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Moostop脱退に伴うズボンズ活動継続の可能性の有無と5月のツアーについて。
 困ったことになってしまっている。早々に結論を出し、早く活動の道筋をみつけなければと思ってはいるのだけれど、実際に書き始めようとする度に、どこからどう手をつけて良いものやら分からなくなってしまっていた。それは、自分自身が「こうだ」という答えに確信を持てないからだし、現実的にも心持ち的にも、考えなければならないことは、あまりに複雑に絡まりあってしまっていて、あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てれば・・・と云う状態になってしまっているからである。順を追って書こう。

 年末に国内ツアーをやり、The Sweet Passionというアルバムに関わる仕事(長い長いツアーだった)が終わった後、ボクは珍しく疲れ果てて空っぽになっているのを感じていて、尚且つ数年をかけて作り上げてきたThe Sweet Passion的バンドサウンドも一種の飽和状態になっていたので、そろそろ新しい動きがどうしても必要ではあった。経験上、それは大きな変換にならざるを得ないという予感がしていた。そこにはメンバーチェンジという抜き差しならない事態に及ぶ可能性が見え隠れしているのを、薄っすらと感じていたし、実際大抵今までは(ほぼ)4年ごとのドラマーの交代という結末を招き、分解から再生へ向かうという繰り返しがあった。ある意味でボクらはその苦境をバネにしてバンドの緊張感を保ち、試行錯誤やバンド内混乱が新しいものを産むことを理解していたので、それを必要悪と受け入れていたと言ってもいいと思う。しかしそうは言っても「今」は4年前の自分とは違う。年を重ねて視野が変化した部分もあると思うけれど、今そしてこれから自分が求める「自分がやるべき/やりたい音楽」というものが、メンバーを交代させて再びサウンドを一から積み上げていかなければならないものか、また、それをやるだけの根気やエネルギー(それは音楽を作るというのとは別種のものである)があるのかどうか、という疑問も同時に存在したのである。確かにズボンズというのは、ボク自身も含めて能力的には不十分なメンバーの集まりであるけれども、その「不十分さ」を補う形で「より良いものを」求めるクリエイティヴィティを発揮してきたのだし、(不十分とは言え)自分達にしか出来ない音楽を作り上げてきたと自負してもいる。ある意味ではその自覚が強くバンドを支えていたと言ってもいい。と言うことはつまり、今ボクらは(自分達的に)未踏の地へと差し掛かっているのだなぁ、それにどう対処したらいいのだろうか、納得出来るディレクションはどこにあるのか、と若干途方に暮れながら考えていたのである。そこに、大きな爆弾が落とされた。

 年明けすぐの1月6日、ムーストップと飲みに行った。そこで彼は「バンドを辞めたい。」と宣言したのである。実はその時は、正直言うと寝耳に水という驚きではなかった。なにしろ自分自身にとっても「バンドをやること」は常に疑問がつきまとうイシューなのである。ある時は「これ無しで生きていくのは無理だ」と思わせるほどの栄光に輝く瞬間や達成もあるが、ほとんどの時は「一体何だってオレはこんな音楽をやり続けているのだろうか」という疑問、虚無・不安感と戦い続けることになる。そして、年を重ねるごとに頭の中で、後者の発言が影響力を増してくるのも事実だ。ボクとても辞めたいという人間を引き止める明確な動機も理屈も持ちあわせがないのである。その時はとっさに、「ウン、そりゃしょうがないよね・・・」としか返すしかがなかったのだが、かれこれ19年以上も一緒にやってきた仲間を失うということが、どれだけ大きな損失をもたらすのか、後でゆっくりと考えれば考えるほど(またその後数ヶ月に行ったライブ演奏から実感すると)、今までのようなメンバーチェンジ劇のようにすんなり収まる訳がないじゃないかという混乱が襲ってきた。どう収めることが良いのか分からないというのが率直なところである。その後他のメンバーを含めての話し合いが何度も持たれたのだけれど、ムーストップの決心は黒く太いゴムの芯と同じ程度に硬く重く、草原に寝そべった乳牛のように動かしがたいものであるようだ。さて、ボクらはどうすれば良いのだろう?

 最初にボクが考えたのは、「辞めるにせよ、このままムーストップという存在を、何事もなかったようにフェードアウトさせてはならない」ということである。今までドラマーのメンバーチェンジは、去るものは追わずというクールな態度で乗り切ることが出来たし、そうすべきだと思ってもいた。こんな苦境なんかオレ達にとっては何でもないんだ、言わんばかりに。また先述のように、新しい未熟なメンバーを加えることでバンドを活性化し、新しいエネルギーを獲得してきたのも事実である。しかし、ムーストップというかけがえのないメンバーの交代となると訳が違う。なにしろズボンズというバンドは、最初にボクとムー氏の間で結成されたものなのである。その張本人を、他の人間と同じように去らせる訳にはいかないし、また勝手に去っていくのは許されない筈である。

 ズボンズというバンドは、我ながら不思議な形で長続きしているバンドと思う。ボクらは活動のあらゆることを自分達「だけ」でこなし、どこにも所属せず、手伝ってもらうこともない。業界とはほとんど接点を持たないし、大きなフェスであってもどこかの小さなライブハウスであっても同じように自分達だけでセッティングするし、長い海外ツアーも4人だけで回る。DIY、というかっこいい主義を持っている訳ではない。ただ成り行きでやっている間にこのようになってしまっただけである。(実際、面倒なのである)何故このような活動が続けてこれたかというのは、ひとえに各地にボクらを受け入れてくれる人々がいたからである。ズボンズはそのような場所で多くの「仲間達」に支えられて活動を続けてくることが出来た。有難いことである。そして、そのような支えてくれる人達に何の挨拶もすることなしにムーストップがこの「運動体」から離脱することは許されない、なので、バンドが十全に機能するかどうかは置いといて何はなくともすぐにツアーを組まなければならない、とまずボクは強く思った。そうして今回5月からのツアーを計画したのである。新作のリリースなど普通に提示出来る話題も何もない。だかしかし、ここでやらなければムーストップの義理が立たないだろうと思われるところを厳選して(しかも例によって短期間で最大限回れるような)ツアーを組んだ。本当はもっと各地に少しづつでもいる「仲間達」に挨拶に行きたいところなのだけれど、日程的な限界もあってこのスケジュールとなってしまった。どうか、出来るだけの「仲間」がムーストップの残っているズボンズを見に来てくれるよう、願うばかりである。(ツアータイトルに関しては少し時間をいただきたい。まさか"Bye Bye Moostop Tour 2013"なんてものにする訳にもいかないものね。)

 とは言え、ボクはまだ苦悩している。ムーストップが不在で、果たしてバンドの存続が可能なのだろうか?いや何がなんでもバンドは続けるのだ、と明快に揺らぐことなく自信を持って宣言することが、今のところボクには出来ない。どちらかと言えば、全然無理なようにも感じる。何しろボクらは長くやり「続けて」きた。ムーストップは有能なベースプレイヤーでもあると同時に、家族同様であったし、身体の一部のようでもあった。今後の活動の有無、その答えはどこから来るのだろうか。ズボンズはこの辺りでケリがついてしまうのか、それともまだ新しい可能性があるのかどうか。さしあたって、ボクらは今思いつく限りの新しいアイデアの元でレコーディングをし(もちろんムー氏がベースを弾いている)、そこで出来たものがボクらをどこかへ連れていってくれるかもと希望するしかない。今はまだ分からない。(何しろ一昨日制作を始めたばかりだ) いずれにしても、音楽家を救い導くことが出来るのは、結局音楽それそのものしかないのだ。

ともあれ、今年の9月にズボンズは活動20周年を迎える。我ながら長い道のりを辿ってきたものだと思う。それを祝したイヴェントを同月行うことになると思うが、その時点で何らかの答えを見つけ、提示しなければと考えている。人生はなかなかままならないものである。今までも随分神様に力を借りてきたものだが、今回もどうかどうにか力を授けてくれないかと熱望している。幸い、と言えるのかどうか、今のところバンドは好調である。どうか皆さん最後になるムーストップのいるズボンズを見に来ていただきたい。

どういう結論へと着地出来るのか、今はYESともNOとも、ボクには言えない。引き続きムー氏と話し合っていこうと思っている。皆さんの力も貸して貰えると嬉しい。

ドン・マツオ
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# by dn_nd | 2013-04-03 17:54

身体が教えてくれること。
 長崎に帰る、というのはボクにとって大きな喜びでもあり、非常に大きなプレッシャーでもある。なんだか、帰りたいが帰るといつも喧嘩になってしまう親子のように。しかしさすがに年を重ね、時代も変わって、ボクらの表現する音楽も随分変わった。昨晩の長崎でのライブは、とても楽しめた。

 確かにボクらの(「ボクの」か)音楽を表現する姿勢やアプローチは、ツアーをやる続けたこの半年ほどのなかでも少しづつ変わってきているようにも思う。とは言え、それが定まった方向に向かって収束しつつあるのかと云うとそうでもなく、むしろスタート時点よりも見えない物になってきているのである。今バンドが3~4年に一度の大きな変換期に直面しているのではないかと思う。ボクらはそれをどうにか更新し続けてきた。(大体メンバーチェンジがある)今回違うのは、メンバーチェンジを経ずしてその変化を乗り越えようとしているところと、変化の為に必要なのは、自分達の音楽に限ったものではなく、自分が身を置いている環境や仲間たち、その全ての関係性の中で充実できる(「ロックできる」と言っても良い)前進が必要だと感じているところである。もっと広域の地図に着手しなければならない。「関係の中の全体」へとアプローチし、そこの変化に伴って、干渉され、自分達も進化させていく(いきたい)とでも言おうか。ふむ、考えてみるとそれはなかなか大きな仕事である。

 それはともかく、目下はツアーを締めくくろうとしている時で、目の前に演奏をしなければならないという現状がある。いくら頭や気持ちが混乱していようと、ショウはその場で出来る限りのことをやる他ない。力を出し切らなければ、つまりそれは自分に対する裏切り行為であって、自己不信やシニカルな態度は、ひとつも「良い未来」を招かないものである。そのような時には「身体」聞くのが唯一の手段である。演奏することに、音楽を表現することに、フィジカルな部分に満足を感じるようなパフォーマンスをやるという、一番プリミティブなポイントに立ち戻ろう。どのような状況であれ、環境であれ、そこで自分の細胞達が喜ぶパフォーマンスは可能である。頭で感じている違和感や不快感は、周りの細胞の「喜び」から段々と外へ押しやられ、払拭されていき、最終的にはすべてのパートが大きな喜びに満たされることになる。それはつまり、今ボクがやらなければと思っている変化と同様のものであると言えよう。

 さて、今日はオフ。いつものマイク&ショウジ宅にてちょっと早めのクリスマスパーティー&忘年会である。さて、何を作ろうかな。
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# by dn_nd | 2012-12-09 11:12

Stay garage!!(HotなものはHotなうちに)
 東京から広島へ11時間のドライブ。時間だけを考えると、今まで経験のない長さではないけれど、アメリカの道路と日本の道路はずいぶん違うので、少々疲れたような気がする。何しろ日本の高速道路は車が多いし、今ひとつ意思表示の見えない運転をする。それは集団の中にいると感じる、一種の気疲れのようなものなのかも知れない。

 ともかく昨晩の広島ではノイズ/ハードコアの「少数派」バンドが、これまた「はぐれ者」音楽ファンを大量に集めての楽しいイヴェントとなった。ボクとしては出来ればクアトロのようなきれいなハコでなく、もっと「広島的」リアリティのある場所でやったらもっと楽しかったように思うが、次回はそのように提案してみよう。(余談だが、 「ローカル的リアリティ」ということで言えば、どうもここの数年高速道路のパーキングエリアは需要が伸びて「顧客のニーズに答えよう」としてか、どんどんローカル的な臭いを取り去って、どんどんデパ地下化していて面白くない。日本人は、サービス旺盛というか、痒いところまで手が届くような完璧さを創り上げてしまうけれど、どうしてかボクのような人間は、そこから取りこぼされてしまうみたいだ。アメリカの片田舎にあるフリーウェイ沿いのガソリンスタンドに併設するお店にいるブスっとしたオバサンや、そこで売っている「何だろうこれは??」というミステリアスなお菓子やらおみやげ物があったりすると嬉しいのですけどね。)

 さて、昨晩のショウで10枚ほど売れたズボンズの新作ep"Cowboy Trumps"だが、これはPlay Garage Classicsの名の通り、カヴァー集である。日本では、あまりそのようなシーンは見えてこないのだけれど、海外で活動していると、ズボンズは明らかにそちらのカテゴリーに分類されていて、そのシーンのクリエイティビティに大いに触発される。現在のGarageシーンというのは、音楽の分類に止まるものではなく、その活動の姿勢といったものも含まれる。つまり、ともかく自分達で思いつき、自分達で創り上げて、一丁楽しもうじゃないか、というHappyなDIY精神に富んだものだと言える。正直言って、そこには金銭的な報酬は大きく生まれないのだけれど、それを上回る自己の生の肯定があるように思える。そうやって生きていくことが(少なくともボクにとっては)、今後とても大事なことではないかと感じる。ともあれ、作りたくなったときに作ることが出来るのだし、作るとそこにはやはり満足感がある。そのクリエイティブの連鎖が、人間をフレッシュに、正常に保ってくれるのだと信じる。(ありゃ、ボクは少数派でした)

 今回のepは、制作を思いついたのが11・25の日曜日、選曲し、レコーディングしたのが先週の金曜日、土曜日に追加録音、日曜日はDON Matsuo Groupのパーティーで、月曜日は二日酔い、火曜日にミックスダウン、水曜日にマッタちゃんと一緒にデザイン&プリント、木曜日にプレスしてパッケージング、そうして1週間後の昨日金曜日にはもう売り出しである。Very easy。まぁ、そのようにしているので、100枚以上作ることは出来なかったが(ナンバリングもしてあります)、ホットなものはホットなうちにということで、これで良いのである。みなさん、楽しんでくだされよ。

 それでは長崎に向けて出発の時間だ。レッツ・ゴー。
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# by dn_nd | 2012-12-08 09:12

To be Stupid!!(アルコールの効用)
 またも、とんと文章を書かない日々が続いてしまった。気付いてみればもう"The Sweet Passion World Tour"の最終ターンとなる国内ツアーの前日である。ビッグ・アメリカンツアーの旅行記も半端なところで中断してしまったが、その記憶は「砂が指の隙間をこぼれ落ちていくように」サラサラと消えてしまったかのようである。(きっと眠っている間にどこか記憶のファイルに選別され仕舞いこまれているに違いない)いくつかの書きたいこと、書くべきこともあったように思うけれど、あの長いアメリカツアーが終わってからは、こちらの生活に移行していくのに精一杯だったのかも知れない。

 帰国してショウをいくつかやり、感じたこともある。海の向こうでやっているときに比較すると(勿論良く言われることであるが)、日本のお客さんは静かで、リアクションが少なく、モジモジしているように見える。(若しくはあるで無関心か)実際にステージで演奏しているリアルタイムでは、演奏者であるこちらは、「あれ、どうもオレ達の音楽は良く響いてないらしいぞ」といささか心配になってくる。最後までやり終えて、「うーむ、どうも上手くいかなかったなぁ」などと考えていると、後でお客さんに「とても良かったですよ」とか「感動しました」とか言われたり、つぶやかれているのを見たりする。正直(ボク、この言い方嫌いなんですけれども)「おいおいその場でもうちっとそれが分かるような態度を取ってくだされよ」と思ったりもする。しかしこれと同じような状況が海外で無い訳ではない。それは日曜日の午後の時間帯でお酒を飲めない子供達(under 20years)を対象にしてやるall aged showの場合である。普段ボクらがやるようなクラブやパブは、もちろんお酒をセッセと出す場であり、その売り上げがこちらのギャランティにもなるし、飲むことでクレイジーな人も出てきたり、とアルコールが楽しみを上乗せしてくれていくのであるが、その楽しみを知らない子供達は、やはりステージ前で突っ立ってボクらのやっていることを見ていて、周囲の目を伺いながらどう反応していいのかモジモジしている、という風情なのである。そこでボクは「そうか我々日本人にはアルコールが足りないのであるな」と早合点して、とにかくお客がちょっとでも酔っ払って、リラックスしてくれるような状況でも出来れば、音楽の楽しみ方も随分違ったものになってきくのだけどな、と考えたりもした。しかし、居酒屋ではあれだけワイワイする日本人も、ライブハウスではさほどお酒など飲まず(もう1ドリンク代「払わされている」のだけでも沢山だと)、結果としてライブハウスが居酒屋ほどに毎日「ワイワイする場所」になっていないものである。

 実際これはとても根深い問題であって、演奏する側にとってもお客が盛り上がっていないことは切実なダメージを与えるし、そんな彼らを見ている側もなんとなく意気消沈してくるしで、どうにもまずいループに陥ってしまっている。日本人はとにかくどのような場であれ社会の求める「礼儀正しさ」に従うことを幼い頃からゴシゴシと刷り込まれているので、なかなか楽しさをその場で一人ででも表現するということが出来ない。そうすることが、どういう訳か恥ずかしさを伴うような気がするからだ。良く分かる。居酒屋ではバカな人を沢山見るが、それは周りの知っている人も知らない人もとりあえず酔っ払おうとしているし、酔いもある一線を越えると、周りなどどうでも良くなってきたりもするものだ。そんな「バカさ」が音楽、少なくともRock'n Rollと言われているものには必要なものなのであるが。バカになろう、とは言わないまでも、リラックスしてニッコリと楽しめる、というだけでも雰囲気は随分違うのではないかな。

 などと考えたりしながら、先日カナダから来た友人のライブを見にいったのだが、その時に「どうも我々日本人は、夜のお出かけや催しごとというものへの嗜みというもの、その嗜好性が他の国の人とは違うのかも知れないぞ」とも感じた。何しろ自分自身がそうなのだが、ともかく夜はウチでゆっくりしていたいのである。欧米人のように、夜は夜で仲間と会って一杯やりながらどうでも良いことを語らうという過ごし方をしない国民なのである。それは大晦日(一年の夜と言っても良い)に欧米人はカウントダウンやら派手に騒ぐのを好むのに対して、日本人は除夜の鐘をゴーンと聞いていたい気持ちと同じみたいなものであろう。良し悪しの問題ではなく単なる性質の違いなので、どうとすることも出来ないのであるが、音楽は、特にRock'n Rollは本質的に夜に開花するものなので、これまたウウムと唸るしかない。さて、ここの突破口はあるのでしょうかね。

 なので結局音楽は、夜もオッケー的な若者が中心となって楽しむものとなってしまっているのだろう。どうもズボンズを見に来る人も、ずっと同じ顔というのではなくてほとんど知らない若者がメジャーである。どうもずっと現場にいるとこういうことになってしまうみたいである。オーディエンスが新陳代謝することはとても良いことではあるけれど、ずっと好きでいてくれた人が出てこなくなってしまうというのも、彩り的に寂しいように思う。何といっても、幅広い世代の人間が出揃って入り混じって、やんややんやとやってくれるのが一番望ましくもあり、その場の空気を豊かにし、もちろん音楽も味わいが増すというものであろうが。しかしまぁ、確かに夜はウチでゆっくりしていたいものではありますけれど。むむむ。

 ともかくともかく、自分中心で物を言わせてもらえるならば、せっかくツアーとして回るのだから、一晩だけでも一夜の「ウチでゆっくりと」を解除していただいて、ズボンズを見に夜へ繰り出してくれると幸いである。そうして、年の若いのもそうでもないのも軽く一杯なんかやってリラックスしてステージを楽しんでくれると、とても嬉しい。さらに終演後も遠慮なく声をかけてくれると、更なるやる気に繋がるですよ。ズボンズは、ともかく言われなくとも全力投球でガンバリマス!!各地で、会いましょうね。

DON

PS, そうそう、またしてもボクの急な思いつきで、このツアーの為に新しいズボンズのepを作ったのでした。新しいツアーには、新しい音源を。ボクらの考えることは、実にシンプルなのであります。今回は次なるステップに行く前の確認作業的なもので、アメリカ・カナダ・オーストラリアでズボンズが位置しているGarage Rockシーンから受けた影響を、手っ取り早くカヴァー曲でまとめ上げました。Bo Diddley、Chack Berry、The Velvet Underground、Themの曲、それに半分オリジナルのもの、が入っています。録音してパッケージングまで全部手作業でやって、6日で仕上げました。100枚限定でナンバリングしておりますので、お見逃し無く。どうしても予約したいという人は donuts@thezoobombs.com までメールくだされ。会場で受け取れない人は、ツアー終わってから発送します。これについての詳細は、次のブログにて。ではではボクは作業の続きへと・・・・・。
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# by dn_nd | 2012-12-06 10:51

Z.N.A.T.2012#15「テキサス to サウス。」
 テキサス・サーキットを終えて、テネシー州、ジョージア州とアメリカ南部サーキットへと移行した。ツアーも残り2週間といったところである。

 盛り上がったAustinでのショウの翌日のDallasでは、ついうっかりとひどいライブをやってしまった。これに関しては、ボク自身の睡眠不足やら、ツアー続きの中での集中力の低下など、原因は入り組んでいるのだけれど、結果的に大きな気付きをもたらしたように感じる。いま少しの内的省察が必要に思うので、いずれまとめて書こうかと思う。

 テキサス最終日のSan Antonioは前座がヘヴィ・メタルのバンドと電子ピアノを持ち込んでの現代音楽家の演奏(もうひとつ、Hip Hopのアクトはキャンセルだった)という目茶苦茶なブッキングの上、プロモーションもされていなかった為に、ガランとしたフロアに向かって演奏しなければならなかったけれど、偶然見に来てくれていたオジサンに「自分はThe Velvet UndergroundとJames BrownとRoyal Trux(!!)がフェイヴァリットなのだけど、お前達はオレにとって夢のようなバンドだ。絶対にやり続けてくれ。諦めないでくれ。」との賛辞をいただいた。来た甲斐あったように思う。San Antonioはテキサスでも南に位置する街で、どうしてか南の街では、タバコではないハッパや白い粉などが出てくる。メキシコとの国境が近いからでしょうかね。ボクはテキーラを飲み過ぎてしまった。

 テキサスを出てテネシー州Memphisへと向かう。テキサスというのは「アメリカの中の不思議な国」のようなものなので、あぁまたアメリカに(文明社会に)戻ってきたのだなという、何故だかちょっとした寂しさを覚えるが、これからは南部からオハイオを経て東海岸を北上していくことになる。気持ちを切り替えなければならない。

 宿泊している客のほとんどが黒人客なので、南部だなと思う。そうして、このような街では白人しか見ないエリアよりも黒人の多いエリアの方に安価で美味しいレストランも多い。Memphis、Atlantaでとても美味しいソウル・フードを食べた。(OXテールの煮込み、ブラックアイドピーズ、インゲン、キャベツのクタクタ煮、コーンブレッドetc,etc,)Dalls以降、演奏も快調である。もう目をつぶってても出来る感じだ。しかしこれは一方では新鮮味を失ってしまい、自分で自分を演じ始めるというカッコ悪いところに納まってしまう可能性があるので気をつけなければならない。演奏するには新鮮さが必要である。一口食べて「これはうまい」とハッとさせる何かを常に持ち続けなければならないということである。安定は、ギリギリのところで、ギリギリ保つこと。

 明日はオハイオ州。総走行距離は17000kmへと近づいている。東京からイタリア・ローマまでの直線距離よりも長い。そうして、残りの日程も、走り続けである。がんばろう。
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# by dn_nd | 2012-10-18 16:22

Z.N.A.T.2012#14「C'mon, yo all!!テキサスです。」
 El Paso~Houstonという12時間のドライブを経て、今晩はAustin。ショウを終えて会場を後にしたのが2時、ホテルに着き、さぁ寝るかとベッドに入ったのが午前4時のことだった。今は6時。どうもここのところ不眠なのである。昨日は読みかけのPaul Austerを完読してしまったが、今は英語の本を読むには頭が朦朧とし過ぎているので、これを書いている。思うのだが、ご飯を良く食べ、どこででも眠れるという人間こそが長生きするのではないか。ボクは、一見健康で元気だと思われているが、ものすごく小食(甘い物は、食べる)だし、このように睡眠にも非常に神経質なので、どうも長生き出来ないのではないかと、時々感じる。

 それはともかく、睡眠をとらないことで一番困るのは、身体のメンテナンスが出来ないということだ。いくら脳や精神がふんばんって起きていられるにしても、身体の方は、やはり、睡眠している時間にこそ回復する。身体が弱ってくれば、いくら大層な脳や精神を持ってしても、ベストのパフォーマンスから遠ざかってしまう。あと、ボクはヴォーカリストでもあるので、身体のメンテナンスは、何よりも最優先事項なのである。ヴォーカリストというものは、他のどのメンバーとも違う。それは、身体そのものが楽器である、ということだ。ギターであれば、それを良い状態で保つ為に、磨いてあげたり、電気部分を整えてあげたり、弦を変えたりと調整する。また、万が一壊れた場合であっても(今回のように)買い換えたりすることで、どうにかやり続けることは可能だ。しかし、自分の身体そのものが楽器だということになると、一度壊れた喉を元に戻すには歌わないでいるしかない(それも数日はかかる)が、こう毎日毎日ショウが続いているツアーの中では、それもかなわないことなので、とにかく痛めないように最善を尽くすしかないのである。その為に発声に気をつけたり、乾燥に気を払ったり、やることは多いのだけれど、睡眠している間の回復というものが一番大事なのである。しかし、眠れない。むむ。

 ところでツアーの方は、とうとう半分の日程を終え、走行距離も13000kmを超え、中西部Texsasへと突入した。Texsasという州は、アメリカの中でも特異な場所である。ある意味では古いアメリカと言っても良い。その意味で、一番興味深い場所であると同時に、一番危険も多い場所ということになるだろう。今回初めてとなるHoustonは、Texsasの中でも南に位置する都市である。以前ViceのYoutube番組で「HoustonのHip Hopシーンの今」みたいなドキュメントを見ていて、実にヤバそうなとこだったので、戦々恐々として乗り込んだのである。そして会場となるSuper Happy Fun Houseは(すごい名称でしょう?)、おそらく元々劇場だったのを改造して、壁に大きくManga(マンガ)を描き、エントランスにぬいぐるみやら古着やらガラクタやらを無造作に配置してある、その名の通りのハコであった。El Pasoから12時間ぶっ飛ばしてきたボクらは、まさに不思議の国のアリスみたいな状態だったのである。そしてそこで、オープニングをやってくれた10代の(高校生か?)バンドと、その仲間達を相手に本気ライブをやって、大絶賛されたものである。

 翌日は、地元の人お勧めのメキシカン・レストランに行って(もうアメリカの南側に来たら、ハンバーガーかBBQかメキシカンしかない)、お腹ギューギューにトルティーヤと豆とメキシカンライスを詰め込んで、切れそうなストラップを買いに(+Houstonの街を見たかった。本当にヤバイのか)楽器店へ。ストラップを一生懸命見ているのが伝わったのか、お爺さん店員のJimmyが「もし興味あるならヴィンテージのストラップを見るかい?」と、店の奥から紙袋に入った古いストラップを引っ張り出してきてくれた。その中にとても良いものがあったので(というより、どれもとても良かったのだが)、これとこれは幾らなのかと聞くと、店長は「タダで良いから持って行け」という。余りこのとに驚いていると、「こいつらは、見せてみて、どうしてもコレが欲しいという人間が現れたらプレゼントしようと思っていたんだ。どっちにしろ、元々古いものだし、これに値段をつけて売るなんて、フェアな話じゃないのでね。」と、まったくクールな顔をして言うのである。まいった。これぞ男、これぞテキサスではないか。

 という訳で、Houstonから運命的にボクの元にくることになったストラップをつけて、今晩はAustin。もちろん、会場のみんなに(バーテンも、ウェイトレスも、ドアマンも)大絶賛されるショウをやったのでした。しかし、疲れたな。そろそろ眠れれば良いのだけれど。
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# by dn_nd | 2012-10-13 20:57

Z.N.A.T.2012#13「西海岸を終えて。」
 アリゾナ州・Scottsdaleでのショウが終わった。今は現地時間午後11時30分である。元々はPhenixでのショウの日だったのだが、現地ブッキングエージェントの怠慢でキャンセルとなってしまい、しかし急遽新たに(前日になって)ブッキングし直されたのである。当然、お客は少ないのだが、ここアリゾナにも隠れてずっとズボンズを聴いていたというマニアがいて、ほとんど彼の為にショウをやったようなものであった。しかし、実際にやってみると、そこにいる全ての人が絶賛してくれるし、アルコールは振舞われるしで、まぁ、気分は上々である。

 西海岸に入り、ツアーはクレイジーさを増している。ポートランドでのライブは、思わずパンツを下ろしてしまった女性が出るほどの盛り上がりだったし、サンフランシスコ・バークレイでは、やはりズボンズ・マニアの夫婦に美味しいビールやらマルゲリータやらワインやらを振舞われ、しかもAll Agedショウで、見に来ていた12歳の男の子に絶賛されたりして楽しい思いをした。L.A.ではプロモーション不足でお客は少なかったものの、旧友達やレーベルの女社長と会い(やはり絶賛され)、San Diegoでは余りに興奮し過ぎたバーのオーナーに何杯もの(何杯だったのか??)強いテキーラベース、ウォッカベースのカクテルを飲まされ(若しくは、進んで飲み)終演後は立てないほどであった。ライブは至極上手くいっていると言って良い。以前と違うのは、メンバー皆が、進んで現地の人々とコミュニケーションしようとしていたり、英語に臆する場面が減ったことであろう。CDもTシャツも、良く売れている。問題は、少々飲みが行き過ぎているところであろうか。はは。

 色々と考えている事はあるのだけれど、それを文章に起こすことが出来ないのが現状である。(飲み過ぎなのだ)そこで思いついたことを、その場で残していかなければ、それはあぶくのように消えていってしまうのだけど、どうにも出来ない。

 兎にも角にも、明日からズボンズはテキサス・サーキットに突入である。考えてみれば、ようやくツアーの半分の日程が終了したことになる。言い換えると、まだ半分しか終わっていないということだ。このまま飲み続けると、ボクらはどうなってしまうのだろう??その意味でも、今までのツアーとは大分違うものである。むむ。
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# by dn_nd | 2012-10-10 15:52

Z.N.A.T.2012#12「memo」
 "Out of Town"というフレーズを思いついたとする。アメリカに於いて、「街を出る」というのは、そのままの意味を持つ。街を出て、知らない場所へ行き、違う自分として生きるという意味である。生まれた街でウンザリさせられて、どうしてもオレはそこを出て行って、自分を試すのだ、というイメージもある。アメリカのような広大な国で、それは可能なように思えるし、アイダホの真ん中でガソリンを入れていたりすると、街を出て行きたいと思う感じをリアルなものとして実感もする。しかし、そのようなフィーリングはアメリカ人でないボクらも感じるものである。しかし、実際に"Out of Town"と口にしてみても(または書いてみても)そんなものはまったく日本の中ではリアリティがないと笑われてしまいそうである。日本には日本のリアリティがあり、それを書くべきである、と。それでも、ボクらは自分の目に見える世界にのみ生きているわけではない。「街を出て行く~Out of Town」とは、心の叫びであり、それ以外に表現しようのないものでもある。ならば、それを書けばいいじゃないかと、そう思うのである。何事も吐き出されなければない。そこに嘘偽りがなければ、例えそれが間違ったことであっても、輝きがあるのだ。(Portland終演後にて)
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# by dn_nd | 2012-10-09 02:56

Z.N.A.T.2012#11「空間の作用。」
 シアトルでのショウは、予想通りコネクション的に100%スムーズなものではなかったけれど、こういう、幾分不勝手な状況を経ることによって、より前進することが出来るとも言えるので、避けられないものである。それにしても、メインアクトとしてやっていると、場合によっては平日でもショウのスタートが12時をとっくに回ってしまう時もままあって、お客さんが帰ってしまうこともあるし、そうでなくとも明日の仕事は大丈夫かしら、とか、帰りのトランスポートはとか色々考えてしまう。それでも結構な数の人が残ってくれていることもあるので、その辺の余裕の感覚が日本人とは大分違うということなのだろう。

 シアトルから西海岸を南下して、ポートランドへ向かう。つい数日前まで中部を回り、それに慣れてきていたボクらにとって、西海岸はまったく別の国に来たようなもので、今度はそちらに慣れるのに時間がかかってしまうことになる。これがまたテキサスなどの中西部に来るとまた違うものになるのだけれど、特に西海岸とNYCを含む東部は、アメリカの中でも都会的というか、人懐っこい感じが薄くなる。そうなると、バンドの感じはどうなるのかと言うと、なかなか一口では言い難いが、やはり都会の方がピカピカの機材を持っていたり、業界でのサクセスというものを強く求めているバンドが多いように見えるが、音楽的に面白いかどうかは、また別の問題である。むしろ、好き勝手やっている地方都市の方が面白いのではなかろうか。とは言っても、アメリカ人はどこにいても好き勝手やっているので、どんなものがあっても、それはその人が求めるものであり、ヴァリエーションの一つである。そういう意味では、日本のように皆が似たような感じになってしまうというのは、個人の能力の発芽や、より面白いものを創っていきたいという音楽的見地に立つと、まるで良いことではない。とりあえず、悪いことは言わないから海外での経験を(自腹切ってでも)やるべきなのだと、ボクは思う。(だって、たかが10万~20万くらいの出費ではないか。そこから得るもの、そしてそれによって現状を変える為の力になるのだとしたら、全然大した出費ではないではないか。)いずれにしても、日本は変わらなければならない。何故ならば、面白くないからである。むむ。

 ポートランド、East Endにて、美味しいバンド・フードをいただいて(ボクはブルーチーズ・ハンバーガー)美味しい地元ビールを飲み、大音量でかっこいい音楽を聴いていると、最初のバンドが始まった。ロックンロールである(今はストゥージーズのTVアイのカヴァーをやっている)。そして、DJはドゥー・ワップをかける。そろそろショウタイムである。
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# by dn_nd | 2012-10-09 02:48

Z.N.A.T.2012#10「ロッキー山脈の幻惑。」
カナダ・ヴァンクーヴァーのショウが、クラブのオーナーのバースデイパーティーをやるので、というなんとも「?」な理由でキャンセルとなってしまったので3日も空いてしまい、せっかく11日間かけて築き上げたバンドのフォーメーションもまた一からやり直しになってしまった。結局、合間に突っ込める可能性のあったMissoulaでのショウもパスとなって、一路シアトルまでやってきたのである。

 シアトルまでの道は、ロッキー山脈の山越えで、かなりプリミティブな山道である。左手に湖を眺めながら走っていると、湖上で釣りをしているらしき小船を見かけ、彼らの想像できない生活と、世界中に存在しているであろう数多くのヴァリエーションを思うと、自分という存在感が揺らいでしまう。まだプレイし続けている状態ならば、もっとソリッドでいられるのだが、ちょっと休みすぎたのだろう。そもそも、この道中は長く同じような「世界の終わり」的光景が続くので、幻想を見やすいのである。最初の(98年)アメリカツアーのときにボクはストーンズのマネージャーとなって、どうやったらビル・ワイマンをバンドに引き戻せるだろうかという想像と夢とが混在した幻を見ていた。今回も「人間の、自分の能力を最大限発揮出来る状態というものは、もしかしたら、もうすぐ死ぬということが分かっているときかも知れない。」という幻想を見ていた。(今となって思うと、何のことだかサッパリ分からない)

 シアトルの今晩のヴェニューThe Funhouseは二度目なので、暖かく迎えてくれる。(しかし残念ながら今月いっぱいでクローズするそうだ)出演は2ガールズバンド(ひとつはオールブラックである)を含む4バンド。きっと3日間のブランクがバンドのコンディションを悪くしているであろう。ボクのやるべきことは、それをあらかじめ分かりつつ、どうにか良い状態を思い出すことである。うまく「音楽さん」が来て遊んでくれると良いのだが。皆の期待も高いようなので、どうにかがんばらなければ、と出番を待っているところなのです。
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# by dn_nd | 2012-10-09 02:42
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