かもしれない。そうして今、長いこと取り組んでいた「ズボンズ」という実験への意欲を喪失してしまった。

 9月22日を最後のライブにする、と発表すると「それは解散という意味なのか?」と問う人が大勢いる。でもボクは上に書いてきたように感じているという理由から、「バンド解散」という物言いが、どうもしっくりこないので、そう書けない。ここでは、ライブ(生命活動)を終える、としか言えない。ズボンズという生き物が。解散、とは、あくまでメンバー自身が散り散りになることを決めて活動を終わらせるという印象だが、ズボンズにとってのメンバーはそれほど主体ではない。生き物は決して散り散りにはならない。それは、ただ息を引き取るのではないか。

 ともかく、自分の感じていることをなるべく正直に書こうとして、ずいぶん長い文章になってしまった。当日にどのような演奏が出来るか、今は想像もつかない。華やかにハッピーに終わらせたいとも思わないし、悲壮感漂うシリアスなものもゴメンだな、と思う。それでも、これが最後なのだと考えずにやることは出来ないであろう。せめて、見に来てくれる人々には良いものを見せるべく努力しよう、と考えている。ボクらは小さいけれども、大きなことをやってきた。最後にまたこのメンバーでやり終えるのが筋というものである・・・・・いや、そうではない。「筋である」「べきである」、ではなく、ボクはやはりこのメンバーをとても愛しているし、誇りに思うから一緒にやりたいと、本当は思っているのだ。同様に、「ズボンズ」という活動体そのものも。

 一つの生命が終え、新しい生命が一つ生まれる、そのようになれば良いのだがという願いも、持っているのです。さて。
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# by dn_nd | 2013-08-24 11:36

一方のドアが閉じているとき、どこか別のドアは開いている。
 とうとうツアー間近になりました。

 facebookにて海外のファンにMoostop脱退とズボンズの困難な現状について書き込んでみたら、なかなか面白いコメントがたくさん書き込まれていたので、ほんの少し紹介したいと思う。

 「Mooはシャンプーのコマーシャルに出れるくらいハンサムな奴だよ、実際のとこ。で、そうなるとTighten Rapのイントロは誰が弾くことになんの?誰が?オレはバカだけど、MooのFunkベースがあのしなやかヘアーよりよっぽど重要なことくらい分かるよ。20年もやってるって?ならあと20年やってくれよ!」

 「どうかとにかく音楽を止めないで持ちこたえて。あなた達の音楽はサウンドだけで成り立っているのではなく、それ以上のもの。それは人の心の内側を変えてしまうもの。思いっきり楽しませて怒りを浄化して、悲しみをポジティブに変換させることが出来る。魔法の贈り物なの。」

 「とても残念なニュースだ。でもこう考えてはどうだろうか。一方のドアが閉まっている時、かならずどこか別のドアが開いているものだよ。きっと、DONにとっても、Mooにとってもね。辛抱強くいよう。人生の道筋をどう辿るかはキミ次第だし、人生はキミのものだよ。」

 「諦めるな!Pittにベース弾けるおじさんがいなかったっけ?愛してるぜ!!」

 まだまだたくさんあるのだけど、中にはちょっと胸を打つようなコメントも多くて、いっちょ頑張るかなんて気にもさせられてしまう。海外の人々のコメントはこちらに直接語りかけてくるようなものが多い。きっと日本人と違って遠慮や謙譲する文化がないから、その思いをストレートに書き込むのであろう。

 ほとんど誰もが困難にぶち当たり、立ちすくむときがある。それをそれぞれが必死の思いをして乗り越えることで処方の仕方を学び、自分の哲学を獲得していく。「困難なときほど、チャンスでもある。」と書き込んでくれる人が多い。ボクだってそう思う。これは誰の問題でもなく(ある意味ではMoo氏の問題でもない)ボク自身の問題なのである。つまり、これを「どう」乗り越えていくのかということは。さあ、またタフになるためのレッスンである。誰もこのような授業をやってくれる訳ではない。ただ神さまがその機会を与えてくれるだけである。それを真正面から受け止めることで成長が出来る。そして、成長がこそボクの求めることである。

 ツアーも二日後に控え、状況は(少なくともボクの視界は)少しづつクリアーになってきているように感じる。出来ないことは出来ないだろうし、やるべきことはやらなければならない。バンドを継続出来るかは個人の問題とも違うのでまたanother matterではあるが、正直に考えると、やり続けるのが正解だし、必要なことなのだろうと思う。これで人生を挫くことになったとしても、きっともうとっくに挫いているのだ。だが、繰り返すが、バンドは個人のものではなく、ボクだけの力で引っ張っていけるものでもない。まだまだメンバーの間で語られなければならないことはたくさんあるし、このツアーで受け止める「何か」もあるだろうと期待している。

 きっとりょうちゃん(Moostop)との最後の日本ツアーになることだろうから、なんとなく懐かしい曲をピックアップしてリハーサルしている(そのいくつかはここのとこのライブでも演奏した)。"Pleasure Drop"なんかは1999年以来やってなかったし、"No Line"はほとんどライブ演奏した記憶がないが、どちらも昔からのファンの間では人気の高い曲である。へそ曲がりなボクはこれまではそのような曲をあえて無視そうとするところがあったのだけれど、今回はもう次が無いという機会なので、やってみている。悪くない、と思う。案外昔の曲を聴いても、今と変わりがなくて(成長がない、のか)苦笑してしまうが、悪くないものだ。ズボンズのバンドとして初めて作った曲は"スワンプ"で、これはスタジオでボクがいきなり弾き始めて、すぐ出来た曲であった(吉祥寺のペンタスタジオだ)。考えてみると、今とまったく変わってない。その時のメンバーはボクとMoo氏とズボンズに加入するのを断った(後になって「なんで俺をいれなかったんだ?」とからまれたが)ドラマーの3人だけだった。もう20年も前の話で、カート・コバーンが自殺した頃の話である。いやはや。その時からずっとボクの側にいつも「存在していた」りょうちゃんがいなくなるのは、とても寂しいことであるし、彼なしで誰がオレのやることを察して音楽に変換してくれる人間がいるのか、とも思う。人生は厳しい。でもきっと、そういうこと抜きではボクも「男」にはなれないのかもしれない。いや、誰しも。

 皆さん、どのような場合であっても、今回のツアーは見に来てください。今という時代は、すべては通り過ぎて、過ぎてしまうとそれは瞬時に何でもなかったことであるかのように忘れていってしまうのだけど、どうか引っかかって欲しいと思う。(本当はこんな風にお願いしたくなんかないのだ)チケットは donuts@thezoobombs.com にメールするだけで大丈夫だし、あとはただ来れば良いだけですよ。見逃して欲しくない、と思うのです、とにかく。
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# by dn_nd | 2013-05-15 11:03

ズボンズの今後、と、蛇について。(Moostop脱退に関する続記)
 4月末の連休中に九州を単独でツアー回ってきた。今回も例によってドン・マツオ・スタイル(またはチャック・ベリー・スタイル)の現地寄せ集めローカルミュージシャン達と一夜限りのインスピレーション溢れる(口の悪い人が言うには”行き当たりばったりの”)ステージを3晩行ってきて、やはりステージで演奏するのは自分の「本性」に合っているのだなと自覚したものである。「ネイチャー」と言っても良い。

 ネイチャー、とは言っても、音楽を演奏している時の自分というものは、普段生活し成長してきた小さな頃から知っている自分とは幾分か違うように感じる。野性の獣が獲物を確実に仕留めるように、音楽を高いところまで持ち上げる為には、ありとあらゆるエネルギーを注ぎ込むし、また同じことをメンバーにも要求することになる。風を読めないことで、ある時には怒鳴りつけることも(よく)ある。それが出来ないということにまるで我慢が出来ない。実にやっかいな人間になっていることを一方では自覚していて、それを是認する訳ではないのだけれど、演奏をやり始めたり音楽を作り始めると、その「獣性」というものがムックリと起き上がり「ガルルル」と唸るのを止めることもまた出来ないのである。普段のボクは、近所でもどちらかと言えば(ちょっと変わったところはあるけれども)人の良い好青年(好中年か)と認識されている(たぶん・・・)。自分としてそう思う。不満もなければ、無理もない。しかしそれでいて、音楽をやっているとき、もっと拡げて言うと創作しているとき、は自分という人間が大きく自由を獲得し、解放されているように感じているのである。そこに日常生活ではあまり必要のないデーモンが顔を覗かせるのであろう。(普段は部屋で寝転がって本でも読んでいるのだろうか)

 解放されている、自分は何事かを為そうとしている・創り上げようとしている感覚は他では得れないものではある。しかし、それが時に他人を傷つけることも(よく)あるし、結局のところ他人を傷つけるということはボクにとっては自分を痛めつけることと同義でもある。クリエイティブが犠牲を求める、という陳腐な物言いになってしまうが、そうとしか言えない。そうして今となって、年を重ねるごとに自分の耐性が弱まっていることに気付く。

 あるいは、創作する際に出てくるデーモンは、自分が密かに飼っている蛇のようなものかもしれない。その蛇は、クリエイティビティを果たすことによって栄養を得てますます太く大きくなっていく。その一方で本体である(陽性に属する、または社会生活をする)自分は栄養を抜きとられていく。もしかすると、あるポイントを超えるとその蛇に食われてしまうかもしれない。ささやかで温かい幸せの実現はみるみる小さくなっていくかもしれない。分水嶺がどこで来るのかは分からない。しかし、その蛇に乗っかって世界を眺めると、それは輝いていて素晴らしいもののように見える。自分が生きている実感があり、喜びがあり、何故生きているかが分かる。それを見る為には大蛇に乗らなければならない。さて、ボクは何を書こうとしているのだろう?

 ムーストップ氏がズボンズを辞める(つまりミュージシャンを止めるということである)ということが動かしがたい事態となって初めてそのことを深く考え続けてているのである。実感として(または直感として)、ムー氏がいなくなることはズボンズを成り立たせ続けることを、限りなく「不可能」というポイントに追い込むことになる。肺癌宣告をされた患者のように。もちろん、可能性はあるかもしれない。肺をごっそりと新しいものに入れ換えて様子をみることも出来なくはない。(ひどい例えだ)しかしどのような重い疾患も同じだが、結局患者本人の「生き延びる強靭な意志」無しでは、問題をクリアすることはない。「強靭な意志」、そんなものをボクが持っているのであろうか。どの道を選ぶのか、ボクは決断をしなければならないようだ。さて、ボクはミュージシャンであり続けたいのだろうか。いつまでも大蛇とダンスしていたいのであろうか。

 5月のツアーも間近に迫ってきているにもかかわらず、未だにボクには決定出来ない。ある朝にはミュージシャンであり続けることにソリッドで力強い決心を持つこともあれば、その夕方には完全に自信を喪失してしまっていたりする。困惑している。なので現段階ではこのツアーが最後になる可能性は高いとは思いつつも、次の一手を打てなくもないかもなとも思う。分からない。ともかく、今出来ることをやり、行動が何か導きを(少なくとも示唆を)してくれることを祈るばかりである。新しいかっこいいEPを完成させた(その余波として新しいアルバムもアウトラインは出来た)。ツアーに向かってリハーサルに入っている。新しい曲をやり、今まであまり取り上げなかった昔の曲にチャレンジしている。そこでは相変わらずムーストップ氏は大きな役割を果たしており、それがある意味ではボクに「彼無きバンド/音楽」をイメージさせるのを阻害しているようにも思う。ムー氏は、いつも以上でもなく、以下でもなく、同じように取り組んでいる。20年近く一緒に行動してきた仲間であり、この戦場から逃亡するそぶりはまったく感じられないし、作戦をいい加減にこなすような姿勢はない(そんな人間ではない)。読めないヤツだ。

 ともかく前回書いたブログが方々で評判となり、またズボンズに(チラとでも)意識が向いたのはうれしいことではあるが、ボク個人としては「脱退」やら「解散」やらということを宣伝に使いたくない。(センチメンタルは苦手である。)ただ、ズボンズはやはり良いバンドなので、出来るならばもっと多くの人に観てもらいたいと思うのもまた本心でもある。再度、5月のツアーを観に来て下さい、とお願いしたい。またすぐにでも新作EPの試聴が出来るようになると思うので、聴いてもらえればと思う。(出来れば、買って下さい。150枚限定なので、お早めに。donuts@thezoobombs.com で予約してください。チケットも、です。)

 また、近々報告しますです。

ドン・マツオ
 
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# by dn_nd | 2013-05-08 11:37
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